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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.96 (2007/04/10 23:21) title:春うらら
Name:しおみ (87.153.12.61.ap.gmo-access.jp)

「若様、アシュレイ様がお部屋においでにならないのですが」
 お茶に誘いに行った使い女が心配そうに報告に来た。一瞬、首をかしげたティアはすぐにああとうなずいた。
「いると思うよ。私が呼んでくるから支度だけしておいてくれるかな」
 使い女にそう命じると、執務室の窓から外へ出る。
 日差しのうららかな春。天主塔は一年中春ではあるのだが、空気が甘く、鳥の声が高く響く。新芽の揺れる木々に蝶たちの
たわむれる花園。慣れていてもその美しさに心が和む。
 ティアはその眺めを見ながら、裏庭へと向かった。背の高い樹の多いこの辺りは、植物や花の香りが強く、木漏れ日が
あふれて、他のどこより春の気配を強く感じさせる場所だ。その裏庭のはずれに、白い花をつけた大きな樹がある。その根元を
覗いて、ティアは笑みを浮かべた。
 木漏れ日が柔らかな下草に踊る樹の根元で、アシュレイが気持ちよさそうに昼寝をしている。
 もともとアシュレイはじっとしているのが嫌いで、ティアの執務中に訪ねて来た時には大抵一人で天主塔をうろうろしている。
なかでもお気に入りの場所があって、厨房はもちろんだが、ふたりの思い出の樹の側や、この大木の側ですごしているのだ。
 きっと、座っているうちに陽気につられて眠ってしまったのだろう。
 武将だし、意地っ張りなアシュレイは、人前で眠りこけるようなことはしない。それが、いまは一人だからだろう、
長いまつげを閉じ、唇を軽く開いて、春の光のなかで眠る姿は子供のように無防備だ。そっと頬をつついてみても目が
覚めないのは、無意識のうちでも甘いくちなしの香りに、側にいるのがティアだとわかるからかも知れない。
「かわいいなぁ」
 ティアは眠りこけているアシュレイの顔に微笑んだ。樹からこぼれた白い花がアシュレイの体の上にも落ちているのに、
気づきもしていない。
 ふと、ティアの瞳がきらめく。目が覚めたらきっと、怒るだろうけれど、
「だって、君がかわいいからね」
 その花を、つまみあげて、そっとアシュレイの髪に挿してみる。その純白がつややかなストロベリーブロンドに映えて、
赤い髪が花の白さを引き立てて、
「うわぁ、かわいい……」
 花を飾って眠るアシュレイの姿にティアは目をみはる。こんな姿を見られるのは、世界できっと自分だけ。目が覚めたら
いたずらに怒るかも知れないけれど、それもまた、自分だけの特権だ。
 ティアは微笑むと、ひとつ、またひとつと恋人の髪を飾っていった。

「ん…」
 目を覚ましたアシュレイは、一瞬、木漏れ日のまばゆさに目を閉じた。ただよう甘い香り。鳥の声。あたたかな日差しに
またうとうとしかけて、はっと気づく。
「ここ、天主塔だ──」
 戻らないと、ティアが心配する。と、身を起こしかけて、目をみはる。頭から落ちてくるいくつもの白い花。甘いくちなしの香り。
傍らに、気持ちよさそうな顔で眠っているティアの姿に驚く。
「なんだ、こいつ、いつの間に──」
 アシュレイの声にも動きにも、ティアは反応しない。
 あまねくこぼれる春の光に、金色の髪が透けて輝く。御印のある美しい顔には、幸せな夢の中にいる人のような笑みが浮かんでいる。
 アシュレイはルビー色の瞳を瞬かせた。
 ティアが眠る姿は何度も見ている。でも、こんな昼間の光のなかで、こんなに穏やかに、幸せそうに眠る姿は見たことがない。
 この世に光を生み出す守護主天は、世界を救うその役割を、決して投げ出したいなどとは言わないけれど……。忙しくて、
大変で、心をすり減らすことが多いのを、アシュレイは知っている。
 そのティアが、幸せそうな笑顔で眠っているのだ。光と甘い空気に包まれて。やわらかな衣服の腕を下草に投げ出して、無防備に。
「──出て来れたんなら、もうちょっと戻らなくても平気だな」
 アシュレイは、誰にともなくつぶやいた。瞳を上げ、自分にうなずいて、
「こいつのおかげで世界は平和なんだからな。こいつだって、たまには平和でいてもいいんだ」
 誰か探しに来たら、自分が追い返す。ささやかな眠りを守ると決めて、ふと首をかしげる。
「でも、何で俺の頭から花が落ちたんだ…?」
 見上げる大樹はこぼれんばかりの白い花盛り。だが、どう考えてみても、仰向けで寝ていた自分の頭から、花が落ちてくるのは変だろう。
 純白に輝く花を指先でつまんで考えてみるが、理由は分からない。まあいいか、とあきらめて放り出そうとして、ふと手を止める。
無防備に眠るティアの横顔。その輝く金の髪に……。
「…ティアなら、似合うもんな──」
 自分に言い訳するようにつぶやきながら、そっと挿してみる。やわらかな寝顔に、白い花。美しい面がひときわ照り輝くような
眺めに、瞳を見開く。
「……こんなに落ちてたら、花もかわいそうだしな──」
 斜め上を見上げて、言いながら、アシュレイの手が、白い花をひとつ、またひとつとティアの髪に挿していく。

 花冠贈りあう恋人達が光に包まれる穏やかな午後──。
 天主塔は、蜜の香りのする永遠の春の盛りだ。


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