投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
〜この話は『プレノタート』のネタバレを含んでおりますのでご注意ください〜
絹糸をイメージさせるような繊細な音がする。
風にそよぐ草の波?―――――――違う。
水・・・・・・・?
目を凝らしているとそれは徐々に姿を現した。
水の檻。
細かな粒子が淡い白群に染まり上から下へ、下から上へと幻想的な世界を作り出していた。
その檻の中に誰かが立っている。
「・・・・氷暉?」
極端にくびれたウエストと広い肩幅、その体に浮き上がる刺青。
間違いない、氷暉だ。アシュレイが、そっと檻に触れようとするとスッと間隔が広がり濡れることなくその中へ受け入れられた。
「あんなことをしなければよかったんだ」
魔族は背を向けたままつぶやく。
「なんのことだ?」
正面にまわって氷暉を見ると、アズライトの瞳が視線を合わせてきた。
彼は長い手を伸ばしてアシュレイをつかむと、ひといきに引き寄せ抱きしめる。
「この体は俺のものだ」
「なっ、違う!俺のだ!」
いつもと様子の違う氷暉に気づいたアシュレイは慌ててもがくが、うまく身動きがとれない。
「この檻の中にいる限り霊力は使えない。お前は俺のものだ、守天にも渡さない・・・・お前についた傷も俺が治してやる。俺だけがお前を分かってやれる・・・お前の全てを知っているからな・・・悩みも辛さも喜びも―――――弱いところも」
冷たい手がアシュレイの体を這いまわる。
「やめろっ、お前怒ってんのか?俺が何したって―・・・っ、氷暉っ!」
訳が分からない。
うまく共生できたと思っていたのに。
そう感じていたのは自分だけだったのか?
思い上がりだったというのか?
無言のまま自分を拘束する氷暉の思考など、悔しいがアシュレイには分からない。
こちらの心は筒抜けなのに・・・・・・。
アシュレイの瞳からこぼれたものを舌ですくいとると、氷暉は穏やかに微笑む。
「なにを泣く。お前を愛でることがそんなに悪いのか」
「嘘つくなっ!水城が―――」
「お前には分からないかもしれんな・・・・・」
お喋りは仕舞いだ、と氷暉の体がのしかかってくる。
アシュレイは抵抗できないまま気が遠のいていくのを感じた。
「―――――あんなことしなければよかった」
アシュレイが肩を落としてつぶやく。
《なんのことだ》
「・・・・・白々しい。氷暉、もう勘弁してくれ。何度も謝ったじゃねぇか」
アシュレイはため息をついて額に手をあてた。
《まだまだ、こんなものでは足りないな》
機嫌がいいとは言えない声がかえってくる。先日、ティアとの営みの時・・・いつもなら酒を飲み氷暉を眠らせるのに、自分と氷暉との間で心話ができるようになったことに気づいたティアが嫉妬して、敢えて酒を禁じたまま行為に及んだ。
意識を失った自分に結局恋人は酒を飲ませてくれたようだが、氷暉への正直な気持ちと―――――その翌朝自らとった行動は、今思い出すだけでも赤面してしまうくらいのものだった為、少しの間でもいい、心を読まれたくなくてアシュレイは酒を携帯し思い出しては口へ運んでいたのだ。
どうせシラフになった時には全てがバレる。ムダな悪あがきなのは分かっていたが。
おかげで氷暉はしばらく調子が悪かった。
その腹いせなのだろう、アシュレイが寝てる間に意識をコントロールし、ここ三日間、趣味の悪い夢を見させている。
始めは氷暉を拒んでいるのに、最後には自ら懇願するという屈辱の展開。
そんな腐りきった内容の夢を、三回も・・・・・・。
いい加減、これは氷暉がみせてる夢だと気づけない自分にも腹がたつ。
おかげで目覚めが悪く一日がすっきりしない。
初日の朝は本当に修羅場だった。
自分の腹を殴り続けるアシュレイをティアが押さえつけるまで、床に転がって暴れた。
それでも気持ちは治まらず、外へ飛び出したアシュレイは体内から氷暉を出して技の連発。
くたくたになって天守塔へ戻ると、当然氷暉絡みだろうとにらんでいたティアに、ケンカの訳をしつこく問われる。
まさか真相を言えるはずもなく黙秘していると、『俺から夢の内容を説明してやろうか』と氷暉が中から脅してきた。
冗談じゃない、そんなことをティアに知られたら「私も同じことを・・・・いや、それ以上のことをするよ!」―――となる。絶対に。
アシュレイはたかが夢の中のことでも、ティア以外の者にあんなことをされるのは許せなかったが、相手が悪すぎる・・・・・泣く泣く耐えることとなったのだ。
《明日はお前から積極的に動いてもらおうか。現実でも役立てるように》
「――――ンなことしたら聖水たらふく飲んでやる。も〜ガマンできねぇ!やるっつったら俺はやるからな!」
脅しではないことくらい氷暉にも分かる。
《それは困るな。仕方ない、また同じパターンで許してやるか》
「ふざけんなっ、夢でも許さねぇっ!ティアにだって言いたきゃ言え!そのかわりアイツ怒らせたらマジで怖ぇからな!知らねぇぞっ」
真っ赤になって怒鳴り散らすアシュレイをよそに氷暉は二重人格のような守天を思い出していた。
普段は魔族の自分にも気づかう素振りを見せる彼だが、本気で怒らせたら危険な気もする。
《そうだな…悪ふざけが過ぎたかも知れない。もう、しない――――が、お前も満更ではなかったようだが?》
「じょっ、冗談じゃねぇっ!バカ言うな!」
《そうか?俺の勘違いだったか》
楽しそうに笑う氷暉にアシュレイは、安堵した。
酒を飲み続けた自分を、もう許してくれていると伝わってきたからだ。
そんなアシュレイを感じて氷暉は氷暉でくすぐったい気分になる。
この武将はプライドが高く、勝気で負けず嫌いのわりに、こちらが恥ずかしくなるくらいストレートに礼を言ったり謝ってきたりすることがある。
そうかと思えば今回のように酒を飲み続けて自分を避けたりする。
気に入っている相手に避けられるのは正直面白くない。
しかし、酔いから覚めた自分を待っていたのは二日酔いの気分の悪さだけではなかった。
恋人との秘密を知られるのが恥ずかしいというウブな面は既に知っていたが――――魔族であり、彼の体を利用しようとしていた自分を厭わしく思うこそあれ感謝などされていたとは・・・・・。
頭痛がしなかった、ティアと楽しく踊れた。共生で失ったものも大きかったけど、得たものも悪くない。今さら氷暉を失うことは逆に辛いものがある・・・・・。
一度信頼したら、それが例え魔族だとしても信じぬく彼が、愛しいと思った。
抱きたいと思った。
現実では無理だけれど。
それに、眠らされずにじっくり堪能した相棒の情事はなかなか刺激的で、守天サイドでことの成り行きを見ていたら、やはり一度くらいまともにこの体を抱いてみたかったと悔やまれる。
痛めつける拷問ではなくアシュレイが理性を飛ばしてしまうほどの甘い時間・・・・・。
そんなこともあり、アシュレイに(願望の)夢を見させたのだった。
《束の間の夢・・・・か、それも悪くない》
決して妹のことを忘れたわけではない。忘れられるはずも無い。
それでも、このまっすぐな武将に心惹かれずにはいられない。
アシュレイに悟られないよう、一人ほくそ笑む氷暉であった。
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