投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「アシュレイ! クソッ!何て速さだ!―――ティア!あのぶんだと負傷者が出てる!
応急処置用の聖水をくれ! それと、さっきの書類も!」
すでに点としか映らないアシュレイの後ろ姿に舌打ちしつつ、怒鳴る柢王も既にバルコ
ニーの柵に足をかけていた。
「あー!ったく!あのバカ!少しは後先ってものを考えろよ!」
「バカはあなたもです」
その肩にマントを着せかけてやりながら、桂花が押し殺した声で言った。
「熱があるのに・・・」
「・・・帰ったら何でも言うこと聞くから、カンベンな」
止めても無駄なことは桂花にも解っていたので、黙って睨み付けるだけにしておいた。
「・・・気をつけて。ハッキリとは見えませんでしたが、あの巨虫が吾の知っている水棲昆虫
と同じモノなら、あの大顎には絶対に捕まらないで。大顎の中は空洞で、強力な有毒の溶解
液がつまっているから」
「巨大ムカデじゃねえのか?」
「足の形が全然違うでしょうが!」
「わっかんねーよ!見えたのなんか一瞬だぜ?! どんな動体視力してんだよ桂花?」
「一目瞭然だよ、柢王。オールみたいな形の六本足が生えてたじゃないか。あれはムカデじ
ゃないよ。絶対」
バルコニーへ走り出てきたティアの手から聖水瓶と書状を奪い取った柢王が目を丸くし
た。
「ティア。お前もか?! 俺には全然見えなかったぞ?」
「・・・天界中を飛び回るアシュレイを遠見鏡でつかまえようと日々頑張ってたら、いつの間
にか鍛えられちゃってたみたいでさ・・・」
「・・・お疲れ様です」(×2)
遠い目をして語るティアに、柢王と桂花がどこか哀れみを含んだ声で同時に言った。
柵の上に飛び乗った柢王が、何かに気づいたようにふと振り返って言った。
「ティア、お前の役職は何だ?」
「・・・? え・・ 守護主天・・だけど? 」
いきなりの問いかけに、ティアは面食らいながら応える。
「ちゃんとわかってんじゃねえか。―――その いいおつむで よーく考えな。自分にどん
なことが出来るかってことを。自分が簡単に壊されるようなタマじゃないって事を」
困惑した表情で見上げてくるティアの額を(御印を避けて)指でつん、と突っつき柢王は
笑った。
「―――お前は、俺たちより強いってことを」
「・・・柢王?」
不思議そうに見上げるティアを横目に、柢王は手を伸ばすと指でそっと桂花の頬に触れた。
「ティアを頼むな」
次の瞬間 風が巻き起こってバルコニーに立つ二人の髪を激しく乱した。
「・・・!!!」
暴風を巻き起こした犯人は、既に視界には点としか映らない。
室内から青い小鳥が飛び出してきて桂花が差し出した腕の上に乗った。
「・・・お前も行くのか?」
ピピ、と応える小鳥にどこか寂しげに笑いかけ、羽をひと撫でしてやってから空に放つ。
(・・・せめて返事を聞いてから行けばいいのに)
螺旋を描いて上昇してから目的地へと羽ばたいてゆく青い小鳥の姿を小さくため息をつ
いて見送り、桂花は隣に立つ守護主天に、室内に入って遠見鏡で状況を確認しましょう
と促した。
(・・・それにしても・・・・)
室内に入り、ティアが執務室に入ってきた文官に救援の指示を飛ばしているのを聞きなが
ら、桂花はバルコニーの方をもう一度振り返った。
(あの巨虫・・・)
遠見鏡で数瞬しか見えなかったが、あの大きさは尋常ではない。
巨体にかかる重力を考えれば、あの大きさは異常だ。
人界の海には島のように巨大な、鯨という名の魚のような生き物がいるという。
だがその巨大な生き物も、陸に揚げれば重力に耐えきれず自らの重さで圧死する。
水の浮力があってこその巨体なのだ。
(虫はあらゆる生物の中で 一番 力が強い というけれど―――・・)
重力の支配する地上において、何故あの巨体であのように素早く動けるのか。桂花はそれ
が腑に落ちない。
「桂花?」
「すぐに参ります」
ティアの声に桂花は一旦考えることを止めた。
闘いに赴かなくとも、やらなければいけないことは山のようにある。
それでも、忙しく立ち働いている間は、心配のあまりあれこれ考えてしまうことをせずに
済む。何も出来ずにただおろおろと待ち続ける事を考えれば、やる事があるというのは幸せ
なことなのだ。
・・・・・たとえそれが南の太子に荒らされた執務室の片づけだとしてもだ・・・
「・・・・・」
桂花は眉間に皺を寄せてため息をつき、それから執務室へと足を踏み入れた。
天主塔から境界線まで、全速力の兵士達の足(というか飛翔力)で通常30分から40分。
普段のアシュレイなら20分。
それをアシュレイは摩擦熱で服が燃え出すのではないかと思われるほどの凄まじい速さ
で飛び、境界線の場所まで12分で到達した。
「ア・アシュレイ様!?」
一瞬にして(兵士達にはそのように見えた)暴風と共に現れた南の太子に兵士達が目を見
開いた。
さすがに息の乱れたアシュレイが肩で息をつきながら、それでも油断のない目で周囲を見
渡す。魔族は地中に潜ったままのようで、土埃が地表をもうもうと覆っているのが見えた。
土埃に汚れた兵士達がひとかたまりになって上空に浮いている。
皆が皆、起こったことを把握しきれず、とまどいと恐怖の表情を浮かべていた。
「・・・被害は・・・・・」
まだ整わない息で兵士達に向き直ったアシュレイが顔を歪めた。初めて血のにおいに気が
ついたのだ。
・・・怪我のない者を数える方が早かった。退避することで手一杯だったのだろう、治療す
ら始まっていず、中には手足のあちこちから血を流している者や、意識がないのか二人がか
りで抱え上げられぐったりしている者達の姿もあった。 三人ががりで抱え上げられている
一人の兵士の片足がなく、三人目が傷口の上部を両手で締め付けて圧迫止血を施そうと奮闘
しているが、それを嘲笑うかのようにズタズタの傷口から鮮血が滴り落ち続けているさまを
見たアシュレイが青ざめ、次の瞬間怒りを爆発させた。
「・・・・・!」
アシュレイの戦闘霊気(バトルオーラ)の反応して周囲の大気がバチバチ音を立てた。間
近で見る王族の霊気のすさまじさに兵士達が一斉におののいたその時。
まるでその瞬間を待っていたかのように、地表から瓦礫を弾きあげて魔族が伸び上がって
きたのだった。
「・・・出た!」
もはや執務そっちのけで遠見鏡に張りついていたティアが叫んだ。その声に、南の太子が
散らかしてくれた書類を分類し直していた桂花が駆け寄ってきて共に覗き込む。
―――黒々とした広くて平らな頭部、それに続く三段階にわかれた胸部には剛毛の生えた
オールのような三対の足が生えている。そしてそれに続くのは10から先は土煙にまぎれて
見えない環節の結合が連なる長い腹節。
その、流線型の長大な姿―――。
「・・・やはり、人界の水棲昆虫にそっくりです。・・・大きさの違いさえのぞけば、ですが」
体長は15メートル。瓦礫の下にある残りの腹部を考えれば、20メートルを超すかもし
れない。
桂花の隣でティアも目をこらす。
「信じられない・・あんな巨体、持ち上げるだけでも・・ ―――アシュレイ!」
巨虫はその巨大な姿形に似合わないひどくなめらかな動きで、上空に集結しているアシュ
レイ達に向かって伸び上がったのだった。
地中から伸び上がった巨虫の姿を、はるか前方に柢王は認めた。
「クソッ!間に合うか?!」
さらに加速した柢王は、ふと違和感を感じた。
―――何かを突き抜けたような感覚があった。
それは、彼の友人が彼の恋人と大事な友人達だけが通り抜けられるように設定した、その
特殊な結界を通り抜ける時の感覚と同じモノだった。
「・・・・ッ?!」
それと同時に柢王は息苦しさを感じた。
周囲の大気が一段と重みを増した、そんな感触だった。
妖気がまとわりついてくる。濃霧の中に立っているようなその感触に、柢王は嫌悪の証と
して眉をひそめた。
(―――あのデカ虫の放つ妖気かよ? ・・・にしては広範囲すぎないか? ・・一瞬だったが、
あの、突き抜けるような感覚・・・ まさか結界?・・いや、ティア以外にこんな広範囲の支配
領域を持つ結界を短時間で張れるヤツなんかいるわけが―――)
高速で飛ぶことに全力を注いでいるため、とぎれがちになる思考に苛立つ柢王の視線の先
で炎が上がったのは次の瞬間だった。
伸び上がってくる流線型の巨大な魔族の姿を見て恐慌状態に陥った兵士達の恐怖に歪ん
だ声を背後に聞きながら、悪夢のようにギラギラと黒い巨大な大顎を持つ巨虫に向かって飛
び込んでゆきながらアシュレイが叫んだ。
「てめえぇぇぇぇ! よくも!」
アシュレイの右てのひらに白熱した炎が吹き上がった。それはアシュレイの霊気で精製さ
れ収斂された、凄まじい力を持つ炎だった。
アシュレイはそれをそのまま巨虫目がけて放とうとした。
「よせ!アシュレイ!」
「!」
背後からの声と同時に、アシュレイのてのひらの間に収斂されつつあった炎が身をよじる
ようにして消えた。
次の瞬間、アシュレイと巨虫の間に文字通り暴風と共に突っ込んできた柢王が巨虫に向か
って収斂させたかまいたちを放ったが、その表甲に悉く弾かれてしまった。しかしその衝撃
と暴風の圧力にさすがに驚いたのか、巨虫は素早く身を翻して地中に潜った。
「くそ!あの程度じゃだめか!なんてぇ固いヤツだ!」
弾きあげられる瓦礫の破片を巧みに避けながらアシュレイの隣に浮かび上がった柢王が
舌打ちした。同時にアシュレイが吼えかかる。
「柢王!てめえ さっき俺に何しやがった!!」
「お前の手元の酸素を抜き取ってやったのさ! 酸素がなきゃ火は燃えないからな!」
「この非常時に何て事しやがるんだ!馬鹿野郎!」
さらに吼え懸かるアシュレイに、負けじと柢王も声を張り上げる。
「兵士達が近くにいただろうが!第一、瓦礫の下に生存者がいるかも知れないってのに、
確認もせずにこんな至近距離でぶっ放そうとしてやがった馬鹿が何言いやがる!」
「だから、ギリギリまで魔族に接近してから炎を出そうとしたんじゃねえか!それを邪魔し
たのはお前の方だろ! つーか! また馬鹿って言いやがったな!」
「魔族を見たら頭に血がのぼっちまうその癖をいい加減なおせよ! お前マジで危なかっ
たんだぞ!それとも何か、お前を酸欠にさせて化けモンの口ン中に落としてやった方が良か
ったか?! そーすりゃ馬鹿が治ったかもな!」
「・・・いつもあんな感じだったんですか?守天殿・・」
「・・・・聞かぬが花だよ。桂花・・・」
会話が丸聞こえの遠見鏡の前で、桂花が脱力し、ティアは椅子に座ったまま天井を仰いで
嘆息していた。
「昔から、戦いの最中だってのに現場そっちのけで言い合うことなんか、あの二人にはしょ
っちゅうだったよ。・・・そのくせ いざって時は息ぴったりなんだからね」
「・・・・・」
桂花は、ティアが再び小さくため息をつくのを聞いた。
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