投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
(実際は、2008/11/10 13:42に投稿されました)
「年取るごとに若くなってくよね♪ホントに年を盗っちゃうみたい」
接客する一樹を見ながら桔梗は笑う。
「神に魅入られ時を止めた話を思い出すね。あれは少年だったっけ」と忍も微笑み「恋してるのかな?」と続けた。
「なに、なに?」
待ってましたと桔梗が体を乗り出す。
「だって『恋すると綺麗でいられる』って一樹さん言ってたから」
「なーんだ」
脱力する桔梗に、五杯目をあけた二葉が口を開いた。
「けど一樹変わったぜ」
ふんわりとした雰囲気はそのままに、だが時折見せる壮絶な危なさや壊れそうな儚さの輪郭がぼやけてきた気がするのだ。
「そ・れ・よ・り」
弾んだ桔梗の声が響く。お得意の強制話題変更だ。
「先週で二葉も『30』になったしぃ、ビッチピチの20代は、俺・だ・け!!♪」
勝ち誇った桔梗に二葉はムッとしたが、すぐに不適な笑みを浮かべ
「そうそう。 オレも忍も卓也も一樹もみーーーんな30代だもんな!!」
<オマエ以外>と告げる。はじきを嫌がる桔梗への当てこすりだ。
案の定、桔梗の笑みが消えた。
更に二葉は携帯でカレンダーを映し
「あ、忍の誕生日、俺と同じ曜日じゃん!! いやーーー、こんなところまでピッタリ〜!! 運命感じるよな」とわざとらしく、はしゃいでみせた。
バカらしいと呆れた忍が見たのは、瞳いっぱいに涙を浮かべる桔梗。
やっぱ、こいつら従兄弟だわ・・・ため息をついた。
「二葉が一緒ってことは俺も忍と同じってことだね」
いつの間にカウンター内にいたのか、ヒョイと顔出した一樹に二葉は盛大にむせこんだ。
「曜日が運命なんて知らなかったなぁ〜〜〜」
笑う一樹に桔梗は即便乗。
「そうだ!! 今日は一樹の誕生日だしっ忍かしてあげたら〜〜運命なんだろっ!!」
「ヤダ」
「いいね」
さすが兄弟。息ぴったりの返答だ。
事態を素早く替えたのは忍。
「一樹さんお誕生日おめでとうございます。 花なんて芸がないけど、これしか思いつかなくて」
用意しておいたアレンジフラワーをさしだす。
「綺麗だね。ありがとう」
早速カウンターに飾った一樹は「帰りまで待っててね」と花に語りかけた。
「プリザートフラワーにしようと思ったんだけど、飽きちゃうかもしれないし」
「花は生が一番だよ」
「人もね」
微笑む一樹に桔梗も付けたす。
「ところで何の話?」
「えっと・・・『一樹さんの年が止まってるみたい』って」
運命云々に戻る前に素早く答えた忍に「実は止まってるんだ」と一樹は声をひそめた。
「どうして俺がこの『イエロー・パープル』に居続けてると思う?」
本能的な危険に身を引く三人。
「それはね、若いエナジーを吸いとるためだよ」
ズイッと身を乗り出す一樹の瞳は魔性のミッドナイトブルー。
深く澄んだ妖かしに魅入られ動けない三人。
―――――――ガッシャーーーン―――――――
沈黙を破ったのは忍。厳密には忍の手から滑り落ちたグラス。
弾けるように覚醒した桔梗はグラスが割れてないのを確認すると「ダスター」とカウンター内へ滑り込んだ。
音の割に被害は少なくカウンターを少し濡らしただけだ。
タオルを手にカウンターを越えた一樹に「兄貴が言うとシャレになんねぇー」と二葉はボヤき、桔梗から受け取ったダスターでテーブルを拭く。
「ホラ!忍もいつまでも腑抜けてないで」
いまだ呆ける忍に桔梗が叱咤。
「だいじょーぶ♪ 一樹には有り余る俺のエナジーをあげてるから。それで俺も一樹にもらって循環、循環。 贅沢なエコだろ?」
明るく言い放ち「でもね」と声をひそめ
「でもね、時には補充も必要で―――きた、きたエネルギーの素っ」
現れた卓也に三人は吹きだす。
なんだ? わずかに顔を顰めた卓也に
「太陽発電の話だよ」と一樹が言えば
「光合成だろ」と二葉が返す。
さすが兄弟。主旨は違っても示唆するものは同じ。
笑いが溢れる。
楽しげな一樹を見ながら桔梗は思う。
一樹の太陽は心に封印されたままなのだろうか? それとも海の向こうの・・・
桔梗は願う。
―――彼が太陽になるといい・・・と。
でも今日は俺たちが―――――
Happy Birthday 一樹
たくさんの思いと一緒に心で復唱し、桔梗は静かにグラスをかたむけた。
この手に、見えない糸が絡みついている。
強くなった風が肌を突くように吹きぬけている。
まだ雪は降らない。だが、遠く澄み渡った空の鋭さは、それが間近だと語っていた。
雲の流れが早い。その流れのままにどこかへ行ければいい。
冬目前のモンゴルの草原で、空を眺めてそう呟く。
幸せだった頃には考えられなかったことだ。
こうしてまた人間界で空を見上げることなど。
肌を刺す風に身を晒して、終るべきだった命を痛切に感じるなど。
すぐにも思い出せる、まだ遠くないあの日々が、自分の意思で選べた最後の日々だった。
あの頃、あの場所にいたのは、愛していたからだ。愛されていると信じたからあの場所にいた。それがそこにいる全ての理由だった。
「あなたの『絶対』になる」、そう約束した。
そのために、できる限りのことをした。強くなろうとした。そのために、どんな傷でも耐えられると思った。それらは確かに真実だった。
でも、もしあの時、本当に強かったなら。
言えたはずだ。もう十分だと。
愛している。
それは弱さではないと、本当にわかっていたなら、どんな口惜しさも切なさも忘れて、ただ愛していたというわけで、全てを終らせることができただろうに。
終らない空の命を、こんな狂おしい執着で続けることなど、選ばなかっただろうに。
この身体も、命も、自分のものではもうない。存在すること、それすら自分のものではない。終りにできない。あの昏い地下以外、どこにも戻るところはない。
存在すべきでない自分と、存在させるべきではなかった恋人の抜け殻。そして、その恋人の魂と肉体のほとんどを現した生きている命。
両腕に重い鎖を引きずるように、揺れる想いに引き裂かれる。
見上げる空は、もう飛ぶことのできない聖域。吹きつける風は、命を持たないこの体を冷やすだけのもの。それがこの身のいまのあり方、いまの姿。
それでもたったひとつの真実だけ、いまも変わらない。
ただひとりとの出会いから、自分の存在理由はそのためだけにある。
ガシガシ、コツコツ・・・。ハァ〜〜〜・・・。
天主搭執務室の隣。与えられた桂花の部屋では数刻この状態が続いている。
騒音の主は柢王。また面倒を持ち込んだのだろう。
だが今日こそは自力解決をと桂花は無視を決めこんだ。
なのにっ!!
「あ゛ああ゛ああ゛あ゛あ゛・・・・」
「わわわわわ・・・わ・・・・・わわ」
「ふふふふーーーーーーーふぅっ・・」
外から沸き起こる濁声。
咄嗟に柢王に視線を向け、桂花の決意はあっけなく砕け散った。
チャンス到来、柢王はニヤリと扉に結界を張る。
防音できるなら始めからすればいいものを、しないのはモチロン故意。桂花ヘルプのオネダリだ。
「何です、アレは・・・」
「八紫仙だろ」
「聞けばわかります」
噛み付かんばかりの桂花に
「恒例の『四国対抗歌合戦』の季節が来たんだ」と柢王は告げた。
また恒例か・・・と息をつく桂花に柢王は四年に一度と付け足した。
「あなた持ち込みの面倒もコレですね」
「文殊塾協賛だからな」
「つまりは関係者・・・」
東の元帥と同時に文殊塾の体術講師を務める柢王は既に主催者サイド。
面倒だが仕方ない。
柢王の自力解決をキッパリ諦め、読みかけの本を閉じた桂花に、待ってましたと柢王は関係書類を飛ばした。
目を通し分類していく動きには一つの無駄もない。その流れる作業はしばらく続き、やがてプログラム原版で止まった。
「何です、この穴あきは?」
「順番が決まってねぇんだ。 四国とも同希望で」
「トリでもやりたいと?」
「いやトップ狙いだ」
「トップ!?」
印象を残すにはラストじゃないのか・・・首をひねる桂花に柢王は
「あの前振りがあるからさ」と扉を指差し
「ケドあいつら凄いぞ。 唄いだしはズレんのに最後はキッチリ揃うし、ハモリも見事なのか、そうじゃねぇのか分かんねーシロモノなンだ」と妙な後ひれをつけた。
「唄いだしがズレる? それは輪唱なんじゃ?」
「いやズレは不定期だ。 後のヤツが抜かすことも、一緒にもなることもあるし・・・」
俺にも分かんねぇ・・・と柢王は両手をあげた。
「―――――八紫仙のことはわかりました」(本当は全く理解できないのだが)
言って桂花は<順番→保留>と余白に書き込み、「出場者は?」と次に進んだ。
「資格は王族、貴族だ。まぁ、ほとんど王族だが」
「東はどなたが?」
「ウチは親父」
「なら西は洪瀏王さまですね」
桂花が東西の出場者名を書きかけたところ、柢王は首を振った。
「いや、西はカルミアだ。それに親父のライバルは毘沙王だろ」
「さ、山凍殿!!!」
「さ、山凍―――まっさかぁ」
目を見開く桂花と秒差で柢王は笑い出し涙ながらに言い直す。
「ハハハッ、わるいっ、前毘沙王だ。 山凍パパがライバルだ」
「前毘沙王さま・・・です・・ね」
ホッと額に滲む汗を拭う桂花。
その横で柢王は回想。
「そういや前回、北は江青と珀黄だったな。経みてぇって爺婆のアイドルだったっけ」
それを右から左に受け流し、桂花は「南はどなたが?」と話を進めた。
「南ねぇ・・・」
柢王は小さく息をつくと、身体全体不機嫌のオーラを滲ませた昨日のアシュレイを思い出した。
今時期、天界はどこへ行っても話題は決まって歌合戦。
アシュレイの苦痛は手に取るようだ。
そんな親友に苦笑しつつも柢王は、わざとテンションを上げ絡んでいった。
『よっ! 腐ってンな♪』
『うっせぇ!!』
『ケド仕事なんだ。な、おまえンとこは姉上の巫女姫が出んのか?』
歌合戦企画進行書をチラリと見せ協力を仰ぐ。
『姉上の大反対で断念だ』
オマエまで歌合戦かよ!!と悪態をつきつつも仕事なら仕方ねぇと吐き捨てた。
『じゃあ誰が?』
『さあな』
『―――炎王ってことはねーんだろっ?』
言ってブッと噴出す柢王に、アシュレイもクッと笑う。
二人して前回を思い出したのだ。
四年前、華々しくトップを飾ったのはアシュレイの父、炎王だった。
自信満々、迫力満点でステージに立つその御姿は会場中を圧倒した。
加えサビから始まる攻めの選曲。『今回はコレで決まり!』誰もが思っただろう。
イントロが流れ聴衆の期待は最高潮。
―――その初っ端・・・事態は起こった。
出だしをトチる・・・まさかの失態。
固まる炎王。
固まる聴衆。
生バンドが慌て修正したときは既に遅く、会場は割れんばかりの爆笑に包まれていた。
誰にも増しプライド高く自信家の炎王の傷心はことさら深く、その影響は下界にまでおよんだ。
川、湖は干上がり海面が沸きあがる灼熱地獄。
まさに壊滅一歩前の大惨事。
以来、南ではあの歌合戦は禁句の一つに数えられている。
『ああ見えてナイーブなんだ』
笑いを収め、珍しく父を労わるフォローをいれたアシュレイは先ほどの憂鬱はどこへやら 『出場者は決まり次第連絡してやる』と足取り軽く去っていった。
「南はまだ決まってないらしい」
「そうですか」
桂花は南の欄に保留と書き込むと、次の書類に目を落とし首をかしげた。
「この改定規約・・・変化なしってのは?」
「ああ。 前回な・・・親父のヤツすげーぇ若作りしやがって・・・それも整形、化粧バッチリで。 あの目張りにゃ身内もドンびきだ。―――それを幕裏で見た洪瀏王が」
「―――便乗したんですね」
「ああ」
「クレームは?」
「モチロン出たさ。中でも前毘沙王が厳しくってな。 ま、ありゃ仕方ねぇな」
「仕方ない?」
「ああ。前回、北は江青たちって言ったろ? ありゃ練習で声を枯らした前毘沙王の代わりだったんだ」
「それは自業自得でしょ?」
「いや声は治ったんだ、ティアの守光でさ。 けど守護主天の援護を受けたのはズルイ!!って親父たち他国王がイチャモンつけ、泣く泣く辞退」
「――――・・・・」
子供のケンカか・・・なんて低レベルな。
桂花は痛み始めたこめかみに片手を添えた。
「―――で結果は?」
「結果?」
「対抗歌合戦の勝者は?」
「ンなのつけられるわけねぇだろ」
「勝敗が・・・ない?」
「そ、出場者は好きな曲を歌い、審査員はそれを誉めちぎる。そして国に戻って自賛しつつ賛辞を聞き次回に闘志を燃やす。―――だからジジィたちが競って出場すんだろ」
―――つまり、対抗というのは自己自慢・・・。
バサッ!!
桂花は机に手元の書類を投げ出した。
そして震える怒りを忍耐力で抑え、読みかけの本に手を伸ばす。
「けっ、桂花」
慌て呼び止める柢王に−273,15℃の視線を突き刺し静寂を確保。
ガシガシ、コツコツ・・・。ハア〜〜〜・・・。
ページをめくる音と共に交わる不定音。
秋の夜長の天主搭。そこでは各部屋ごとに様々な音楽が奏でられている・・・そうだ。
−プロローグ−
人の声が聞こえると夢うつつに慎吾は思った。
「また、ソファーで寝ている」
「可愛い寝顔だね。風邪をひくといけないから、上着をかけてあげよう」
「俺の上着をかけるからいい」
「ずるい。お前はいつもしているだろ」
「…スーツがしわになって、困るのはお前だろう」
小さな声だけれど、うたた寝の慎吾が目を覚ますには十分だった。
目を開けると、スーツの上着を手にした高槻さんと貴奨がいて、慎吾はあわてた。
「た、高槻さん、いらっしゃい。すみません、寝てしまって」
「今来たところだから、気にしなくていいよ。それより、疲れているんだったら、寝ていていいんだよ」
「いえ、大丈夫です。あの…何をしていたんですか」
「どっちが、慎吾君に上着をかけるかをね」
くすくす笑って高槻さんは言った。
その相手は、びっくりした慎吾に驚いて逃げ出したミルクを、抱き上げていた。
「そんなところで寝ていると風邪をひくといつも言っているだろう」
−ある月の綺麗な夜に−
貴奨が、ソファーでうたた寝をしている。
慎吾は驚いて、リビングの入り口に立ち止まった。スーツの上着を脱いで座ったら、眠ってしまったみたいだ。
今日は、高槻さんが夕食を作りに来てくれてるのに。いつもは見せない疲れた姿を見ると心配になる。
じっと見ていると、貴奨の膝の上の特等席をゲットしたグレースが、上機嫌で尻尾を振った。
本当に貴奨が好きなんだなと、自然と笑みが浮かぶ。
その時、キッチンで料理をしていた高槻さんが、「どうかしたの?」とリビングに顔をのぞかせ、
その気配に目を覚ました貴奨が、しまったという顔をした。
「珍しいね。体調が悪いの?」
驚く高槻さんに、貴奨はグレースの頭を撫でながら苦笑した。
「いや、すまない」
「休んでいてもいいんだよ。慎吾くんと二人で、ディナーを楽しむから」
ふふっと笑う高槻さんに、貴奨は疲れを感じさせない、不敵な笑み浮かべる。
「お前の料理が食べられるチャンスは、逃さないさ」
リビングの入り口に立ちつくす慎吾は、気付いていても、こちらに視線さえ向けない貴奨に、
俺もいるんだけど…と、顔をしかめた。
「そんなところで寝てると風邪をひくって、いつもお前が言ってるくせに」
心配なのに、つい嫌みを言ってしまった。
「心配してるのか?ん?」
まるで、愛猫をみるように目を細めて、貴奨はわざと聞くのだ。
「そんなわけないだろっ」
赤くなった慎吾に、ふっと笑った貴奨は、高槻さんに、「着替えてくる」と言って自室に入った。
慎吾の側を通る時、心配するなと言うように、慎吾の頭をぽんと叩いてから。
立ち尽くす慎吾の足に、グレースが身をすり寄せて、にゃーと鳴いた。
まるで、素直じゃないんだからと言うように。
貴奨のやつ…グレースまで…高槻さんには「仲の良い兄弟でうらやましいね」とくすくす笑われる始末。
恥ずかしいだろ。
足元のグレースを抱き上げて、ふかふかするお腹に、慎吾は赤くなった顔を隠くした。
読みかけの本を閉じて顔をあげる。
澄みわたる空。甘く香る木犀。
柢王が花街に出かけているあいだ、桂花は庭に花氈を広げ読書を楽しんでいた。
「・・・・空也・・・?」
向空に小さく、人が向かってくるのが見える。
だんだん近づいてくる人影がハッキリとしたものとなり、目の前に降りたった。
「桂花殿、お休みのところすみません。柢王様に頼まれていた報告書を持ってきました」
「急ぎですか」
「はい。捜査結果が出次第、報告するよう命ぜられています・・・・柢王様、いないんですか?」
桂花は頷くと手をさし出した。
「吾がかわりに預かっておきます。ご苦労さまでした」
しかし空也はそれを桂花に渡さず、となりに腰を下ろす。
「なにしてたんですか?」
「本を」
脇に置いてあったそれを見せると、「そんな分厚い本、よく読む気になれますね」と、空也は苦笑いをした。
それには応えず体を横たえ、肘をついた状態で桂花は目をとじる。
そうすることで追い払うつもりだったが、この程度でへこたれるような相手ではなかった。
「あれ?誘われてるのかな」
笑いながら空也が美麗な顔をのぞきこむと、研ぎ澄まされた瞳がむけられる。
「はねっかえりの彼女は?」
「元気ですよ」
「それは良かった。吾にかまうな」
「ん〜・・こんなにきれいな人を前にして構うなと言われてもね」
桂花の、そこだけ異色の髪を手にとり、唇をよせた空也。
そんな彼の手を振り払う代わりに、紫石英で射る。
「すごいな・・・その瞳・・・吸い込まれそう」
「・・・・・」
「彼女がいても・・・・あなたを前にしたら・・・」
恍惚とした表情のまま空也がせまる。
――――それ以上近づくな。
口にしようとした刹那、空也の体が宙に舞った。
「うわっ?!」
数メートル飛んでいった彼に、すかさず蹴りを入れる男。
「柢王。おかえりなさい」
「おう、いま帰ったぜ。コノヤロッ、コノヤロッ!まったく懲りない野郎だっ#」
「イタイイタイッ!冗談じゃないですか、柢王様っ冗談っ」
「なーにが!目がマジだったっつーんだよ!鼻の下も伸ばしやがって。二度目はないんだバカ野郎っ」
ゲシゲシ蹴られつづける空也に桂花は笑って止めもしない。
「度が過ぎる冗談は冗談じゃねえんだっ、覚えとけ!」
「二度としません〜」
半泣きで誓う空也に、ようやく「もうその辺で」と桂花の助けが入った。
「お前もさ、簡単に髪とか触らせてンなよ」
空也が腰をさすりながら帰っていったあと、柢王は花氈の上で桂花を抱きしめながら唇をとがらせた。
「別に減るものじゃないでしょ」
わざと柢王の気に触るような物言いをしてみる。
「お前は俺以外のヤツに髪触られてもなんともないのかっ」
「泥とかついた手でなければ別に」
「千回洗った手でもダメだ!」
(・・・・・自分は芸妓に平気で全身触らせてるくせに)
「なんだ?」
「いえ。なんでも」
ふふ、と笑って柢王の胸に顔を埋めた桂花は、その体から白粉の香りがしないことに気分が良い。
「雲が早いですね」
「風が強いな」
刻一刻と姿を変えていく空。
いくつもの雲がこの上を通り過ぎても、変わらない想いがある。
ただひとりでいい、他の誰も要らない。
決して失えないものは、この体の温もり。
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