投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「子ザルとは連絡がついたか」
ロビーから戻ってきたティアに、部長が尋ねる。ティアは微笑んで答えた。
「おいでを楽しみにしているそうですよ」
と──賑わう見本市会場、少し先に見える取引先の社員に目礼しながら、
「それはありがたいが、無理をして家を燃やしていては話にならないぞ」
笑うアウスレーゼ部長はティアの直属上司で、仲人。当然ながら、アシュレイの性格も料理の腕もご存知で、勝手に『子ザル』とあだなつけ、自宅には仲人のお願いの時にアシュレイが持参した手作りクッキーを『百年経ったら固形燃料』と銘打ち飾っている、超然とした大人だ。
そんな上司にティアはにっこり笑って、
「今回は特訓したみたいですから。それに料理は火が通っていたほうがおいしいですよ」
愛があれば石炭もウェルダン。
「好きだ、可愛いで続くのは少しの間だけだぞ。後はお互い、片目瞑って、片耳塞いでおくぐらいが長持ちの秘訣だよ」
「それは仲人の言葉ではありませんよ、部長」
と、顔を見合わせたふたりは笑いあった。
勝気な奥さんとフランクに円満保っている部長の言葉は、こなれた大人のもので、ティアにも、まあそうかもしれないという気もしなくはないが、
(私はアシュレイのことならなんでも見ていたいけれどな……)
たとえば、この数日いつも絆創膏が絶えないこととか、時に前髪焦げていたりすることとか。昼間は『買い物』と称して出て行くが、なかなか戻らず、しかも買い物籠は空のまま。近所の人に桂花さんの住む団地付近で目撃されていたりすれば、何をしているかくらいはわかる。
お義母さんも仕方のない顔で笑って言っていた。
『あの子はこうと思ったら絶対に聞きませんから』
(ほんとに君は一途な人なんだよね──)
あの見合いパーティーの時だって、アシュレイは他の女性たちのように着飾ったもの欲しげな様子は少しもなくて、着心地のよさそうな服を着て、おいしそうに肉にかじりついていた。心からのその笑顔。見ているこちらまで嬉しくなった。
知り合ってみればワイルドであわてんぼうなところもあるが、いつでも一心、笑う時も怒る時も本気なアシュレイの側にいるとのびのびとした気持ちになれる。
そのアシュレイが自分のためにがんばってくれる、その気持ちが本当に嬉しいから、秘密のつもりの特訓に気づいたそぶりは見せないが、けがをするのは心配だ。さっき30分後には帰るよと知らせるついでのように確認したが、今日はやはりひとりだった。
(気をつけてよ、アシュレイ──)
宙にまなざしを向けたティアに、上司は笑って、
「タイム・リミット目前──さて、子ザルがどんなもてなしをしてくれるか、楽しみだな」
*
「うわあああああーーーーーっ」
狭い台所に叫び声が響き渡る。勝手口の戸のかげから伺っていたナセルの顔が青ざめる。
せっかくレシピ通りにまぜた調味料を流しにひっくり返し、アシュレイの、ボール拾う手が小刻みに震え、一瞬、ルビー色の瞳が泣くかと思われた。
がっ、新米妻はキッ、とまなざしを上げると空に向かい、
「もう一回混ぜればいいだけだ! よし、やるぞっ」
気合を入れ直して、もう一度調味料をカップに入れる。ナセルもホッと息をつく。
『まだ配達あるんだろ? 気をつけて行けよ』
白いフリルの肩越し、振り向いたアシュレイにそう言われたナセルが去らなかったのは、なにもその可憐なショットが煩悩ストライクだったからではない。
いや、それも七割あるが、残りの八割はやはり心配だからだ。七日連続以下同文に加え、昨日、御用聞きに来た時、アシュレイの母親であるグラインダーズさんからさりげなく『明日もお願いしますね』と頼まれたことから言っても、ここはきちんと見届けないと。
と自分に言い訳し、仕事はアランにテレパシーで任せて見守っているのだが、当のアシュレイはドアが開いていることも気づかないほど料理に熱中していた。
今日のごはんは『鳥手羽先のから揚げ甘酢あんかけ。野菜も添付できるし、卵スープはおこげ入れたら雑炊風にもなりますお客様』だ。
基本調味料混ぜるのと火を通すだけの簡単作業だが、それなりに見えるお得ごはん。しかもあんかけだから、から揚げが若干冷めても大丈夫の時間差攻撃。冷蔵庫には万一に備え手羽二号たちも待機しているし、レシピは桂花さんの手書きで作業工程込み。万事抜かりなし、と、人の家の台所事情を必要以上に知る御用聞きは頷く。
流しの横の狭い調理台の上のバットには実にランダムに並べた鳥手羽がすでに塩コショウされている。さっきの失敗に懲りて
ボールをしっかり抱えた新妻は、真剣な顔でそのなかに確実に材料を入れていく。酢、大量。黒酢、大量。砂糖、大匙3…
え? と、驚く三河屋さんの前で、新妻も眉間に皺寄せながら、
「こんなに入れたっけ? でもこれそう書いてあるよな?」
怪訝そうにかざすレシピはさっきこぼれた調味料で字がにじみ、mlのmが消えている。リットルですか、酢ーーーっ! 甘酢じゃなくてほぼ純粋ブレンド酢でしょそれーーーーっ!!
心で叫ぶ三河屋さんをよそに、新妻はがしゃこがしゃこ、ボールの中身をかき混ぜる。たちまち漂う殺菌効果抜群の香りに三河屋さんが咳き込みかけ、あわてて口押さえたところへ──
「アシュレイさん、おらんかのーっ」
「あ、裏のおじいさんだ」
聞こえたしわがれた声に、アシュレイは慎重にボールを置くと、手を拭きながら玄関へ向かった。
その隙に、ナセルはパッと靴脱ぎ、台所に飛び込むと、砂糖と塩の容器から中身掴んでボールに放り込む。がしゃがしゃ混ぜて、すばやく味見、
「とりあえず酢じゃないっ!」
ボールを戻し、急いで外へ。
『おおう、アシュレイさん、回覧板じゃ。今回は特売のすっぽんエキスが出ておるぞ!』
『すっぽん? でもうち両親がそういうのはいっぱい持ってるから──』
『おお、そうじゃった、ご両親もまだまだ現役じゃからのぉ、アシュレイさんたちも負けられんのぉ』
玄関から聞こえるのんきな会話とは裏腹、三河屋さんは心臓バクバク。見守っていた方が寿命縮むのに、愛の力で現状否認。深呼吸するその肩が、ふいにポンと叩かれる。
「ナセルじゃんか、何してんだ?」
「あ、柢王さん、桂花さん──」
と、疑惑の四ヶ月くんもパパにだっこ。原因と結果の揃い踏み。
挨拶そこそこ、
「うまくいっていますか?」
「つかなんか催涙弾みたいな匂いするけど、大丈夫か、この家?」
尋ねるふたりに説明するより先に、アシュレイのスリッパの音がして、一同はあわててドアの影に隠れた。
「ったくもー、この忙しいのに何なんだ、すっぽんすっぽんって、そんなにすっぽん体にいいなら飲んで長生きすればいいだろっ」
と、入って来たアシュレイは、さて、と気を取り直したように、くだんのボールに向き直る。箸の先でその中身をちょんとつついて、手の甲にのせてペロッ。
「うん、いい味だ」
にっこりと頷くのに、ナセルがよろめく。
(なに? ナセル、よだれ出そうな顔してるけどそんなにうまいのあれ?)
(なにかが違う気がしますけど……)
目で会話する夫婦の隣で三河屋さんは、可愛い赤毛の新妻がフリルエプロン、から揚げ差し出し、『はい、あーんっ』する場面を妄想中。独身男の妄想力は無限大。
が、その妄想も、新米妻が再び別のボール取り出した瞬間に消える。今度のレシピはにじんでいない。書かれた通りに材料をきちんと計り、スープを作るアシュレイに、桂花がドアの影からうんうんと頷く。
今度は卵を別のボールに割って──ガシャ!
『あ……』
砕けた卵で手のひら黄色にして、新米妻の瞳が潤んだように思われる。でも、再びキッと瞳を上げて、手を洗うと冷蔵庫に向かういじらしい背中に、見守るナセルはくらくら。桂花は両手揉み絞ってハラハラ、赤ん坊はパパの肩口よだれダラダラ。
ともあれ、今度は卵が割れた。見守る一同安堵の吐息。アシュレイもホッとした顔で頷くと、卵を溶き、鍋にスープを移し、火を点ける。
「弱火だよな。それで次は、酢を一回あっためといて──」
大鍋に移される酢の量に桂花が目を見張る。鋭く振り向いたのに、ナセルが、
「いや、それがかくかくしかじか……」
説明する間にも、アシュレイは、水溶き片栗粉を作り、スープをとった戻しホタテやネギを刻んだり、皿に野菜を敷いたりとこまめに働く。エプロンのすそがひらひらして、三河屋さんがくらくらするのとは裏腹、ひとつずつ作業を終えてゆく。
「なんだ、あいつ結構やるじゃん」
意外そうに囁いた柢王に、桂花は微笑み、
「がんばりましたからね」
「みたいだな。つか、ま、俺の桂花が先生だもんな。なぁ、冰玉ぅ?」
「ばぶぅ」
「もう、口ばっかりの癖に。ねぇ、冰玉ぅ?」
「ばっぶぅ」
どっちなんですか四ヶ月くん? つっこめない独り者は黙って監視続行。
大鍋いっぱいの酢に大匙3杯の水溶き片栗粉を加え、
「これをとろ火にしてる間に、揚げるんだよな」
揚げ物鍋を火にかけるアシュレイに、いや、その酢は朝まで煮ないととろみつかないからと首を振る。それに気づいた柢王が笑って、
「親切な応援団のために、俺も手伝うかな」
と、冰玉片手に抱えたまま携帯電話取り出すと、少し離れたところから電話をかけた。リーンと家の中で電話の音がして、
「誰だよ、いいところなのにっ」
アシュレイがバタバタ出て行く音。
「おう、アシュレイか。忙しいとこわるいんだけどさ。ちょっと冰玉がおまえの声が聞きたいって言ってんだよ。なぁ、冰玉?」
と、柢王が携帯電話差し出すと、なんと齢四ヶ月の赤ん坊は、
「ばぶばぶぅ」
そんな口八町親子にだまされたアシュレイの、
『冰玉か。どうしたんだ?』
優しい声が廊下から届くのを聞きながら、ナセルと桂花は台所に飛び込み、
「片栗粉ってどのくらい溶くんですか、桂花さんっ」
「その袋全部をこの水で! あっ、油かけたまま火の側離れちゃだめって言ったのに!」
速攻溶いた片栗粉を入れ、揚げ物鍋の火を消し、急いで外へ出る。
再び一同ドアの影で見守り体制。電話切って戻ってきたアシュレイは微笑みながら、
「それにしても、冰玉はまだ『ばぶぅ』しか言わないのに、よく俺と話したがってるとかわかるな、柢王。やっぱ父親だからかな。ティアもそのうち……」
言いかけ、耳まで真っ赤。三河屋さんはやや蒼白。わかっていても知りたくないことはあるものだ。
ともあれ、何も気づかない人妻は、再び揚げ物鍋に火をつけ、いよいよから揚げだ。
「油がころころ音を立て始めたら少し火を弱める、んだよな」
七日自分に言い聞かせた言葉を繰り返す。その姿に、桂花が何度も頷く。
油が熱される音がし始め、アシュレイは火を弱め、菜箸の先をつける。頷いて、
「よし、行くぞ」
手羽一号をひとつ、取り上げて、ジュッ! カラカラ乾いた音が響く。真剣な顔で鍋を見つめるアシュレイ。そのアシュレイを真剣に見つめるナセルと桂花。そのふたりの姿を面白そうに見る柢王とよだれ垂らす赤ん坊。
「う…わっ、できたーっ!!」
アシュレイが瞳を輝かせた。頬を上気させ、見つめる箸の先には、奇跡のようにこんがりと黄金色に揚げられた手羽一号の姿!
「アシュレイさん……!」
ナセルと桂花も瞳を見開き、その光り輝くから揚げを見つめる。
まるで錬金術でも見るように──そっとキッチンペーパーに載せられた一号を皮切りに、アシュレイが狂喜しながら鍋に入れていく手羽は次々と金色に揚がってゆく。
「よかったぁぁ……」
アシュレイが微笑む。泣き笑いしそうな笑顔だ。それを見守る桂花の瞳もうるうるして、いったい、から揚げごときで人はかくも感動するものか。
ともあれ、嬉しさに瞳潤ませたアシュレイが、最大限の丁寧さでから揚げを皿に盛りつけた時、ガラッと引き戸のあく音がして、
「アシュレイ、戻ったよ!」
「あ、ティアだ!」
アシュレイが嬉しそうに身を翻した瞬間──
あのイベント騒ぎが過ぎてから。
今日もティアはアシュレイの家の前に居た。というより仕事帰りにただアシュレイの顔見たさに手土産を持参し通っている。
2人きりのなると好きだと繰り返し言うが当のアシュレイは冗談としか思っていない。
無理も無いというべきだろう何せティアはあの兄の弟。仕事が出来なくなったこと桂花の件を忘れていないから何かあると身構えている。
しかしこうも毎日顔を合わせればしだいに情がわいていくもの。
今ではお友達感覚でいるのだからティアの努力も少しは報われているというべきなのだろう。
アー (ほんとよく毎日来るよなぁ。。暇なんだな。きっと。)
よく考えてみれば今は夕方。人のうちを訪ねるには向いてない時間なのだが、ほとんど日常化してきたのでもう疑問にも思わない。
そして顔を見ない日は寂しくなるのだがまだ本人は気がつかない。
ティア (今日も可愛い☆)アシュレイの顔をみれて嬉しいティアはニコニコニコニコにやけ顔だ。
それでも少しでも進展が欲しいティアはかねてからの計画を実行に移すべく提案を持ちかける。
ティア 『今週末に皆さんと一緒に出かけませんか?』私が車で迎えにきますから柢王ご夫妻と一緒に4人で。
アー 『みんなも一緒か?ならいいぞ♪』大勢で出かけるのも久しぶりで嬉しいかも。
もちろんアシュレイには通じていないがデートのお誘いなのだ。そして週末。柢王夫妻の協力のもと水族館でWデートとなったのである。。
水族館の目玉、白イルカの前では大勢の人。
アー 『かっ、かわいい!!』(でっけーー!目つぶら〜!!マジ可愛い〜!!持って帰りてぇ〜!)
ティア 『ええ、可愛いですねぇ。。』(君が!!)喜んでいるアシュレイだけしか見えていない。
柢王 『お。おもしれー、こうすると一緒に動く!』おかしなポーズでイルカを呼んでいる。
アー 『え?』どれどれ? 真似してイルカを呼ぼうとする。なんとも間抜けなのだが本人達は気にしない。
桂花 『ちょっ!?2人とも何しているんですかっ!』お子様ですか?さすがに親戚同士、同じ事をするのか!
しまいにはタオルを持って水槽の前を走りまわるのではまるで小学生。。大人がそんなことをすれば目立つのは当然のこと。
あきれた桂花は離れて他人のふりをしているがティアはやっぱりアシュレイしか見ていないのであった。。
たとえ4人でいても今日は初デート。それだけで満足するティアはなんとも健気とも言うべきであろう。
そして普通にお出かけを楽しんでお土産を買って帰宅する。
アー 『ただいまー。』今日も楽しかった♪
グラ 『お帰り、もう夕飯ができてるわよ、みんな席につきなさい』全員揃ったからちょうどいいし。
みんな席について夕飯を食べ始めるがアシュレイがデートに出かけていた事を知っている家族は気になっていた事を聞いてみる。
カルミア 『今日はどうだったの?』(塾がなければ僕も行きたかったけど。)
アー 『お?楽しかったぞ。ごめんな俺だけで行ってきて。。』(何故か4人だけでだと言われたしな。。)
炎王 『。。アシュレイ。。怒らないから素直に言いなさい』真面目な顔をした父親はかわいい娘の状況が気になってしかたがない。
アー 『ー?なに?』(怒るってなんだろう?お土産、親父にもちゃんと買っておいたんだけどな。。)
炎王 『。。お前達どこまでいっているんだ?』(一応お年頃だし。。)茶碗を持つ手が震えている。
グラ 『・・今、聞くことじゃないのじゃないかしら?後にしたらどうですか?』そういいつつ耳のみがアシュレイに集中する。
アー 『え?今日のこと?(地図を見ないと分からないけど)AコースとBコースと。。あ。Dコースも行って来たな♪』
炎王・グラ 『。。。。A(コース)とB(コース)と。。とんでD(コース)!!!』ーー(はぁぁぁい???一体いつのまに!?)
シャーウッド『Dコースも行って来たの?いいなぁ。。』(水族館全部見てきたの?。。うらやましいなぁ。)
炎王 『・・そそそそ そうなのか。。』カタカタお茶碗とお箸がぶつかりあって音を立てている。
グラ 『・・そそそそ そうなのね。。』カタカタ。。以下同文
カルミア 『そうなんだ。また行くの?』(今度は連れて行って欲しいし)
アー 『おう♪また行くつもりだぜ。』(今度は家族みんなでな♪)
炎王・グラ ー(また行く(の)!(いったいどちらまでーーー!?))もうご飯どころではない。
子供達は健全な会話をしているのだが、大人達の頭は別コースの言葉に変換中。何と聞いても大人のコースなのである。
アー 『ほい、2人とも。お土産だよってあれ?間違えてあいつの袋まで持ってきてた。。』
(中身、仕事用の書類っぽいなぁ。。ま、明日も来るだろうからその時返せばいいか。)
炎王 『かかかか母さんや。。あああ相手はどんなかね?』動揺してはっきり言葉がでない。
グラ 『えええええ。。好青年かと。。おおお。思いますわ。。。多分。。。。』以下同文。
アー 『え?ティア?良い奴っぽいよ?』うん。約束はきっちり守るしな。兄貴と違って。←(意外と努力の効果があったらしい。)
普段は鈍いのに何故そこだけ鋭いのか?アシュレイが嬉しそうに言うから親はもう何もいえなくなるのである。。
カルミア (なんだかみんなかみ合わない会話していたような気がするけれど。。)ま、いいか。自分には関係ないみたいだし。
こうしてこの日の夕食は終わるのである。
さて、部屋に戻るもティアの荷物が気になって仕方ないアシュレイは、あまり遅くない時間だからとティアのマンション下に居た。
そのまま訪ねても居ない事は考えもしていなかったが居なければ帰ればいい事だし、大事な書類だったら困るだろうと思うから。
セキュリティ付きのマンションではそのままでは玄関まで行かれないと、携帯でティアの携帯にかければ電波が悪いのか通じない。
仕方がないので自宅の電話にかてみる。
アー 『遅い時間に悪い、書類持って行っちゃったんだ。。返しに来たんだけど?』家まで通してくれないか?。
(いいよ?鍵を開けておくから部屋まで入っておいで?)。。なんかいつもと声が違うような?電波が悪いとそうなるのかな?
ティアの部屋に行き『おじゃましまーす』入っていいと言われていてもなんだか落ち着かないからそろーりそろーり奥まで行くのだが
なかで何やら言い争う声がするからピタリと足が止まる。。
ティア 『いい加減 私のことは諦めてくれませんか?』
ネフィ 『そうは言ってもねぇ。。頑張っているみたいだけど全然効果が無いみたいじゃない?』クスクス。
アー ー(ゲッ、、あの兄貴が来てんのか?書類置いてさっさと帰ろ・後で電話して謝ればいいや。。。)
ティア 『そうは言ってもそれ程時間がたっていませんし私はあの娘(こ)を諦めるつもりはありませんよ!?』(冗談じゃない!)
ネフィ 『お前がそう言ってもねぇ。。あの小猿はお前を好いていないだろう?』(なるはずがないものねぇ。。)
ティア 『まだわかりません!絶対手に入れて見せます!』(もうあの娘以外など考えられるものか!)
ネフィ 『本当にわからない子だねぇ?お前にふさわしいご令嬢は山程いるんだよ?』
(さっきの電話はあの子猿。。。クスクス。。近くにいるはずだし。。そろそろ決めようか?)
ティア 『あなたのゲームには付き合いきれませんが!?』
ネフィ 『ふーん?まぁ、本当に手に入れられたら認めてあげてもいいけどねぇ。。』クスクス。。
ティア 『私はアシュレイと幸せになりますよ!絶対に!貴方から自由になって!』
ネフィ 『でも小猿はお前を信用していないだろう?当たり前だよねぇ。。お前はその自由を手に入れる為だけにあの娘が欲しい。
自分に気を向かせる為に仕事の妨害をしているものねぇ?』クスクスクス。
さあ、近くで聞いてるなら思いっきり誤解すればいい。それでもお前達はまとまるのかねぇ?
アー ー(なっ!!やっぱりこいつらのせいか!!俺が再就職できない訳は!?間抜けもいいとこじゃねぇかよ?
おれはこいつら兄弟のゲームのコマだったのか!?)
なんだかばかばかしくなって来た。。いいようにされてたのか。。もういい。。二度こいつらには会いたくねぇ!!
だけど何故こんなに悔しい?苦しい?なんとなく分かっていた事なのに!
いい加減いやになってきたアシュレイは廊下に書類を置いたまま出て行こうとする。
しかしネフィがちょうど帰ろうとこっちに向かってくるから慌てて近くの部屋に入って隠れるのだが。
ティア 『ーーどういう事なんです!?、』(私は知らない!アシュレイは何も言っていなかった!!)
ずっと私の仕業だと誤解されたままだったとは?だからなかなか気を許してくれなかったのか!!
ネフィ 『そのままの意味だよ?お前が私をそうさせたのだからねぇ』クスクス。。
−−さて帰ろうか。私が邪魔をするのはここまで。これから先お前達がどうなろうと構わない。女神はどちらに微笑むのかねぇ?
ティア 『2度とここには来ないで下さい!?』冗談じゃない!!アシュレイに謝らなくては!!
携帯電話を持ってアシュレイにかけようとするが着信があることに気がつき名前を確認をする。アシュレイ?今さっきだ!
そしてそのままネフィを追い出した玄関に女物の靴があることに気がつく。
ティア −−まさか?ここに居る?全部聞いていたのか?
『・・アシュレイ?いるの?』そして書類。。間違えてアシュレイが持って行ってしまったもの。。
後で返してもらいに行こうと思っていたらここにある!なら絶対この家にいる!!探してまわるが見つからない。。
ティア −−嫌だ!私はアシュレイ君がいい!君を失いたくなどないんだよ!!
ネフィに会ったアシュレイはその直後から桂花に会えるようになった。桂花がデパートの仕事が終わった後に現れるアシュレイ。
どうしてSPは彼女を通すのだろうか?怪訝に思うも、
アー −−お前に会う為の約束事だから俺からは何も教える事ができないーー、
−−そしてこのイベントが終わりさえすれば自分達は自由になれるーー
桂花 ー−(自分「達」?まさか?アシュレイにまで?何故?)と聞くにもかすかに笑ったまま答えない。
彼女に関係があるように見ないのだがプライベートでも会う事を許されている以上何かしら関係があるのだろう。
少し前まで頻繁に仕事場に顔を出していた柢王は、SPの壁に阻まれて顔を出すこともままならない。
それでもアシュレイを通してなら彼の状況を知ることが出来るからほんの少しの辛抱だと思うことにした。。
そしてイベント当日、ついに彼は桂花の前に現れ、桂花は自由になることが出来るのである。。
さて、イベント当日。会場裏ではティアとアシュレイ、桂花が出番を待っていた。。
アー 『こないだは悪かったな。お前を巻き込んでおいてさ。。怪我は良くなったのか?』いまになってやっと謝る事ができる。
ティア 『ええ。大丈夫ですよ?もう大分良くなりましたから。気にしてくださったんですか?』(嬉しい。)
アー 『あのあとすぐに病院に行ったけどさ。。あんたの兄貴が安静にしなきゃ駄目だって会わせてくれなかったから。』
−−本当にすまない。頭をさげて心から謝る。
ティア 『え?病院まで来てくれたの?』(優しい娘。。ん?会わせてくれないって?そんなこと全然知らないのだけど?)
アー 『そうだぜ?あいつ後で謝りにきたって伝えてくれるって言ってたのに!。(それすら言っていなかったのか)。』
(つくづく嫌な兄貴だな!こいつはあいつの弟なんだからこう見えてもやっぱり同じ性格してんだろう?)
ティア 『そうなの。。行き違いかな?あまり兄とは顔を会わせたりしないし。昔から兄弟仲は良くなくてね。。』
(あとで兄さんに確認してみよう!あの時教えてくれれば。。そうすればもっと早くこの娘にまた会えたのに!。。。
ん?何か忘れているような??)
アー 『ふーん。。』(もういいや。。これさえ終われば良いわけだし。。って)
『おい!桂花をどうやってここから逃がすんだよ!』(でも逃がしたらあいつの勝ちだけどもうそんなのどうでもいい!)
ティア 『大丈夫。協力者がもうすぐ来るから。』(柢王!早く!!ここに来て!)
その時会場の観客席の後ろが騒がしくなる。
ティア ークスッ!(そっちから来るんだ?柢王!君らしいといえば君らしいね。。)
『桂花さん。君1人でステージに行ってみて!迎えが近くに来ているよ?行けば分かるから!』さぁ、行って!
係りに彼女は1人で行く、花婿役は別の所から登場するからと伝えている。そしてそのまま桂花はステージへ。。。
アー 『何で!?1人で行かせるんだよ!それじゃ逃げられないじゃないか!』噛み付くも桂花はステージにでてしまった後。
黙って見ていてごらん?待ち人はすでに来ているんだよ?ティアに言われてステージを見れば向こうから柢王が桂花に近づいていく。
そうか!協力者って!柢王だったんだ!これならイベントも壊れないし、桂花は約束を果たしたことになるからもう自由だ!
アー 『やった!』小さくガッツポーズ!今まで何も出来なくて悔しかったけど。。嬉しくて涙がでそう。。
ティア 『そろそろ、私達もここから出て行こうね?』正々堂々と行くことができるよ?
アー 『うん!』嬉しい、嬉しい!!
やっと見せた満面の笑顔。本当に嬉しくてたまらない!ティアと腕を組みながら桂花と柢王の横を通り抜け
ステージに出る前に受け取った花びらを2人に向けて振りまきその笑顔のままステージを駆けぬけるのである。。
そしてすべてが終わり落ち着いた頃。
今度はアシュレイに対するティアの求愛行動が始まるのである。
柢王から桂花の様子を聞いた翌日。
アシュレはいてもたってもいられず某デパートに足を運んでみるのだが、接客中の桂花の少し離れたところにどうも不似合いな女性がいる。
とりあえずお客のふりをして桂花に近づき声をかけてみる。。。
アー 『すみません。これを探しているのですが。。』−−今どんな様子なんだ?SPらしき人に背を向けこそっと聞いてみる。
桂花 『はい。それはこちらになりますね。。。』それらしいところに案内しながら
−−何故ここに?。ああ、柢王にでも聞きましたか?近いうちにある会社とうちのデパートのイベントがあるとかで
それに関連しているみたいなのですが。まだ未発表のことですから外部に漏らすわけにいけないからと
誰とも連絡できなくされてしまいまして。。。
アー −−そうか。相手はどこかわかるか?
桂花 −−たしか大阪に本社をおいてる某会社と言っていましたね。
アー 『なっ!!』
忘れるわけが無い!自分が会社を辞めるしかなかったあいつがいる名前!!俺一人ではすまないのか!?なんで桂花まで!!
アー −−そうか!ちょっとまってろよ!俺がなんとかするから!
引き止めようも止めるまもなく行ってしまったアシュレイを呆然と桂花は見送るのだった。。
それから数時間後。大阪の本社にいたネフィ。自分にアポなし来訪者がいることを知らされるが出された名前があの人物で。
ネフィ 『いいよ。ここに連れてきて?』ーよくここがわかったね。。さてこれからどうしようか?ーークスクス。。
そろそろ次の手をうとうと考えていたネフィは彼女がどんな行動にでるか見てみたくてたまならい。
山凍 『あまり人で遊ばれるのは良くないですよ?もう少し穏やかに事を運びませんか?』
ネフィ 『そうは言ってもねぇ。私は何もしていないじゃない?』お願いはしているけれどねぇ?ークスクス。
昔から自由にわがままを言う人ではあったが、最初からこうでは無かった。
早いうちに夫を亡くし、女手ひとつで息子2人を育てた母親はあまりにも頼り無いために長男のネフィがすべてを引き継ぐしかなかった。
年頃の弟にはろくでもない親戚どもがあの手この手で自分側に引きずり込もうとする。それから守るために片っ端から排除してきたら
逆に今度は弟に嫌われ出て行かれる始末。別に嫌われてもかまわないがこのままでは一族からはじき出されてしまうだろう。
それでは何の為にここまで守ってきたのか。いずれはこれらをあの弟に渡すためだったのに。。
それが出来ないならいっそこの弟で遊ぼうか?それともちゃんとまとめて無理やり継がせてみせようか?
それには良い(使える)お嫁さんが必要だけれどね。ーーティア?それが嫌なら徹底的にこの兄をたたき潰して出てお行き?
優しいお前にそれができるならね。クスクス。。
バンッ!荒々しく社長室の扉が開かれる。その場にいるのは先日の小猿の姿。
アー 『てめえ!桂花になにしやがる!?』
ネフィ 『いらっしゃい。よくここまでこれたねぇ?(呼んでもいないけど。)というより随分と乱暴だけど?』クスクス。。
アー 『復讐なら俺一人でいいだろう!なんで桂花を巻き込むんだよ!?』(やっていい事の区別が出来ないのか!?)
ネフィ 『復讐?なんの事かな?彼女のことなら知らないよ?某デパートが決めたことだからねぇ。。』クスクスクス。
アー 『ふざけんな!お前じゃなきゃ誰があそこまでできるんだよ!』
(柢王と桂花が会えないどころか連絡も取れないなんていくらなんでもやり過ぎじゃねぇ!?)
ネフィ 『うーん?そうはいってもねぇ?今度のイベントには彼女はうって付けの存在だしねぇ?』(ついでにあの弟の花嫁にも。)
アー 『だったら仕事だけにしとけば良いじゃねぇかよ!』
ネフィ 『それなら。。そうだねぇ。仕事の方は終わるまでは無理だけど君が彼女に会うくらいなら構わないよ?』
ー(ここまでたどりついたその根性に免じてね。)
アー 『俺だけか?』
ネフィ 『そう。君だけが。ただし条件がある。こちらも今度の事業は成功させたいからねぇ?情報漏えいは困るんだよ?
君にもSPを付けさせてもらって逐一かれらに報告してもらう。別に行動の自由までは制限はしない。
ただし期間中、君の動きがおかしい時はこの条件は即中止。それとそうだねぇ。君が彼と連絡をとるのは構わないけど
イベントが終わるまでは彼女を逃がすこと、そして何より私の存在を誰にも言ってはいけない。どう?』
(そんなに悪い条件ではないでしょう?)クスクスクス。。
アー 『。。仕事が終わったらどうなんだよ?』(なんか裏がありそうだしな。。)
ネフィ 『すべて終わったら君達は自由だね。。』(ただし彼女はこちらに来るだろうけど?)
アー 『本当だな?』(信用できねぇ気がするんだけど。。)
ネフィ 『信じるもしないも君の自由。』(さぁどうするの?)なんだか面白くてたまらない。
アー 『分かった。。連絡を取ることくらいはいいんだよな?』
ネフィ 『君とならね?直接は駄目。何かあれば彼と君を疑うよ?』クスクス。。
あんた最悪だよ。この部屋から出て行くときに最後に言った言葉。そして願うように言われたこと。。
もう他の人にこんなことをしないでくれ。いつまでもこんなことをしていたらいつかあんたのそばには誰もいなくなるぜ?
ーー余計なお世話。随分と真っ直ぐに人の目を見る小猿だねぇ。。クスクス。。
山凍 『あれで良かったのですか?珍しく温情を出されましたね?』
ネフィ 『たまにはいいんじゃない?ゲームには障害がつきものでしょう?』クスクス。。
(父が亡くなったとき、あれだけ真っ直ぐな存在が側にいたら私はこんな風にはならなかったかも知れないけれど。
それではここまで生きてはこれなかったでしょうしねぇ。。いつまで馬鹿正直でいられるのか見ものだねぇ?)
『それにこのゲームにはあの弟の人生がかかってるしぃ?』(出来るだけの手はそう打ったし。。)クスクス。。
山凍 (勝手に決めてもまた逃げられるだけだと思いますが。。)
『それではこれからのスケジュールですがーー』
そうして運命のルーレットは廻り始めるのである。。
「ええっ!!ここも売り切れーっ!!」
とうとうアシュレイは店先に座り込んでしまった。
それもそのはず。商店街にある八百屋、八軒すべてを回ったのだから。
「ちっくしょうーーーっ!!あのジジィめーっ!!」
あの老人が買い占めたことは一目瞭然。
行く先々に、あの強烈なニンニク臭がただよっているのだから。
怒ったところで全ては後の祭り。
悔しくても仕方ない。汚れを払い立ち上がり顔を上げると、斜め前の薬局が目に入る。
「そうだ!!」
またしても閃き感じアシュレイは、薬局目指して駆け出した。
「けっ、桂花!!なんでオマエが」
「パートです」
アシュレイを白衣姿で迎えたのは従兄弟の嫁、桂花だった。
金遣いの荒いダンナを持つ桂花は、家計を支えるため資格を生かしパートに出ていたのだ。
「ここは薬局です」
馬鹿にした桂花の態度に瞬時アシュレイは背を向けた。だがティアの白い顔を思い出し腹に力を入れると再び桂花に向き直る。
「俺じゃない。ティアだ」
「守天殿? あの方に何か?」
ティアの名を出した途端、先ほどの態度はなりを潜め、紫の瞳に真剣さが増す。
「いや病気でも怪我でもない。ただ、このところ疲れてるみたいで」
「そりゃ、そうでしょう」
桂花はフンと鼻を鳴らし、チラリとアシュレイを見る。
引っかかりは無視することにアシュレイは続ける。
「何か滋養剤でも――」
「滋養剤?」
桂花は眉をひそめる。
「―――あなたの前でも元気がないんですか? あの守天殿が?」
頷くアシュレイ。
「―――そのエプロンでも?」
「なんだよ突然!!」
「いえ、見覚えがあるような気がしたので」
「あっ・・・悪りぃ。柢王にもらったヤツだった」
桂花に悪いと思ったのだろう、アシュレイはわすがに頭をさげる。
そんな素直な態度に硬かった桂花の表情も和らぐ。
「似合ってますよ。ってより貴方用に誂えたものでしょう。 守天殿はご覧になりました?」
「いや、さっきおろしたばかりだ」
「だったら滋養剤はいりません」
桂花はきっぱり言いきる。
「それより貴方に」と桂花はカウンターにあるドリンク剤をズイと差し出した。
「何だよっ!?」
「新発売の滋養剤です」
「俺ぇ!?」
「明日の朝には必要になります」
再度桂花はきっぱり言いきると、カウンターにある数本のドリンク剤をアシュレイの買い物籠にすべらせた。
慌てて返そうとするアシュレイに「買い物はいいんですか?」と桂花が時計に目をやる。
つられて時計を見たアシュレイは飛び上がる。
買い物どころか、ティアが帰って来る時間ではないか。
予定変更。ティアを迎える如く駅へとアシュレイは慌てて薬局を飛び出した。
「間違って守天殿に飲ませなければいいけれど」
それは、それで楽しいかも。
慌てて去ったアシュレイにくすくす笑っている桂花の前に、旦那柢王が現れた。
「早いお帰りで」
「週末だぜ。おまえに会いたくて直帰で帰ってきた。もう上がれるだろっ」
彼特有の軽口ながらも桂花の心ははずんでいく。
「タイムカードを押してきます」
冷静を装いつつも足早に、桂花は店の奥へと姿を消した。
桂花を待つ間、柢王は店内を探索する。
薬局というのは中々に面白いものが潜んでいる。
野生の感。早速カウンターにある見慣れぬドリンクに手にとると、その効能にニヤリと笑う。
「効き目は身体で試さなきゃな♪」
試飲品をいいことに数本まとめて飲み干した。
「お待たせしました」
「さ、とっとと帰るか」
サッと袖で口を拭い柢王は、帰り支度で現れた桂花の腕をとり店を出た。
空きビンは既にゴミ箱の中。証拠隠滅にぬかりない。
柢王の手がいつもより熱いことに、桂花はまだ気づかなかった。
アシュレイが全速力で駅に向っている頃、ティアは電車に揺られていた。
帰宅ラッシュの少し前。座ることはできないがこれくらいなら快適だ。
アシュレイと結婚する前のティアは新幹線以外電車は乗ったことがなかった。
だから初めて電車通勤をした日は驚き、何十本も電車を見送ったものだ。
けれども世の中は学習。今では人波に交ざって電車に乗り込むことも、痴漢と間違えられないよう混雑した車内では両手を上げることも覚えた。
疲れないといえば嘘になる。だが今の生活すべてがティアには何よりも愛しく、守りたい存在であった。
「初めての定時だもん、花でも買って帰るかな」
愛妻を思うと仕事疲れなど吹き飛んでしまう。
到着と同時に電車を飛びおり、一気に階段を駆け上る。
「おかえりーっ」
元気な声に顔を上げると、愛妻アシュレイが改札越しにいるではないか!!
ティアが気付いたと知り、アシュレイは買い物籠をぶんぶん振っている。
そんなアシュレイに感激し涙を浮かべるティア。
慌てているせいで幾度も自動改札にひっかかり、やっとのことアシュレイの前にたどりつき―――――――ピキン―――――・・・。
浮かんだ涙もそのままにティアは固まった。
ウィンクいちごが原因であるのはいうまでもない。
「アッ・・・・!!!!アシュレ・・・イ!!」
「どうした? 疲れたのか?」
「どっ、ど、ど、どしたの?(その格好)」
「おまえ定時に帰るっていうから買い物にきたんだけど・・・」
「かっ、買い物?」
ティアはペタンコの買い物籠を覗き込む。
「うっ」
「どうした!?ティア!!」
掌を鼻に、いきなり身をかがめたティアにアシュレイもしゃがみこむ。
「鼻血? のぼせたか? そんな混んで見えなかったけど」
言ってアシュレイは顔を曇らせた。
「う、うん。のぼせたみたい(君に)」
(ア、アシュレイっ、滋養剤まで!!夢にまで見る上げ膳据え膳っ!!)
ティアの脳内は、もはやマグマ状態である。
「平気か? やっぱ夕飯はさっぱりしたものに・・・おまえ何が食べたい?」
「そんなの決まってる」
きっぱり言ってティアはスクッと立ち上がると、空いた片手でアシュレイを掴み、家に向ってグングン歩き出した。
「夕飯がまだっ・・・なぁ出前にすんのか?」
ウブな新妻はまだ気付いてない。
自分が何よりのご馳走であることを。
夕日がエプロンを薔薇色に染める。
純真な新妻はその後何色に染まるか。
それは明日のお楽しみ。
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