投稿(妄想)小説の部屋

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No.602 (2005/10/26 16:00) 投稿者:

薤露(かいろ)中

 しばらく自分の悲観的妄想を繰りひろげていたティアは、使い女にいれてもらったお茶を飲んで落ちついた後、まじめに書類の山と闘っていた。そこに突然訪れたのは柢王と桂花。
「よ、真面目にやってっか」
「柢王! 桂花も! よく来たね」
 ここのところ二人は東国の極秘捜査に忙しく、天主塔に来るのは久しぶりだった。浮かれたティアは早速使い女にお茶菓子の用意をさせようとしたが、柢王がそれをとめる。
「悪ぃけど長居できねんだ。や、桂花がさ、花街でアシュレイを見たって言うんだよ」
「花街で? なんでアシュレイがそんな所に?」
 先刻、小鳥を埋めてくるといって出て行ったのに。驚いて腰を上げたティアを柢王が椅子に戻す。
「サ・・南の方が、ウーオイ・メッハという老人が営む店から出てきたところを見たのですが・・・・・」
「ウーオイ・メッハ?」
「所謂、発明家ってやつだな。怪しげなモンが多いんだが、とりあえず今までは違法な商品は無かったから取締りはしてなかった」
「―――――なかった?」
 やたら過去形なのが気になる。
「ただ、南の方が店を出てきた時、最近ウワサになっている偲火を手にしていたようなので・・・」
 桂花が言いよどみ、その様子から偲火というのがあまり良い物ではなさそうだと感じ取とったティアは柢王の顔を見た。
「ん―――・・・偲火ってのは故人を偲ぶときに捧げるもので、故人との思い出を見せてくれるらしいぜ? そんなものをアイツが何で欲しがるのか分からんけど、そいつは下手すると使用者を廃人にしちまうかも知れないってウワサがあるんだな」
 ガタン! と椅子をひっくり返したティアは思わず桂花にしがみつく。
「なんで止めてくれなかったんだ!」
 こんな風に自分を責めるようなことをこれまでティアにされた事がなかった桂花は、ほんの一瞬目を見張ったが、すぐに落ちついた声で返した。
「―――――仮に。吾が止めたとして、あの王子が素直に従うとお思いですか」
「・・・・・・・」
 柢王が桂花の服をつかんでいたティアの震える手をそっとはずすし、困ったように笑った。
「まあ、店の一つや二つ、軽く焼き払われてただろうな」
 ・・・・・・恐らくその通りだろう。だから桂花は柢王に知らせ、柢王はティアに打診してきたのだろう。
「桂花すまなかった。アシュレイとは折り合いが悪いというのに、気にかけてくれてありがとう」
「気にしてませんよ。それに吾は南の王子を心配したつもりはありません。あの方に厄介な事件を起こされたりしたらこちらに迷惑がかかりますからね。予防線です」
 魔族である自分に対し、簡単に頭を下げてしまう守護主天に微笑む。
「じゃあティア、俺はこれから親父のとこに行かなきゃなんねーから桂花を頼ってくれ。絶対自分で動くなよ?! 桂花、悪いけど面倒見てやってくれな」

 たった一週間だった。
 7日間の思い出など大して無いだろう。
 けれど・・・だからこそアシュレイはアランに会いたかった。
 もう何度もリピートした彼の笑顔や困ったような仕草、自分を諌める強気な態度。
 はっきりと覚えているはずなのに、どこか曖昧な映像になってゆく気がして、焦る。
 目的地に着いたアシュレイは缶のふたを開けようとしたが、これがまた錆びついて簡単には開かない。
「く・・・・っそ」
 渾身の力を指先に込めてやっとの思いで開けた刹那、真っ赤な炎が目の前に踊り出た。
「意外に・・・・デカイんだな」
 炎は遠見鏡より少し小さいくらいで、次第に中心の色が薄くなってゆく。
「あ!」
 炎の画面いっぱいにアランが現れた。片膝をついたまま何か言っている。
「アラン・・・・」
 懐かしくて、嬉しくて。アシュレイは赤い瞳に力を込めて見つめた。
 それは、まるっきりノンフィクションの映画そのものだった。
 だんだん声がはっきりと聞こえてきて、無声映画ではなくなる。

『―――――にアシュレイ様の副官を命じられましたアラン・ソ―ルと申します。』
 炎のスクリーンの中にはアシュレイも映し出されていた。
『必要ない』
 プイッと踵を返し、外へ行くアシュレイの後を、ためらいがちについて行くアラン。
『ついてくんな!』
 アシュレイは、宙に浮くとあっという間に速度を上げて逃げ出した。
(冗談じゃない。七人目の副官だと? 一体何人死なせれば気が済むんだ、クソ親父!)
 グングン速度をあげ、もう着いて来ていないだろうと後ろを振り返りギョッとする。
『お待ちください!』
 信じられないことに、アランはアシュレイのすぐ後ろまで来ていた。
『お前!』
 カッとして更に速度を上げたアシュレイはそのまま振り返りもせずに風を切る。
 じわりと額に汗がうかんだ頃、ようやく速度を落として振り返った。
『な!』
 驚くアシュレイの腕を掴み、アランはあっという間にその体を拘束してしまう。
『ふざけんなっ! 離せ、この野郎!』
『落ち着いてください』
 背中にまわったアランの激しい息遣いが耳元できこえる。自分についてこられた部下など初めてのことで、アシュレイは動揺を隠せない。
『離せっ!』
『逃げないとお約束していただけますか?』
『逃げるだとっ?! 俺は誰からも逃げたりしない!!』
 言動が伴っていないアシュレイに、アランは苦笑する。それが気に入らず、必死に首を回してアランに火を吐くが、届かない。
『ちくしょうっ・・・・離せ! ぶっ殺す!!』
 副官だからこそ、いや、認めたわけではないが、部下には違いない。部下だからこそ自分は油断していた。
 まさか王子である自分を拘束するなんて。一体どういう見解か。
 これまでの副官は皆、アシュレイの気性に恐れ戦き「お止めください〜」と半泣きになるくらいしか出来ることはなかった。
 王子の体に触れようものなら、大やけどさせられる・・・・くらいのビビリが入っていた。
なのにこの男は―――――。
『離せ!』
 馬鹿の一つ覚えのようにくり返すアシュレイにアランはわざと小さな声でつぶやいた。
『ア?! なんだ、聞こえねぇっ!』
『〜〜〜』
『え? もっとデカイ声で話せ!』
『〜〜〜』
『・・・・・・・なんだと?』
 柢王は唯一のパートナーを見つけた。あれだけ優しかったティアは、愛想をつかして離れていった。
 誰にも必要とされず、昏い沼に肩まで浸かっていた自分を、息を切らし汗だくになって追ってきてくれたアラン。
 だんだんと、自分ひとりが大声で怒鳴り散らしている事がバカバカしくなってアシュレイは体中の力を抜いた。その時点でアランは後ろに組んでいたアシュレイの腕を緩めてやる。
 自由になった腕でアランを倒すことなど容易い。しかし、アシュレイは彼に報復しようとは既に思っていなかった。
『・・・・・もっかい言え』
 腕を前に組んだアシュレイを後ろから抱えたままアランは短気な王子に気づかれないように微笑む。
こんな風に密着されたら、相手を半殺しの目に合わせるであろうアシュレイだが、今はこの優しい人肌を感じていたかった。
『アシュレイ様、これからよろしくお願いたします』
『・・・・・おう。まずは見習から、な』
 久しぶりのぬくもりは、冷え切っていたアシュレイの心に小さな、けれど確かな炎をともしてくれた。
 アシュレイが自分達の姿を懐かしげに見ているうちに、画面は瞬く間に色を変え始める。
赤かった炎が、青いものへと変わった。
 青い画面の中で、アシュレイが苦しそうに横たわっている。
「これは・・・」
 そう、それはアランが亡くなる前夜のこと。
 うっかり媚薬である花の蜜を口にしてしまったアシュレイは、体中が焼けるように熱くなり、耐えがたい思いを味わう羽目となったのだ。
 意固地になってアランの所持していた聖水を割ってしまった自分。
見ているだけで、なんという我侭なのだと己に腹が立った。
 けれどアランは怒りもせず、しばらく席を外した後、聖水を取り出すと意識の朦朧としていた自分に飲ませてくれたのだ。
 ―――――――知らなかった。あいつ、わざわざ聖水を・・・・。
 汗だくになったアシュレイの体を拭き、額にのせたタオルが温くなったら替える。その姿は今まで知りもしなかったこと。
 アシュレイが目を覚ますその時までずっとアランは離れず、様子を見ていてくれたのだ。
「アラン・・・・」
 届かないその姿に向かって手を伸ばした時、再び画面の色が変わる。
 青から緑へ。

 運命の日。花を焼き払いに行くというアランを必死で止める自分を苛立ちながら見つめる。
 この時も相手がアランだということで、自分はすっかり気を抜いていた。
 だから――――。不意をつかれて鳩尾など打たれて・・・・。
 声すら出ない状態の自分に代わって、無駄と知りつつ画面のこちら側からアシュレイは叫ぶ。
「行くなアラン!行っちゃダメだ!!」
 炎のスクリーンから、アランの姿が消えていく。
 残されたのは、倒れた自分の姿のみ。
「・・・・行ったら・・・ダメなんだ・・・アラン」
 その時、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
 溢れそうだったものを何とか堪えて、耳をすます。

 ―――――――花の下の土に潜んでいたシュラムにアランが引き裂かれるのを、東の兵士が見たという。アランはその瞬間なにかを叫んだが、その声は風で消されたという。
 アシュレイは今、やっと解かった。
 きっと――――彼は自分の名を呼んでくれたのだと。最期の瞬間、彼の心の中には自分がいたように思える。それは多分、思い上がりではなく・・・。
 スクリーンの中でまだ呑気に転がっている自分の姿が水面にゆがみ、足元の乾いた土にいくつもの水玉模様が散った。


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