投稿(妄想)小説の部屋

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No.601 (2005/10/26 15:56) 投稿者:

薤露(かいろ)上

「小動物って死ぬと軽くなる気がする・・・・・魂が抜けるからかな」
 硬くなってしまった手のひらの小鳥を見つめて、アシュレイはつぶやく。その瞳は小さな鳥が映っているはずなのに、その実何も映していないかのように虚ろだった。
 こんな場面を今まで何度か経験しているが、すっかり気落ちしてしまっている彼にかけるべき言葉を選ぶのは、いつだって難しい。
「逆に人は死ぬと重くなる気がするんだ、人も魂が抜けるはずなのに小動物とどう違うんだろうな」
「アシュレイ・・・」
 当たり前だが守護主天であるティアは、死体など運んだことが無い。
 アシュレイは数えきれないほどの魔族を倒していたが、その際自身の部下を失うことも少なくはなかったはずだ。現に副官を七人も亡くしている。彼が唇を噛みしめ、動かなくなった部下の体を抱いて飛ぶ光景が目に浮かび、ティアは思いきりかぶりを振った。
「俺、こいつ埋めてくる」
 頭を振った余韻でよろめきながら、ティアはあわててアシュレイの手を引く。
「私も一緒に行くよ」
「なに言ってんだ、お前はアレを何とかしろ」
 顎で書類を指すアシュレイに、ティアは苦虫を潰したような顔をした。
「そんな顔してもダメだ。それとも何か?また紫色した魔族に手伝わせるつもりか」
「・・・・・それも良いかも」
「魔族なんかに甘えんな!」
 ピンと御印の額を指ではじいてアシュレイはバルコニーから行ってしまった。
「・・・・別に桂花に甘えたいわけじゃないよ」
 恋心というものを理解できない恋人に唇を尖らせてから、自分の言った台詞に顔をしかめる。
 アシュレイが訪れる少し前に閻魔大王が遠見鏡で様子伺いをしてきたのだ。
 大王はできることならティアを独占したいと思っている。それがストレートに伝わってくるからいけない。親子の情以上のものを感じるからこそティアはなるべく父と二人きりにはならないよう心がけているのだ。
 なのに、その父はもっと自分に甘えてくれて良いのだと言葉に含ませてくる。
 大王の甘さは蜂蜜のようにキレが悪く、その視線に晒されただけで、遠見鏡を消した後もどこかベトついた不快感が残るのだ。邪険に出来ない相手だからこそよけいに鬱陶しい。
「――――――まさか! アシュレイも私を鬱陶しいと感じているのか??」
 急に頭を過ぎった考えに自ら嵌まり、落ち込む器用なティアは、今日もアシュレイにゾッコンだった。

 己の未熟さのせいで七人もの副官を死なせてしまった。
 その事実はどれだけ月日が流れても、アシュレイの心に消えない染みとなって残っている。
 取り分け七人目のアラン・ソールに関しては、王子である自分に意見したり、口に出すのもタブーである「王子の角」に対して『強さの証明』などと言ってくれたりと、真正面からぶつかってきてくれた分、失ったショックから立ち直るには随分と時間を要した。
 アランの両親も仲間達も魔族に殺されている。彼の死を泣き崩れるほど悼むものはそう多くはなかった・・・・・と思う。
 ――――――――――――せめて俺だけでも・・・お前のことずっと忘れない。
 アシュレイは「責任」だけではない感情を持ってアランを偲ぶ。
 ぼんやりとアランのことを考えながら鳥の墓をつくり終えると、小さな青い花を添えた。
「・・・・あれ・・・なんだっけ。何ていうやつだっけ」
 ふと思い出したことがあり、アシュレイは立ち上がると土がついた両手をはたいてそのまま東国の花街へ向けて飛びたった。

花街に入ってすぐ購入した絹布を頭からかぶったアシュレイは、ふくよかな花売りの女に声をかけた。
「故人に捧げる3色の火? ・・・・あぁ、偲火(さいか)のことかしら」
 花売りの女は、何故か語尾を小声で話した。
「ごめんなさいねぇ、うちじゃ扱ってないのよぅ。お墓参りにぴったりな弔愁花(ちょうしゅうか)ならあるんだけど・・・いかが?」
迷わず売り込んでくるあたり、なかなかの商売上手だ。
「・・・・もらおう」
 女は、毎度! と笑うと鮮やかな手つきで花束を作っていった。
 弔愁花とは、20日の間枯れずに咲きつづけ、21日目に跡形も無く消滅してしまう花。
 いつまでも枯れ朽ちた花があっては故人が気の毒だという配慮から改良され創られたのである。もちろん弔愁花ではない普通の生花を求める人も多くいる。
「偲火はどこで手に入る?」
 支払を済ませたアシュレイが訊くと、彼女は腰に手を当てたまま首をひねった。
「知ってるけど・・・・・店の主人が変わり者でねぇ」
「知ってるなら、教えてくれ」
 食い下がるアシュレイに両肩をあげると、花売りの女は紙にペンを走らせそれを彼に握らせた。
「ありがとな」
 同じような仕草で彼女に紙幣を渡すと、こんなにぃ? という裏返った声が返ってきた。

 メモに書かれた店は賑やかな街の通りから外れた場所に建てられたバラックだった。
 掛けられた看板は錆びがひどく何が書いてあるのか不明だ。
「・・・・? 偲火って、違法品じゃないよな・・・・」
 見るからに怪しい店の扉を開けると薄暗い部屋の中に老人が一人、こちらに背を向けて座っていた。
「ジイさん、ここの主人か?」
 アシュレイがためらいがちに声をかけると老人はフクロウのように首だけ動かしてこちらを振り返った。
「いらっしゃい」
 しわがれた声で挨拶すると、アシュレイの前までゆっくりと歩み寄った。
「なにをお探しかね」
「偲火っていうのが欲しいんだ、あるか?」
「――――――それをどこで?」
「知り合いから聞いた」
 本当のところは、天主塔へ人界での報告をしに行った時使い女たちがうわさしているのを耳にしたのであったが・・・・・。
「そうかね、偲火が欲しいかね。お前さん偲火がどんなものかご存知かね?」
「故人との想い出がよみがえるって・・・・」
「そうそう、偲火は炎がゆっくりと3色に変化して、色が移りゆくたび別の想い出が蘇えるものさね」
 老人はアシュレイの赤い瞳を見つめたまま後ろの棚に手を伸ばし沢山並んだ缶をつかんだ。
「ほぅれ、この中に入っておるんだがね、お前さんこいつが本当に欲しいのかね」
「欲しい」
 アランがたった一人でシュラムへ向かうのを止められなかった。
 彼の笑顔にもう一度会えるものなら会いたいと思う。
「うむ、ならやろうかね」
 所々錆びた缶を差し出されアシュレイはその支払をしようと畳まれた紙幣を広げた。
「ああ、いい、いい。金はいらんがね」
「は? 何言ってんだ、俺は――――」
「金は要らんと言っとるがね。その代わりと言っちゃなんだが、ちょいとコイツを試してくれんかね」
「なんだ?」
 ホイ、といきなり放られた玉を条件反射で受けとった途端、それはパカッと二つに割れて中から煙が立ちこめた。
「ゲホッゲホッ」
 むせ返るアシュレイを見て老人はハッハと大笑いし「失敗だがね」と頭をかいた。
 咳きこみながら一体なんなんだ! と怒鳴ったアシュレイに彼は「夜の虹」と悪びれずに答える。
「ケホ・・・に、虹って、あの虹か? 人間界で・・・ゲホゲホ、何度か、見たこと、ある」
「ほーう、人間界で。お前さん、見たところただの兵士ではなさそうだがね」
 ただの兵士に見えない? ――――それはどういう意味が含まれているのか。
 少し気になったが、それより「夜の虹」の方に興味がそそられた。
「虹は、大気中の水滴に太陽の光が――――クシュン、屈折して起こる現象だってハ、ハ、ハックション、聞いたぞ。なんで、夜に出るんだ」
「その摩訶不思議こそがこのウーオイ・メッハの商品だがね。種明かしなぞ死んでもせんがね」
 全く説明になっていない老人の話を聞いている間も、咳からクシャミへとアシュレイは忙しかった。
「ほっほ、まぁいくらも経たないうちに収まるがね。またなにか変わった物が欲しくなったら来るといいがね」
 クシャミがとまらないアシュレイは二度と来るもんかっ! と吼えて錆びた缶を手に外へ出た。
 中が薄暗かっただけに目がチカチカする。
「あ〜っもう!」
 洟をすすりながら地をけって、ティアが提案して決めた墓ではなく、アランが最期を迎えた場所へとアシュレイは飛んだ。


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