続・曼珠沙華〜三章〜
「ちっ、ティアの奴逃げたなっ!!」
主人のいない執務室に舌打ちをしアシュレイは鬼気迫る表情でティアのいそうな部屋を片っ端から探査していく。
アシュレイが来ることすら知らないティアが逃げるわけあるまいに・・・。
「ちくしょう!!」
ティアの自室を再度訪れる。
部屋はもぬけの殻だ。
「執務の時間じゃねーのかよ!!あんな書類だって溜まってんじゃねぇーかっ!!」
怒鳴り散らし部屋の壁にドコッと拳を打ち込んだ。
結界の為、壁が損傷することはなかったものの大きな音が響き渡る。
アシュレイは壁を睨み付ける。
「あんの野郎っ。もし居たらぶっ飛ばしてやるっ」
アシュレイは扉を出、隣室に向かった。
時間は少し前に戻る。
蒼弓の門に全速力で向かっていた柢王はアシュレイに呼び止められた。
「おまえ、休暇中じゃねーのか?」
「ああ、トラブルだとよ。それより、おまえは天主塔か?」
「・・・いや、やめた」
柢王が人界に行く間は桂花がティアの秘書をしているのを知っているのでアシュレイは首を振った。
「あーー。毎度わりぃーな。けど今回は問題ねぇよ」
「なにが」
「桂花、寝てるからさ」
「・・・寝てるって・・・」
(どっか悪いのか)言葉に出さないがアシュレイの顔に書いてある。
柢王は不器用な親友を心で微笑んだ。
「いや、まぁーいろいろと・・・」
頭をガシガシとかいて柢王は言葉を濁す。
「ああーっ!!あいつが何でも俺は関係ねー」
がなりたてるアシュレイの肩にまあまあと柢王は手を乗せる。
「おっと、こんなことしてる時間ねぇーんだ。またなアシュレイ。ティアの所行ってやれよ」
言い捨てると先程と同じスピードで飛び去っていった。
柢王と別れて南領に帰途するつもりが、いつの間にか天主塔にきていた。
「柢王に言われたからじゃないからな」とアシュレイは姿を消して中に入った。
飛んでいるアシュレイの下を今年入った二人の新人使い女が歩いていく。
「ねぇ、今朝ベテランの女官だけ呼ばれたの知ってる?」
「勿論よ。何の御用だったのかしら」
「知りたい?」
「知ってらっしゃるの?」
「うふふふふ。でも絶対に秘密よ」
秘密を知っている使い女は誰かに秘密を言いたくて仕方ないのだろう。
これだから女は・・・とアシュレイは早々とティアの側に向かおうとした時、耳に入ってしまった・・・その秘密が。
「守天様ったらお部屋の隣にどなたか滞在させたみたいなの」
「ええーっ。それって下々の言葉では囲っているってこと?」
「そう言ったら身もふたもないじゃ・・・でもそう言うことみたい」
「うっそーー!!」
と叫ぶ使い女の叫びは既に遠く背にし、アシュレイはティアを探しにすっ飛んでいた。
天主塔内の結界はアシュレイにはフリーパス状態だった。
勇ましい気持ちと裏腹に臆病になっているアシュレイは姿を消したまま隣室へ忍びこんだ。
静かだ。
アシュレイは部屋を見回す。
気配がない。
あとは奥にある寝台だけだ。
そっと近付き、意を決して覗き込む。
――と息をしているのか心配になるような静かさで桂花がひとり眠っていた。
「・・・・ハ・・ハハ・・・ッ」
ガクッ。
桂花の姿に気が抜けアシュレイの隠遁の術が解けた。
とても緊張していたのだ。
それにしても、何でこいつこんな所で寝てんだ?と桂花に視線を戻す。
豪華な天蓋付きの寝台に眠る桂花は幼い頃に聞いた眠り姫のようだ。
正面きって桂花を見るのは初めてだった。
敵意しか持っていなかったから認めなかったが、紫微色の透き通る肌に長い睫。頬にひっそり影を落とし静かに眠る魔族をアシュレイは綺麗だと思った。
「へっ、人騒がせな」
それよりティアはと気を取り直すのと桂花の瞳が開かれるのが同時だった。
透き通った紫水晶の瞳に自分の姿が映し出される。
「李々!!」
アシュレイが言葉を発するより早く桂花が口を開く。
「っ、なに言ってんだよ。・・・ティアどこだよ?」
「李々、探したんだ」
桂花はアシュレイに手を差し伸べる。
「寝ぼけてんのか」
「・・・怒ってるの?」
突然ボロボロと泣き出した桂花を目前に呆然としていると、扉から血相を変えたティアが現れた。
「アシュレイ。もしやと思ったけど君の気を感じたから」
「それより、説明しろよ」
コレとバツ悪そうに桂花に視線を投げた。
ティアは分かったとアシュレイに頷き桂花に向き直った。
「気分は悪くない?あまり薬は効かなかったようだね」
「少し頭痛が・・・」
こめかみを押さえる桂花に「水をとってくるね」とティアは言いアシュレイをつれ部屋を出た。