続・曼珠沙華〜一章〜
「だから、俺がわるかったって、なぁ桂花」
「手元が狂います」
桂花は背後から回った恋人の腕を掴み上げポイと投げ捨てた。
何を言っても聞く耳を持たないようだ。
柢王は作戦を変えることにした。
「なぁ、これ魔界の曼珠沙華だろ、なんの薬になるんだ?」
「記憶を消す薬です」
「・・・怖ーーっ。・・・まさか俺にそれを使おうなんて考えてんじゃねーだろうなぁ」
半分本気、半分冗談の口調で柢王はつぶやく。
「フッ、あなたに? それもいいですけど吾に使うほうがお互いにいいんじゃないですか」
「おまえに?」
「そうすれば、吾のあなたへの記憶がなくなりますから自由になれますよ」
言葉が終わらないうちに桂花は強い腕に抱き寄せられる。
「冗談でもそんなこと言うな」
「冗談だと思ってるんですか」
紫の瞳に挑戦的な光がともされる。
柢王はしっかりとその光を受け、さらに包み込む。
「俺は自由だ。おまえが側にいるから好き勝手にできるんだぜ」
桂花の髪の上から唇を落とし抱きしめながら、硬くなっている身体から力が抜けるまで何度も何度も囁く。おまえが必要だと。
いつものからかう口ぶりはすっかり影をひそめ本心をぶつける。
本心をぶつけられるたび桂花は自分の心の狭さを認識する。
苦笑しながらも気を取り直すよう、はっきりと言い切る。
「あなたにも吾にも使うつもりなんてありません。天界にやっと根付いたから作ってみただけです」
「そうか」
桂花の口調に安心して柢王は腕をとく。
「それに、元々魔界の曼珠沙華の品種改良品ですから、どれだけの効果があるのか分かっていませんし…記憶を消すのは確かなんですが。匙加減はこれから調べていかないと」
「じゃ、量によっては全ての記憶を消しちまうってことか?」
「ええ、多分。生まれたときに戻るくらい」
「・・・危ねーー」
「それに、一度使われた場合には副作用があると李々が言ってました。吾には使わないようにと・・・」
「ってことは、おまえは使ったことあるってことか?」
「そういうことになりますね」
何に使ったのかは教えてくれませんでしたがと続ける。
だけど李々が自分に使ったからには必要にあるものだったのだろうと。李々への深い信頼度が顔を出す。
「それより、さっさと仕上げてしまいますから」
思いを振り切るように製薬に向き直った桂花を見て、柢王は安心したように窓の側の長椅子に倒れこんだ。
いつの間に眠り込んでいたのだろうか、身体には毛布がかかっていた。
桂花に視線を移すと大量の花は粉末化しており、それを慎重な様子で測り分けている。
――と、後ろから冰玉がパタパタと飛んできた。
「危ない!!」
柢王の声と同時にバッと薬が空中に舞う。
桂花はとっさに冰玉を胸に抱きとめるとドサッと倒れた。
「桂花っ!!」
柢王は霊力を飛ばし窓を開けると部屋に小さな竜巻を作り空気を入れ替えた。
そして倒れている桂花を抱き起こす。
ピョンと冰玉が飛び出してきたものの桂花は意識がない。
けれども息使いも平常で熱もない。ただ眠っているようだ。
少し安心して柢王は桂花を抱き上げ寝台に運んだ。