曼珠沙華〜四章〜
柢王は目を覚ました。
此処は・・・と辺りを見回す。
魔風窟だ。そうだ、魔風窟を通って魔界へ行くん・・・あれ、これから行くんだったっけ・・・?
首を傾ける。
同時に腹が鳴る。
腹減った・・・。まずは帰るか。
柢王は立ち上がると、まっすく天界に向けて歩き出した。
そう、あの花の花粉には記憶を消す作用がある。
匙加減で数時間から一生分まで記憶操作ができる。魔界の曼珠沙華ならではの作用だ。
その後姿が見えなくなるまで李々は息を潜めて見送っていた。
「さてと、もう一人いたわね」
呟き、李々は身を翻した。
「具合はどう?」
ねぐらに戻ると目覚めていた子供、桂花に声をかける。
「離れない、ははからは絶対離れないっ」
李々の問いには答えず、桂花は数日かたくんに言い張っている言葉を告げる。
熱で潤んだ紫の瞳からは大きな涙が湧いてはポタポタと地面を濡らしていく。
「泉が枯れたわ。水がなければ生きていけないのよ」
李々の言葉に桂花はただ、ただ首を振り続ける。
そんな桂花をしばらく見ていたが、やがてため息を付き優しく囁く。
「分かったわ。でも熱はさげなきゃね」
李々は水瓶に残った最後の水を杓ですくい赤い花の花粉を慎重に混ぜ熱冷ましと桂花に差し出した。
桂花は受け取ると渋々ながらも飲み干す。
李々の薬湯の苦さは格別だ。けれどその効果、そして彼女が自分に注ぎ込んでくれる愛情を知っているから桂花は黙って飲み干す。
「さ、少し寝なさい。今度は側にいてあげるから」
李々は桂花の側に座り額を撫でてやる。
やがて桂花の小さな寝息が聞こえてきた。
それでも李々は愛しさを込め桂花の額を撫で続ける。
そして、唄うように囁く。
「忘れなさい。運命の相手ならきっとまた会えるから。だから、今は忘れましょう」と。
魔族の子供は繊細だ。時間で成長する天界人や人間とは違う。
成長は心の鍵。きっかけなのだ。
中々成長しない桂花を李々は心配していた。だが桂花は来いをした。淡い恋ではあったが。
これから彼は変わっていくだろう。それも急激に。
あなたは幸せになって。
私が名付けた、大切なあなただけは。
願いを込めながら桂花の額を撫で続ける。
次の朝には桂花の熱はすっかり下がり、二人はその場に別れを告げた。