曼珠沙華〜二章〜
「天界人?」
赤い血をみながらアシュレイ、いやアシュレイと見間違えた女が呟く。
そう、アシュレイではなかった。女だ。それも柢王より年上の。
すらりとした立ち姿、燃えるような赤い髪。鮮やかな戦士でありながら一目をひく艶やかな女。
「あんたも天界人?」
聞き慣れた天界の言葉に応じて間の抜けた声で柢王は返す。
「ちょっと!!どう見ても私の方が年上よっ。年上の女性に向かって『あんた』はなんんじゃない!?」
柢王の問いには答えず、赤毛の女はキッと目を吊り上げがなりたてる。
「悪りーぃ・・・」
「悪いじゃなくて、ごめんなさいよ。ご・め・ん・な・さ・い。教えてもらわなかった?」
腰に手を当て上目遣いで睨みあげる。
そして一瞬置くと突如吹き出した。
「ふふふふっ。礼知らずは私の方だったわ。助けてくれたのよね。ありがとう」
「いや、でも俺が手出ししなくてあんたなら・・・・っつ、あなたなら自分で決着つけただろっ」
「あいつらの気をそらしたのは事実よ。腕ケガしてるわね。こっちに来て」
来てと言ったものの、女は自分から近づき柢王の腕をとる。
「ここを押さえて」
左腕で右腕を押さえさせると刺さった牙を一気に抜く。
肉がえぐれ白い骨らしきものが血に交ざり見え隠れしている。
女は自分の袖布を糸切り歯で裂くと手際よく止血する。
「こんなの、たいしたことない」
勇ましい言葉と裏腹に柢王の顔は青ざめている。
引っ込めようとする柢王の腕をその細腕のどこから出るのだろう力でガッシリと掴みこむ。
「こっち来て」
女は先程立ち塞がった岩肌に巻きつく蔦の葉をそっと片手で掻き分ける。すると3m四方の穴蔵が現れた。
目を見張って見渡す柢王を素早く引き入れる。
大きな水瓶にかまど。布に木桶に椀などがある。住みかなのだろう。
そして奥には花の生けられた器があり、側に伏せった小さな背中が見えた。
誰か寝ているようだ。
「仲間か?それでくい止めていたのか」
独り言のように呟く。
女は水瓶の水を杓ですくい布にかけ柢王の腕をきれいに拭う。
そして、置いてあった布袋の中からベッタリとしたものが塗られた一枚の葉を取り出すとそっと柢王の腕に乗せ布で固定する。
「天界人の赤い血は魔族を刺激するの。血の匂いも。気を付けたほうがいいわ」
柢王は頷く。そして奥に視線を向ける。
「あんた・・・じゃなくてっ・・・」
「李々よ」
「李々の子?」
小さな背だ。子供だろう。
「そう私の大切な子」
実子ではないけれどと李々は心で付け加える。
「熱を出して臥せっているの」
そう言って子供の側に寄り身を屈めその額にそっと手を当てる。
「まだ熱があるわ」
独り言のように呟く。それから気をとりなおしたように柢王に向き直る。
「ねぇ、あなたの名前は?」
「柢王」
「ていおう?いい名ね」
褐色の肌に黒髪、東国の子供ね。名に王がつくのだから王子だわ。業はまだ荒削りだけど先程の霊力を思い出し、さすが王族の血筋だと李々は思った。
「さっき、あなたが叫んだ名は?」
李々は震える声を抑えて聞く。
「ん、ああアシュレイ。俺の戦友の幼なじみ」
「そう」
「髪と横顔が似てたんだ。赤毛は天界でもそう珍しくないけど、そんな濃い赤毛はそういないだろ?」
「・・・そう」
相槌を打ちながら李々は胸の中で柢王が発した名を繰り返していた。
アシュレイ。アシュレイと。
「その彼は・・・いえ何でもいないわ」
李々は何か言いたそうにしていたが、やがてふっ切るように立ち上がった。
そして服の合わせから赤い花の残骸を取り出しため息をつく。
「ああ、また探さなきゃ」