曼珠沙華〜一章〜
子供の為というより自分の為に着飾らせようとした母をうまく出し抜き柢王はニヤッと笑った。
「ああ、やっぱ城を抜けると気分いいや」
今日は年に一度の『生誕祭』。
夕刻から天主搭で行われる宴にもかかわらず美や享楽の関心が飛び抜けて高い東の国、その頂である蒼龍雷帝王の居城では朝から盆や正月の大騒ぎだった。
今年10歳になる柢王にとっては堅苦しい式典よりも技を磨き腕を上げることの方が断然魅力的と早々に城を脱出していた。
今や天界の王族、貴族の子族が通う文殊塾で柢王と対等にやりあえるのは二つ年下の炎帝太子、アシュレイしかいない。
二人は同じ性分。つまり三度の飯より喧嘩好き。顔を合わせりゃ霊力、腕力、新手の武器等、全身全霊全力でぶつかり合う絶好の戦友であった。
最近の二人は暇を見つけては魔界探検に繰り出している。今日もその約束をしていた。
魔界に行ったのを見つかっては散々に叱られるものの刺激と魅力を兼ね揃えたこの遊びだけはやめられない。
うるさく言っていた側近達今では見て見ないふりをしている。
だが同じ王子といえども三男坊の自分と南国皇太子のアシュレイではやや立場が違う。
柢王は先程受け取った手紙を取り出した。
【ちくしょう、姉上に見つかった】
ヘタクソな文字。
間違いなくアシュレイの直筆だ。
凄腕の姉、グラインダースからにげきれなかったのだろう。
そんなアシュレイを気の毒に思いながらも既に気持ちは魔界へと向かっている。
『魔界に行くときは私にだけは教えて』
ふいに涙ながらに訴えたティアを思い出し慌てて報せを放った。
入り組んだ長細い鍾乳洞、魔風窟を慎重に進んでいく。
一つ境を間違えれば戻れなくなる。
全快アシュレイと来たときは大変だった。帰るに帰れず一週間。放任されている二人でも一週間はいささか長く、戻ったときにはティアを先頭に捜索隊が組まれ今まさに出動と言う騒動を引き起こしていた。
生暖かい空気と湿った風。
薄曇る霧がただよっている。
いつ来ても気味の悪い所だ。
四方八方警戒し進むとただっ広い湿地帯に出た。
どうも道を間違えたらしい。だが魔界の風に導かれるよう柢王は進み続ける。
大きな剣を携える柢王にひっきりなしと魔族がかかってくる。それもそのはず、自慢の長剣には見せびらかすように宝玉がいくつもつけられているのだから。
既に両手の数ほど刃を合わせた。
喉が渇いた。まずは喉を潤すごとくと柢王は水を求めて歩きだした。
大きな気配がする。
柢王は隠遁の術で姿を消した。
同時に頭の上から研ぎ澄まされた石が降り注いでくる。柢王は慌てて結界を張った。
一瞬で石に切り刻まれ断末魔にうめく数タノ魔族達が地に溢れる。
その呻きに混じり容赦なく風が吹き荒れる。
柢王には分かる。これは故意に起こした風だと。
土埃が立ち上り結界の外の様子はぼやけている。
と、赤い髪。
赤い髪を振り乱し鮮やかに剣を振るう姿が砂塵の合間に見える。
無駄のない動きに舞のような優雅さ。
剣一振りで散っていく幾多の敵。
華麗な剣舞に柢王は瞬きも忘れ見入っていた。
突如ドオォーーーンと岩をも砕く爆音に我に返る。
剣舞に夢中になっていて気がつかなかったが魔族の数人が離れた岩肌を突如攻撃しはじめた。どうも一人相手に数十の敵と戦っているようだ。
咄嗟に身を翻し攻撃の渦中である岩肌に立ち塞がる緋色の髪。
鮮やかな攻撃から一変して守備に転じる。
弱気はすぐに伝わる。
弱点ぞと次々岩肌に集中し火砲弾が打ち込まれる。
岩壁を背に剣一本で限りのない攻撃を払い続ける。
その姿が親友に見え、気が付くと柢王は叫んでいた。
「アシュレイ!よけろーっ!!」
威力のある火砲弾を投じる二人に的を絞り、溜めた霊力を剣先から放つ。
放たれた霊力は光の雷獣となり大男等に飛び掛る。
見る間に二人はぐにゃりと倒れ、動かなくなった。
「戻れ」
自然に発した柢王の声に反応し雷獣は剣に向かう。
「剣を立てなさい!!」
鋭い声が飛ぶ。
一瞬遅れたものの素早く立てた剣の刃に雷獣は霧散する。
獣の牙の破片が柢王の右腕に突き刺さる。
ポタッと赤い血が滲み出て腕を伝い地面に落ちていった。
肉が削げたケガよりも柢王は自分で発した雷獣に呆然としている。
砂塵は既におさまりあたりは静まりかえっている。
先程の魔族たちは突然の雷獣に怯え逃げ出したようだ。
静けさの中、二人はたたずんでいた。