投稿(妄想)小説の部屋

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No.546 (2005/03/12 21:33) 投稿者:花稀藍生

火姫宴楽(3)

 いつだったか、幼い彼を膝に乗せて酔った父親が笑いながら言った。幼い彼は、ただひたすら父親の言葉に聞き入っていた記憶がある。
『知識も必要、武運も必要。そして財力も。・・・だがな、何よりも情報を集めることの出
来る奴が最後に勝つ』
 情報収集するなら、人の集まるところに限る。
『人がいないのなら、集めるまでよ。儂はそうやってあの街を作ったのさ』

「ウソだ。絶対自分の趣味を最優先してるだろう。親父・・・」
 花街の喧噪の中に居心地悪くたたずんで柢王はごちた。
 この時間帯の花街に足を踏み入れるのは、実ははじめてだった。アシュレイとは違い、少なくとも表面的には優等生を装っている柢王が、父王や上の兄達に比肩して花街や天界で浮き名を流しまくるのは、もう少し先の話である。
「・・・すげー人の数・・・」
 光と脂粉と音楽と嬌声に溢れるこの不夜城に、一体どれだけの人が集まっているのだろう。
 石畳の道にあふれかえる人の多さに圧倒されて、川沿いの道はずれの柳の木によりかかって道行く人の波をながめながら、たしかにこれだけの人が集まっているのならば、自分の知りたいことを聞き出すことが出来そうだ、と柢王は思った。
 酔っぱらいのたわ言を信じてここに来ている自分に多少の腹立ちも感じていたが、あのときの言葉がまさか今頃になって役に立とうとは思いもしなかった。しかし他に術はないのだ。知人や顔見知りに聞いて回ってわけを詮索されるのが嫌ならば、自分の足と才覚で
情報を得るしかないということだ。
(・・・情報情報情報、か。親父よ、あんたは確かに正しい。伊達に年をくっているわけじゃねえんだな)
 情報収集の容易そうな、花街の情報に詳しい人のいる場所となるとだいたい場所は限られてくる。柢王はぽりぽりと後ろ頭をかいて周囲を見回した。
「・・・やっぱ、酒舗、だろうな」
『情報ってのはタダではないぞ。それに見合う額かそれ以上の見返りが必要だからな』
「・・・って。どのくらい要るんだよ、クソ親父。どうせなら酔っぱらいついでにそれも教えとけっつの」
 思い出した父親の言葉に毒づきながら、柳の木から身を離す。
 幸い、懐はまだまだ暖かかった。
 彼の父がトトカルチョで勝った金の半分を巻き上げてきていたからだ。
「息子に賭けるか?フツー。」
 親バカなのか、単に総合的に考えた末に自分の息子に賭けたのかは謎だが、上の兄二人は西の金髪の美しい男子や北の体格のいい若い貴族に賭けて父親に賭け金を巻き上げられたらしいので、ザマーミロと柢王は大いに溜飲を下げていた。

 水面に映る火影が眩しいほどたくさんのかがり火を舳先や船縁に掲げた、さまざまな形の屋形船をこぎ出しての川遊びの喧噪を背にして歩き出しかけ、柢王は突然足を止めた。
「・・・っ!」
 首元に何かが押しつけられていた。
 刃物の類ではない。細い葉をつけたしなやかな柳の枝だった。しかし完全に虚をつかれた柢王の背に冷や汗を流させるには充分な代物だった。
 長いしなやかな枝は柢王がさっきまでいた柳の木の反対側から突き出されていた。喧噪に気をとられていた隙にいつの間にか近寄られていたらしい。
「・・・あんたみたいな年頃の男の子が、この時間帯にここらをうろうろするのは感心しないねえ」
 とろっとした、しかしねばりくような甘さは感じられない女の声だった。
「ここらは掏摸(スリ)も多い。ボーっとしていたら危ないよ」
 柢王ののど元に柳の枝先をつきつけたまま、木の向こう側から姿を現した女は、ほぼ同じ高さにある柢王の目を見て、にこっと笑った。
「特に、ここに初めて足を踏み入れるおのぼりさん達はね」
 化粧気のないほとんど素顔のその笑みは、声と同じく、柔らかでひとなつっこいものだったがそこに媚びはなかった。
 この時間帯に街路を歩く女は、店に属しない街娼の類か、あやしげな物を売って歩く路商の類がほとんどだが、彼女はそのどれにも当てはまらないように見えた。
 長い黒髪を高い位置で一つに括り上げ、体型のわかりにくい淡青色の簡素な襴衫をまとってしなやかに立つその姿は、化粧気もないことも手伝って彼女こそ男装して花街を見物に来たどこかの勇気ある貴族の娘ではないかと思わせるものがあった。
「・・・・・」
 しかし柢王は自分を見る彼女のまなざしに見覚えがあった。
 というより、どちらかといえばなじみ深いものだった。
 隙をつかれた悔しさもあって、お返しとばかりにこちらもいたずらっぽい笑みを浮かべ
て言った。
「花街の水に馴染んだ姫君ってのは、客引きついでにお遊びで補導もするのか?」
 ・・・父王の後宮でよく目にするまなざしによく似ていたのだ。
 父王の前では強烈な秋波をはなつそのまなざしも、未だ幼く思われている柢王の前であれば、また別の、いや、本来のまなざしになる。
 競争の激しい父王の後宮は、一度や二度の修羅場を当然のごとく くぐり抜けて勝ち残った、頭のいい美しい女性がほとんどを占めている。(もちろん父王への愛情ひとすじで修羅場を歯牙にもかけない者もいるが・・・)
 己を外面も内面からも美しく保とうと余念のない彼女たちのまなざしは、勝ち残った誇りと、これからも闘い続けることに対する緊張感に、個性や性格によってさまざまだが、どこか張りつめたような挑戦的なまなざしを持つものが多い。
「・・・いやな言い方をする。子供くせに」
 街娼呼ばわりされて気分を害したように形の良い片眉をつり上げる。
「初めてってのは当たってるけど、こっちは別に物見遊山で来てるわけじゃないんだ。
・・・侮辱したのは悪いと思ってるさ」
「・・・どちらにしろ、ここはあまりあんたのような年頃の子が歩いていいところじゃないよ。気が済んだら早くお帰り」
 柢王の首から柳の枝を離し、肩越しに川に投げ込んだ。
「そういう姐さんは?もうとっくに店に出てなきゃいけない時間じゃないのかい?」
 ものおじしない柢王の物言いにあきれたように肩をすくめ、苦笑に似た笑みを彼女はこぼした。
「あたしは今日は非番なのさ。」
 笑って下腹部を意味ありげにポンと叩くその仕草で、非番の理由を知った柢王だった。
「せっかくのお休みだから、買い物と食事ついでに川風にあたってゆっくり散策してたら、あんたがそこにいたってわけ」
 別に見つけて欲しくてそこに立っていたわけではないと言おうとして、ふと柢王は思いついて彼女を見た。
「姐さんは、花街にはくわしいほう?」
 唐突に尋ねられて、きょとんとする彼女に柢王はさらに言葉を継いだ。
「早く帰れっていうんなら帰るさ。姐さんが俺の知りたいことを知ってて教えてくれたなら今すぐにでも。」
 柢王の言わんとしていることが飲み込めた彼女があごに手をやり、考え込むような仕草をした。
「そりゃ、人並み以上のことは知っているつもりだけど・・・。あんたが知りたいって事は、どうしても花街(ここ)でなきゃ聞けないことなの?」
「花街に関する事なら花街の人に聞いた方が詳しそうだから」
 ふうんと頷いた彼女は、柢王に視線を戻した。
「・・・あんたにとっては重要なこと?」
「命には関わらないけど、それなりには」
「・・・顔を見ればわかるよ。あんた結構頑固な性質(タチ)だね。自分の知りたいことを聞き出さないことには、絶対家に帰らないつもりなんだろう?」
 柢王は笑っただけだった。
 やれやれとため息一つつくと、それで吹っ切れたように彼女も笑った。
「いいともさ。何が知りたい?」
 柢王が言い出す前に、優雅な仕草だが有無を言わさない勢いで柢王の眼前に指先を突き出して牽制する。
「ただし、ここは花街。ここに足を踏み入れたからには花街のルールに従ってもらうことになるよ。」
 川遊びの火影の光を反射して、笑ったままの彼女の目が、一瞬、凄味をおびて光ったようにみえた。
「花街に籍を置く者に対する個人的な拘束には、金銭をもって購われる。しかも時間が経てばたつほど金額が上乗せされるって事をおぼえておおき。・・・覚悟はいいかい? ボーヤ♪」


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