投稿(妄想)小説の部屋

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No.544 (2005/02/13 22:00) 投稿者:花稀藍生

宝石旋律 〜嵐の雫〜(1)

「『綺麗な宝石が手に入ったから、見においで』 ・・・って、俺は女じゃないっつの! 男の俺が宝石なんか見て、喜ぶと思ってんのか?」
 南領から、天主塔へ続く空の道を飛びながら、アシュレイはぶつぶつとごちていた。
 天主塔でティアが宝石商を呼んで祝い事に贈るものを選んでいるのを見たことがある。贈る者の事を考えながら、楽しんで選んだりしているティアを横目に見ながら、その時自分は離れたところでつまらなさそうに待っていたものだが・・・。
「・・・何なんだよ ティアの奴・・・」
 会えるのは嬉しいのだが、用件が用件なだけに気乗り薄なアシュレイはのろのろとスピードを落とすと、ついに空中で停止して腕を組んだ姿勢のまま下降して巨大な岩石の上に降り立ってため息をついた。
「宝石かよ・・」
 ・・・とはいえ、「好きな娘が出来たときに、その娘に似合う宝石の一つや二つ、その場で選んであげられなくてどうするの!」と 宝石商が来る時折に姉につきあわされているアシュレイは、それなりに見る目はあるつもりだ。
 呪文よりもややこしい宝石名や、材質は同じなのに、色によって名前が違う宝石やらで、混乱ばかりするアシュレイをしり目に、彼の姉は、彼女の友人を招いたり、華鳳宮で手の空いた女性陣を集めて、共に「以前仕立てたドレスにあいそう」とか、「細工は美しいけれど、石の色が・・・」などと、お互いに見立てあったり、意見しあったりして、楽しんでいる。
 宝石商が広げる 暗い色の絹の上に踊る様々な輝きに、魅了されるの女性達を見るのはそれほど悪い眺めではない。
 とろけるようなまなざしで嬉しそうに宝石を見ている時の女性というものはどこか あどけないほどかわいらしく、そんな姿を見ていると、もっと喜ぶ顔が見たいがために、男が宝石をつい買わされてしまうという話も、なるほどな、と頷けるというものだ。
 しかしだからといって、これとそれとは話が別問題だ。
 珍しいものは確かに好きだが、こんな天気のいい朝っぱらから、何が悲しくて健常な男二人が顔を付き合わせて宝石を見ねばならないと言うのか・・・
「・・・あ〜あ、どっかに柢王かアウスレーゼか魔族か落ちてね〜かな」
 アシュレイは天主塔の方角を見た。ちょうど天主塔の領土と南領の領土の境目に位置するこの場所は丈高い樹木に覆われた森林地帯だった。ところどころ木々を突き抜けるようにして、今アシュレイが立っているのと同じような白い岩石がそびえている。少し先で木々が途切れて地肌がむき出しになっているところには小さくもないが大きくもない川がキラキラ
光りながら流れている。
 ・・・平和な光景だった。
 それ以上でもそれ以下でもなかった。
 アシュレイはそれを不満に思う自分に気づいていた。
 おもいきり暴れたい、力と技を尽くして闘いたいと思う自分に気づいていた。
「・・・・・」
 恋人が築き上げ、彼の父親や友人が護るこの光景に身を置き、そして彼自身もその護りの一人であるにもかかわらず、こんな事を思うのはどうかしていると自分でも思う。
 ・・・平和な光景の中で、なんだか自分一人だけが異質だ。
「・・・あーっ! だーっもーっ! ちくしょー! こんなことなら出がけに山の一つもぶっ壊してくんだったぜ!」
 苛立ちを発散するかのように、叫んだ彼の口から炎が吹き出し、大気を焦がした。
 そうやってひとしきり叫び、炎を上空に巻き上げ、周囲に炎をまき散らし、周辺の空気の温度を局地的に10℃ほど上昇させる頃には、さすがのアシュレイも叫ぶネタが尽きたのか、観念したように深々とため息をついた。
「・・・しょーがねー、行くとするか。・・・なに見せるつもりか、しんねーけど ・・ん? うわっ!」
 突然眼下の森がざわめいた。とっさに両腕を上げて目と首をかばったアシュレイを黒いものがいくつもかすめて行った。
「何だ?!」
 岩を蹴って矢のように上空に飛び上がって眼下の森を見おろしたアシュレイは黒いものの正体を知った。そこを住処にしている鳥の群が、警戒の声を上げて次々と飛び立ってきてアシュレイをかすめていったのだ。
「・・・・・!」
 警戒の声を上げる鳥たちの羽ばたきで周囲は騒然となった。飛び散る羽毛と羽ばたきのおこす乱気流によろけながら眼下を見おろしたアシュレイは目をむいた。
 先程まで自分が立っていた白い巨岩が激しく振動していた。
 妖気が噴き上げてくる。
「・・・まさか・・・・マジかよ! シュラム? ・・・いや、ちがう!」
 息を詰めて見つめるアシュレイの目先で、巨岩の中程から頂点に向かって亀裂がはしり、その亀裂から、黒いどろりとした・・・いや、生物的な蠕動を繰り返しながら、明らかに鉱石の質量と質感をもつ巨大な蛇に似た魔族が瓦礫を振り落としながら滑り出てくると、赤黒い6つの眼球をもつ頭をもたげて内臓を思わせる口腔を開き、アシュレイに向かって咆哮を上げたのだった。
「・・・ハ・・ッ・・」
 魔族の飢餓の咆哮にびりびりと震動する大気の中で、少女めいた美しい顔を荒々しい歓喜の形に歪め、アシュレイは牙をむいて笑った。
「ハハ・・・ッ!!」
 全身に闘気をまとい斬妖槍を呼び出したアシュレイは、三重に生えそろう牙列をむいて伸び上がってくる魔族を見据え、槍を一振りすると空を蹴って魔族に向かって跳躍した。
「 けっ! 行きがけの駄賃だ! 十秒でカタつけてやる! 喰らえ 裂燃波―――!」
 全身に炎をまとった南の太子は、りゅうと槍をしごくなり、魔族目がけて、必殺技を叩き込んだのだった。

 時過ぎて正午過ぎ。
 天主塔の回廊を足音高くアシュレイは歩いていた。
 すれ違う使い女達があわてて廊下の端に身を寄せて礼をするのにも目もくれず、アシュレイはただひたすら顔をまっすぐ上げて歩く。
 彼の表情をかいま見た使い女達は、嵐が早く通り過ぎる事を祈るように互いに身を寄せ合ってさらに頭を低くした。
「・・・・・」
 アシュレイの服はあちこち焦げて袖口や裾がぼろぼろになっており、不機嫌な表情の頬
には、すすがついて黒くなっている。
(・・・ちくしょう またやりすぎた。)
 アシュレイはちらりと右手に視線を落とした。今は顕在化していない斬妖槍を持ってい
た右側の袖は肩口までぼろぼろに炭化している。
 アシュレイは拳を握りしめると同時に唇をきつく噛んだ。

・・・・・
 あの時、斬妖槍から放たれた炎とエネルギーの奔流は、魔族を一瞬で蒸発させた。
 ・・・十秒どころの話ではなかったが、そこまでは、まあ、よかったのだ。
 だがしかし、その勢いは弱まることなく、魔族が巻き付いていた大岩を粉砕し、さらに
背後の森の木々を次々となぎ倒しながら、とうとうと平和に流れる川を垂直に分断し、そ
のまま凄まじい勢いで大地を穿鑿しながら数百メートル突き進んだ所でようやく止まっ
たのであった。
 ・・・もうもうと上がる水蒸気と土煙を ぼーぜんとアシュレイは空中で見つめた。
「・・・・やばい」
 ・・・まあ、そういうわけで大騒ぎになったのだった。(お約束だなぁ・・・)
 そこからは、南領、中央の兵士達、そして何故か(天界に戻っていた)東国の柢王まで
巻き込んで後始末をしている内にこんな時間になってしまった。
(けど、まだ現場には柢王達が残ってる・・・)
 一足先に天主塔に行って報告をしてこいと柢王に頭をはたかれ、天主塔の主人のティア
からも召喚が来たのだ。俺のせいなんだから最後まで残ると言いかけたアシュレイに、柢
王は今までに見せたことがないような厳しい表情を見せて「早くティアのとこに行け」と
言ったきり彼に背を向け、決壊した川の部分を、雷霆と風を操って大岩を突き崩して堰き
止める作業に戻っていった。

「・・・・・」
 明るい午後の光が差し込む回廊は、気抜けがするくらい平和で美しかった。
 ここで働く者、ここを訪れる者達の精神を適度にリラックスさせる、そういう設計で建てられている。
(けど、それだけじゃない)
 ここにはティアの結界がある。人界・天界を守護する守護守天の穏やかな気が隅々まで満ちている。
 ・・・絶対の、守護。
 ティアの、穏やかで優しい笑みで護られた場所―――。
(逃げたい)
 唐突に思った。
 罰が怖いのではない。むしろその逆だ。正々堂々と裁判を受けて粛々と服したい。しかし南領の太子たる彼を裁けるものは彼の父か守護守天しかいない。
 ・・・おそらく父は守護守天のティアにその決断をゆだねるだろう。
 結果は、考えなくても分かる。
「・・・・・」
 たしかに、今までにおいてもティアのとりなしや、フォローがなければ、とっくの昔に地位剥奪や流刑にあっていたとしても、不思議ではない。
 ・・・わかっている。
 やりすぎだということは。
 だが、魔族を追っているときだけが、全力で魔族を追い詰め、打ち倒し、焼き滅ぼす
その瞬間だけが、自分の存在を許されるような そんな気がして。
「・・・・・」
 冠帽に手をやりかけ、それをこらえる。手を下ろす時に目に入った自分の腕と手は煤であちこち汚れている。
(逃げたい)
 もう一度思った。
 美しい優しい穏やかなこの天主塔の中で、自分一人だけが異質だ。
 ここにいるべきではない。そんな気がする。
 しかし逃げることは出来なかった。逃げることは、アシュレイが最も忌み嫌う行動だった。
 歩調はそのままに、しかし一歩ごとに気分が沈んでゆくのをアシュレイは感じていた。
 執務室にたどり着いた時にはアシュレイの自己嫌悪は最高潮に達していた。
 そんなアシュレイを迎えたのは、相変わらずの笑顔のティアランディアと、もはや殺気とも言える怒気をはらんだ桂花だった。


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