投稿(妄想)小説の部屋

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No.534 (2004/09/10 20:59) 投稿者:青嵐

こころひとつ 9

 そして…俺、池谷忍が、ハワードとの関係を真剣に考え出すようになったのは、そんなある日の午後だった。
 俺はいつもの様に、暖房をきかせた視聴覚室でハワードと昼食をとっていた。
 先に食べ終わったやつは、コンピュータデスクのあいだに敷き詰められたカーペットの上に投げ出された俺の足を枕に昼寝をしようとしていた。
 いつものことだから、俺は何も言わないで奴の綺麗なコーヒー色の肌が俺の足にからみつくのを見ていた。
 こうしてみていると本当にこいつはただの甘えん坊にしか見えない。
 俺の膝とふとももの間のくぼみに頭を落ち着けると、ハワードは俺のほうをじっとみつめて来た。
 いつもはすぐに寝に入るのに…。
「なに? そんなに見られるとご飯食べづらいよ…」
 俺がそう言うと、こいつは今度はほんとに俺の食欲がなくなるような事を言ってきた。
「なぁ、忍チャン。お前さ、最近二葉と仲イイんだって?」
 俺は一気にお弁当の残りを食べる気が失せていくのを感じた。
 いつかはこの話題が出てくると思っていた俺だけど…ハワードが二葉の名前を口にしたとたん俺の心臓がどくんとはねあがった。
「うん…。そう、だけど…なんで?」
「最近お前、二葉と仲いいじゃん?」
 ハワードと二葉の話をしたのは、俺が屋上でハワードを膝枕していたのを奴に見られたとき以来だった。
 俺はなんだ心臓がどきどきしてしまって、まるでこれから裁判所で自分の罪を告白する犯罪者になったような気分だった。
「さっ…先に仲良くなったのは二葉のイトコの小沼の方だよ? 小沼を紹介してくれたのは二葉で…でもっ。二葉とは最初ぎくしゃくしてて……しゃべるようになったのだってっ…、つい最近なんだ。」
 できるだけ早口にならない様に、ゆっくりしゃべったつもりだった。
 俺は上手にしゃべれただろうか?
 ハワードの顔を見ることができなかった。
 首筋が熱い、顔に血がのぼっていくのが自分でもよく分かった。
 俺が何も言えずにうつむいていると、予想に反して明るいハワードの声が聞こえた。
「ふーん…。まぁ、どうでもいいんだけどさ……お前さ、俺と二葉の事いろいろ聞いてると思うんだけどさ…2人で飯食ってるときとこうしてるときは、さ…、そのこと、忘れてろよ。」
 顔を上げて奴の表情をみると、ハワードはすこし気弱そうな目で俺を見つめ返してきた。
 こんなハワードの顔を見るのははじめてだった。
「お前が二葉のヤローと仲良くしようが、二葉のイトコと仲良くしよーが、俺にはべつにかんけーねーんだ。なんだったらもう一緒に飯食うのやめちまうか?」
 ハワードはそういっていたずらっこそうに笑った。
 俺がびっくりしてなにも言えないでいると、彼はそのまま目を閉じて、あとは気持ちよさそうに俺の膝に身を任せていた。
 背筋がぞくりと振るえた。
 人のうわさなんて当てにならない。
 やっぱりお前は優しい奴だよ…と、俺は心のなかでつぶやいていた。
 俺がどっちつかずの状況でいることに、つらくなったりする必要はないんだよと、そう言ってくれているんだ。
 それだけじゃない…ハワードが少し臆病になっているのがなんとなく俺にはわかった。
 人と付き合うのは、俺みたいなやつにとっては少し煩わしく感じるときがある。
 でも、煩わしく感じるときと同じ位、臆病になることもあるんだ。
 自分が人にされたくない事は、俺は絶対人にしたくないと思っている。
 だから、人に煩わされるのが苦手な俺は、人に迷惑をかけたり、甘えたりすることにとても敏感になっているところがある。
 そんな俺だからわかるんだ。
 ハワードが俺にすごく気を使ってくれているのが…。
 ハワードはきっと、俺がハワードとすごしているのはたんに俺がハワードに誘われたからで、おまけに友達のいない俺が教室で食事をとるのもいやだろうからって、ただそれだけの理由でここにいると思っているみたいだ。
 だからいつでもでていってくれてかまわないんだよって…。
 そのことばは、ハワードが俺のことをどうでもいいと思っているから口にした言葉じゃなくって、彼の優しさから出た言葉なんだったことが、鈍感な俺にもちゃんとわかった。
 俺は、自惚れかもしれないけれど…ハワードが自分に心を開いていてくれていることをうすうす感じていた。
 同時に、ハワードが優しくて無邪気な一面を持っている事を知っているのも、もしかすると俺だけかもしれない…なんて考えていたんだ。
 そうこうしているうちに、ランチタイムの終わりを告げるチャイムが鳴った。
 この視聴覚室は、本館とは別の資料室やコンピュータ室のある別館にあるんだ。
 授業始まりを告げる本鈴まではあと五分、本館まで行く時間と階段の上り下りを考えると、あまり時間に余裕はない。
「ハワード、どいてっ」
 俺がいつものようにやつの肩を押しのけようとする。ハワードはどうみても眠り込んでいる様に見えるが、俺は最近、彼が精巧な狸寝入りをしている事に気づいていた。
 ハワードはいつになっても自分から俺を解放しようとはしてくれない。
 いや、それどころか俺が一生懸命やつを押しのけようとするのを毎回面白がっているみたいなんだ。
 いつもの事だからなにも考えずに、俺は力をこめて奴のごつい肩を押した。
 その瞬間、奴は反対に抱きついてきたんだ…
 それも、こっちの息が止まるかと思うくらいの力強さで……。
 そんな事されるのは初めてだったから、俺はびっくりしてしまった。
「どうしたの? ハワード?」
 俺の問う声に答えはない。
 体格が違うせいで、大きいハワードに抱きくるめられているような態勢になってしまった。
 ハワードの顔が見えない事がおもいのほか不安だった…。
 奴は今どんなかおをしているんだろう?
 そのまま沈黙が続いた…。ハワードは俺をからかっているんだろうか?
 でも、ハワードに抱きしめられるのは、不思議とそんなに嫌な気持ちじゃなかった。
 3分は経っただろうか?傷口を舐めあう……そんな言葉が頭をかすめた。
 ふと、二葉に抱きしめられたときの事が思い出された。
 あの時は…、あの時はこんな穏やかな気持ちじゃなかった。
 胸がどきどきして、からだが震えて、どうにかなってしまいそうなほどいたたまれない気持ちでいっぱいだった。
 その時の事を考えると、自然と体が熱くなってきた。ハワードに気づかれたらどうしよう…
 ハワードに抱きしめられながら二葉の事を考えるのは、なんだかとてもいけない事をしているようで、熱くなった体がさらに熱くなるのを感じた。

 とうとう本鈴が鳴ってしまった時、やっとハワードが俺を開放してくれた。
 ハワードの抱擁からとかれた時、少し、寂しい気持ちになってしまった俺は、そんな自分の気持ちにびっくりしていた。  
「本鈴、鳴っちまったな…。わりぃ。」
 ハワードが感情のない、全然反省していない声で言った。
 俺は早くいつもの空気に戻りたくて、本能的になんでもないようにふるまった。
 ハワードに抱きしめられて赤くなっていた自分をごまかしたかったのかもしれない…。
「もうっ。途中から授業行くの、恥ずかしいんだよっ。」
「じゃさ、俺とここでさぼっちまおうぜ?」
 奴はなんでもない顔でそういった。
 俺は今まで学校にいて授業をさぼった事は一度もなかったのに。
「…。最初から俺をサボらそうとしてたの?」
 思わずそう聞くと、やつは平然と言ってのけた。
「あっ、わかった?」
 そういって笑っているやつには付き合い切れない、と、俺がドアに向かおうとすると、ハワードはあわてて俺を引き止めた。
 ドアに手をかけて、俺が部屋から出て行けない様にしてしまった。
 今度こそ本当に不安になって、俺は奴の顔を見上げた。
 …奴は少し疲れた他笑みを浮かべていた。
 今日のハワードは少しおかしい…。
 さらに、ハワードは俺の心臓が止まるほど馬鹿な事を言い出したんだ。
「お前さ、俺と新しいグループつくんねーか?」
 俺は一瞬聞き間違いかと思って奴の顔をまじまじとみつめた。
「な…、なに言ってんだよ?ハワード、少しおかしいよっ。グループって…暴走族じゃないんだから。俺なんて喧嘩弱いし、力だって全然ないし…、顔だって、こんな、おっ、女顔で……。」
 最後の方は声が小さくなってしまった。
 ハワードはあいかわらず疲れたかおをして言ったんだ。
「大丈夫。喧嘩は俺が全部やってやるよ。お前がリーダーになって、俺に命令するんだ。俺、お前に命令されたらなんでもやっちまうぜ?」
 そう言って力なく笑った。
 俺にはやつが本気でこんな事を言っているわけではないのが伝わってきて、少し余裕が出てきた。
 どうしてハワードはこんな事を言い出したんだろう?
「………ハワード、誰かに命令されたいの?」
 ふと、自然に、俺の口から出た言葉に、ハワードは小さく笑った。
 それはいつものいたずらっこい笑みではなく、俺の見た事のない歪んだ笑顔だった。
 そのままくるりと背を向けると、奴は視聴覚室から出て行ってしまった。
 俺は追いかける事もできないで、ただ、つったっていた。
 さっきまで熱かった体が急激に冷えて行くのを感じた。
 また俺はなにか間違いを犯したんだろうか…。


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