こころひとつ 6
それはそろそろいつ初雪が振ってもおかしくない、冬の始めのことだった。
俺、二葉・フレモントは、イトコの小沼桔梗にひとつのお願いをした。
ひょんな事から口をきくまでに発展した池谷忍との仲は・・・俺が必死で努力しているにもかかわらず、あまり上手くいっていなかった。
忍はどうしていつまでたっても俺に打ち解けてくれねーんだ?
俺と二人っきりになると、忍はすごく緊張する。
それを俺に悟らせまいと必死で態度を取り繕うとするアイツが、なんだか痛々しかった。
だからキョウに相談してみたんだ。
キョウは深くは詮索せず、2つ返事で承諾すると、俺と忍が二人で遊びに行く為の段取りをつけてくれたんだ。
やっぱ持つべきものは理解のあるイトコだぜ!
だから、だから俺はまさかこんな事になるなんて思ってもいなかったんだ。
今目の前にいる忍はものすごく顔色が悪かった。
まだ時刻は午前11時にもなっていない。
アトラクションだってまだひとつしか入っていないんだ。
新しくできたテーマパークなんて物はたいていめちゃくちゃ込んでいるもんだ。
このテーマパークは乗り物が少ないせいもあって、どこも1時間待ちなんてのはざらだ。
夜行列車で来たからってゆうのもあるのだろうか、忍はすでにもうテーマパークを楽しむような余裕はなさそうだった。
「大丈夫か? オマエめちゃくちゃ気分悪そうだぜ?」
一番人気のアトラクションに、俺たちは30分ほどまえからならんでいたんだけど・・・これ以上忍を立ちっぱなしになんかできねーよ。
「おまえ、気分悪いなら医務室行くか?」
そう言って顔を覗き込むと忍は無理やり笑って首を振る。
実はさっきからこれの繰り返しだ・・・。
「・・・ほんとに顔色わりーよ。頼むから医務室行こ・・っ、おいっ!!」
そう言ってるそばから忍は口に手を当てた・・・最悪の予感に俺は、有無を言わせず忍を長蛇の列から連れ出して、アトラクションの裏側にあるトイレに連れて行った。
そこも人で込んでいたけど、気分の悪そうな忍を見た人が、先を譲ってくれた。
俺は忍をトイレに残すと、他の人の邪魔にならない様に外で待った。
10分ほどで出てきた忍に、大丈夫か?と声をかける。
「・・・。ごめんね。もう大丈夫だよ。・・・ほんとにごめん。」
青ざめた顔で無理やりほほ笑もうとする忍に、心が痛むというよりは、いっそ腹が立ってきた。
どうしてそんなになるまで我慢するんだ?どうして俺にもっと頼ってくれねーんだよ!
忍にとって、俺はそんなに気を許す事のできない相手なんだろうか?
今日ここに来るのだって・・・本当は嫌だったんだろうか。
俺は何も言わずに忍の腕を引いて医務室まで連れて行った。
忍はもう何も言わなかった。
こういうテーマパークには、たいてい数十人から数百人単位で気分が悪くなった人たちを寝かせる事のできるベッドが備えてあるもんなんだ。
簡単な手続きを済ませて、カーテン出区切られたベッドの群れの、できるだけ入り口から遠いのを選んで忍を寝かせた。
俺の機嫌が悪いのを察しているのか、忍は俺の顔をできるだけ見ないようにしている。
温度計で熱を測ったあと、付き添っていた看護婦は、気分が良くなるまで休んで行ってくださいと言って、静かに去って行った。
残された俺たちの間に、沈黙が流れる。
どうしていいのか分からずに、顔を枕に押し付ける忍に手を伸ばした。
細い首筋がきれいで、思わず手が伸びる。
首筋をたどって、忍の頭を優しくなでてみる。
ささくれたった心が少し落ち着いてくるのが分かる。
こう言うのも、悪くないよな・・・自己満足だと分かっていても、忍に触れた喜びは大きかった。
不意に忍が顔を上げた。
忍は・・・・・忍は泣いていたんだ。
「うっ、ごめっ・・・ね。俺のこと、あっ、呆れちゃった? 俺っていつもこうなんだ・・・。慣れないとことかで、ひとの多いところにくると、気分悪くなっちゃうんだ。ほんとはっ、断った方がいいんだって分かってたんだけど・・・。」
「・・・そうだったのか。」
俺は鈍器で頭を殴られたような衝撃をうけた。
俺は一人浮かれて・・・・・。
馬鹿みたいだ。
お前の事大切にしようって、そう決めてたのに・・・。
相手の体調を気遣うなんて、好きな奴と出かけるときには基本中の基本だ。
おまえが誤る必要なんかねーよ。悪いのは俺だ、と。
そういおうと口を開く前に忍が声をあげる。
「でも、俺っ、二葉と出かけるのすごく嬉しかったんだ。前にも友達と出かけて、今みたいに俺なっちゃってっ・・・。そいつにめちゃくちゃ迷惑かけちゃったんだ。そいつにはもうお前とは出かけないって言われたけど・・・っ。今度はそうならないようにって頑張ったんだけど、俺、二葉といるとまたなんか緊張しちゃって・・・。」
「お前は悪くねーよ。俺が悪い。もっと俺が気を使うべきだったんだ。お前に緊張させたのも俺がわるかった。・・・・・それより俺と出かけるのが嬉しかったって本当か?」
それは初耳だった。ちょっと・・・いや、かなり嬉しいかもしれない。
忍はちょっとあかくなって、それでもうん、と頷いてくれた。
かわいい、忍があまりにかわいくて、思わず横たわる忍をだきしめていた。
忍は焦ってもがいたけど、俺は離してやらなかった。
「ちょっと、何すんだよっ!」
びっくりしている忍を抑えつけて、俺は忍の隣に滑り込んだ。
もちろんベッドはシングルで、ハイスクールに通う俺たちが2人で眠るにはせますぎたが、俺は忍にぎゅっとだきついてはなれなかった。
最初はかなりとまどっていた忍も、だんだん力を抜いてくれた。
あきらめってやつだろうか?俺にはそんなことどうでもよかった。
よかった。俺は嫌われているわけじゃなかったんだ。
それからおれたちはいつのまにか眠ってしまったみたいだった。
目がさめると、すでに夕方の5時をまわっていた。
目がさめても俺たちは何もする気になれなくて、たわいのないおしゃべりをしながら閉館時刻の8時までずっとベッドの住人だった。
忍が少しいつもより優しい。
俺への警戒をだいぶゆるめてくれているようだった。
まだまだぎこちないし、キョウへの態度とくらべると、お世辞にも仲良しとは言いがたいけど、それでも俺は幸せだった。
アトラクションは散々だったけど、今日は俺にとって最高の一日になったんだ。
俺はこの先、池谷忍と昼寝を楽しんだこの日を、きっと一生忘れないと思う。