こころひとつ 4
9月半ばを過ぎたと言うのに、まだ日差しは強く、かったりーな・・などとぼやきながら、俺、二葉・フレモントは屋上へつうじるドアに手をかけてみた。
まさかと思ったが、何故か閉じているはずのドアは開いていて、そのまま屋上へとのぼってみる。
ふとひとのけはいがして、右を向くと・・・、彼がいたのだ。
池谷忍は壁にもたれて、スウスウと寝息をたてていた。
彼の普段の殺伐とした雰囲気とはちがい、ゆるい陽光のなかで居眠りをこいている彼は・・・ものすごく可愛かったんだ。
そっとちかずいて顔をのぞきこむ。全く俺に気づいていない様だった。
ふと興味をそそられて、彼のふっくらした唇に人差し指で触れてみる。
そのままなぞっていくとくすぐったそうにみをよじる。
そんなしぐさがたまらなくかわいく思えて、そのまま顔を近づけようとしたそのとき、ふと視線を感じて振り返ると、俺の敵対しているグループのリーダーである、ハワード・ストームがたっていたんだ。
一瞬、自分がヤバイこととしようとしていた事に気づいて、焦ってしまう。
何やってんだ俺は!!
バツの悪いままに奴の隣をすり抜けて、教室へ戻ろうとすると、ぐいっと奴に手を引かれた。
思いっきりにらみ返しながら、視線で何かと問う。
「おい二葉、あのカワイコチャンに手ぇだすなよ。」
ハワードの顔はいつものごとくへらへら笑っていたが、奴のその目には本気の怒りが宿っていた。
俺が、俺があんな話した事もねーような奴に手を出すだって!?
そんなはずは無い。今のは少し魔が差したんだ。
「出すわけねーよ! てめぇのほうがあぶねーんだよ。」
「あっそう? まーいいや。とり会えず、あいつはおれがもらうぜ。」
そういって不適に笑った奴の顔は、今まで俺に見せてきたどんな奴の顔とも違っていた。
冗談を言っているようにも見えない、何故かいらいらが募る。
馬鹿馬鹿しい、話した事も無いような奴の事なんか、どうでもいいじゃねーか・・・心の中でつぶやいてみるが、気づいたときには右手が出ていた。
奴は紙一重で俺のこぶしを避けると、からかう様にこう行った。
「おいおい、眠り姫がおきちまうじゃねーか? 続きがしたいってんなら、明日の朝、ここで続きをやろうぜ?」
そういってハワードは忍とは反対側のフェンスのほうへ歩いて行った。
なんだかいらいらして、その日は一日中むしゃくしゃしていた。
そしてその次の日、俺はハワードと朝から散々に遣り合った後、そのままいえにかえった。
よく考えりゃあなんで俺は池谷忍にこんなにこだわっているんだ?もうアイツのことを考えるのはやめちまおう。
そう決心した俺は、それ以来できるだけアイツの事を意識しない様に努力した。
ハワードと恋敵になっちまうなんて、冗談にしても笑えない。
選択の授業が重なった日でも、俺はわざとアイツよりも前の席に座ってアイツができるだけ視界に入らないようにしたし、あいつを見かけても、以前の様に彼の動作を逐一視界に入れるようなことはしなくなった。
もうアイツのことは忘れるんだ。そう自分に言い聞かせて・・・。
そんな努力を続けて1ヶ月あまりたっただろうか?
俺はイライラしていた。
離れていれば離れているほど、相手への思いは募るものなのだ。
その点俺の判断は間違っていた様だ。
我慢し切れなくなった俺は、覚悟を決めて、また屋上へと上って行った。
彼はまだ屋上へ通っているだろうか?さっき教室を覗き込んだが、そこに池谷忍の姿は見あたらなかった。
そして・・・そして、期待に胸を膨らませて上がった屋上で、俺は最悪な場面を眼にしてしまったのだ。
ドアを開けた時の忍の顔がわすれられない。
すごくびっくりしたみたいだった。
そしてその後、めちゃくちゃ恥ずかしそうにうつむいた・・・ハワードの頭をひざに抱えて・・・・。
ほんのり紅く染まった耳たぶがものすごくかわいかった。
思わず回れ右をして階段を降りたのは、嫉妬に狂って自分が何を口走ってしまうかわからなかったからだ。
俺が、俺が馬鹿みたいにアイツの事を忘れようとやっきになっていたときハワードと忍はこんな風に時を過ごしていてのだ。
自分の気持ちに正直になれなかった俺が失ったものはとても大きかった。
だって池谷忍は、ハワードに膝枕をする事をいやがっていなかったんだ。
あいつらは付き合っているんだろうか?
考えるだけで吐き気がこみ上げてくる。
いまさらだけど、俺は忍が欲しかった。
だから池谷忍が電車の中で苦しそうにうつむいていたとき、助け出したアイツが目に涙をためて俺を見上げてきたとき、これはチャンスだと思ったんだ。
理性が焼ききれそうになるのを抑えて、やさしくさそいをかけてみた・・・。
ふとリビングをみると、忍が電話をかけていた。
キョウがスキップをするようにこっちへかけてくる。
「ふったばー。今日忍、泊まっていくってさっ。二葉、嬉しいでしょ?」
ふふんと笑うキョウの頭をかるくはたくと、そんなんじゃねーよ、とうそぶいた。
その日以来、意気投合した忍とキョウは、めちゃめちゃ仲良くなった。
学校での忍の見せる態度とはまた幾分違っていて、彼はすごくやさしかった。
きっと彼は本来とても優しいやつなんだ。
忍がキョウの家にしょっちゅう泊まりにくるようになったのも、そう・・・・俺にとっては都合がよかった。