こころひとつ 1
いつもだれもいないハズの屋上に、人影があった。
その人物は、高いフェンスにもたれてタバコをすっていたが、俺を見るとにやりと笑った。
少し驚いて、じっと見つめると、身長は高く、肌の色からすると、黒人系のハーフのようだ。
貧弱な俺と比べるとガッシリとしてとても男らしい。
しかも、そいつは普通に生活してる奴という感じでなく、日本でいうならヤクザに通じるような、そんな独特の怖い雰囲気をまとっていた。
父と母が日本に店を構えたいと言っていたのは、俺がまだ小学生だった頃だ。
俺は池谷忍、今年の6月までアメリカで暮らしていた。
両親はともに美容師をやっていて、いくつかの大きな大会で賞を取ったりしていたそうだ。
僕がまだ幼稚園に通っていた頃にアメリかの有名な美容サロンに引き抜かれて以来、ずっとN.Yに住んでいた。
俺は両親の教育方針で、家では日本語をしゃべらされていたから、英語も日本語も両方いける。
だから両親は俺を日本に連れてかえったとき、アメリカンスクールにいれようか、それとも先を見据えて進学校へいれようか本当に迷っていたみたいだった。
おそらく今こうして俺がアメリカンスクールに通わされているのは、俺の病気のせいだ。
アメリカでも土地柄というものがけっこうあるけれど、N.Yというところは、特にパワーとスピードにあふれている。
めまぐるしくてぼやぼやしているとおいてけぼりを食らってしまうような所だ。
そこでは、努力したらしただけ上へ上がっていけるし、努力しなければどんどん落ちていくとも言われている。
でも俺にはそういう環境はあまり合わなかったみたいだ。
小学校では登校拒否。やっと上がった中学でも、ささいなことから友達と上手く行かなくなって、日本へ帰ってくるまでの数ヶ月、俺は学校へ行くのがとてもつらかった。
なれない日本の学校へ行かすのがいいのか、アメリカンスクールへ行かすのがいいのか、母は将来日本の大学へ行かせたいと考えているようだったから、最後まで悩んでいたみたいだけど、結局はアメリカンスクールへ通わされることになった。
スクールに入学して半月、俺にはまだ親しい友人の一人もいない。
べつにいじめに合っているとかじゃなく、今は友達というものに、希望を見出せないんだ。
仲の良かった友達に手ひどく裏切られた記憶は、今もまだ俺の心の中でうずいている。
本当に女々しいやつだって自分でもあきれているんだ。
一人で行動をする事を基本にしている俺は、最近とてもいい場所を見つけた。
スクールの屋上だ。
そこは、実は鍵をかけられているはずなんだけど、何故か最近鍵が開けられている事にきずいた。
俺はランチタイムはいつもここでとる事に決めている。
そこでであったのが、この背の高い男だった。
最初、人見知りする俺は、こいつのもってる雰囲気だとか、時々見せる狂暴な目とかが怖くて逃げる様に屋上をおりてしまった。
でもその日以来そいつは毎日屋上に顔を見せる様になった。
絡まれるかもしれないとびくびくしていた俺だけど、そいつはそんな素振りは一度も見せなかった。
ただランチタイムに屋上にタバコを吸いに来ているだけのようだった。
俺たちは、まるでお互いがいないかのようにふるまっていたし、俺にとってはその方が気が楽だった。
その日もいつもの様に屋上へむかう俺は、階段の途中から見なれないものを見つけた。
それは、まだ真新しい・・・血痕だった。
はじかれたように駆け足で屋上にむかうと、悪い予感のとおり、いつもの男がぐったりと仰向けに横たわっていた。
怪我人ををみることや、血を見ることになれていない俺は,めちゃくちゃびっくりした。
だってすごい血の量だったんだ。
「だっ、大丈夫?」
あせって彼に走り寄っていくと、そいつはうっすらめを開けて俺を見とめると、いつかのように不適に笑ってみせた。
見ると、出血していたのは右足と左の手の甲の様だった。
かってに手にとって傷口をあらためようとすると、その男はくすぐったそうに目を細めた。
「なんだよ、看病してくれんのかカワイコちゃん?」
「・・・ひどいよ。どうしたの、このけが?」
「はっ・・・。こんな怪我いつものことだぜ? いちおう血は止まってるし、たいしたことねえよ。」
「でもっ。どうしよう・・。誰かよんできたほうがいいんじゃ・・・?」
途方にくれてそいつの横に座り込むと、そっと彼の顔をのぞきこんだ。
顔色は・・・・そんなに悪くない。ほっとして息を吐くと、そいつがとんでもないお願いをしてきた。
膝枕をしてくれというのだ。この俺に。
男同士で膝枕なんてのも死ぬほど恥ずかしかったけど、場合が場合だけに彼の言うとうりにした。
そうして、その日から奴と俺はお昼ご飯を一緒にとることになったんだ。
彼の名前は、ハワード・ストームと言った。
話をきいていると、ハワードは、遅刻、サボりの常習犯だった。
しかも、友達のいない俺でも名前を聞いたことがあるくらいの・・・不良だったんだ!
自分といるときの彼はそんなふうにはぜんぜん見えなかった。
奴とは、一緒にご飯を食べて、その後(なぜか・・・)奴は俺の膝枕で昼寝をして、俺はその場で本を読んで・・・時々ぽつりぽつりとおしゃべりをする。そんな関係だった。
そんなペースにもなれてきた頃、いつもどうりハワードをひざになつかせながら、ぼんやり読書している。
と、イキナリ、バタンと音を立てて誰かが屋上のドアをあけた。
びっくりしてハワードを押しのけようとすると、逆に強く押さえつけられてしまった.
ドアを開けて入ってきたのは、ものすごく・・・格好いい男だった。
金髪に青色の瞳、身長は180センチはあるだろうか。
その突然の侵入者は、俺たちを見るとびっくりしていたみたいだ。
そりゃそうだろう・・・。
俺はこう見えてもいつもテストでは学年首位をキープしていた。
そんな俺と、言い方は悪いけれどハワードみたいな不良が一緒に、あまつさえ膝枕なんかしていたら、誰だって驚くだろう。
恥ずかしくて思わずうつむくと、その金髪の男は何も言わずに屋上を降りていった。
ハワードが、あの男の名前が二葉・フレモントである事と、その二葉とハワードが敵対したグループにいることを教えてくれた.
多分俺も二葉には敵だとみなされてしまっただろう・・。
なんとなく、その事が胸に引っかかった。
その日から俺は屋上に行くのを止めてしまった。
あんな恥ずかしい思いをしたせいでもあるけれど、何よりもう10月も半ばとなった今の季節は、屋上で食事をするには、あまりに寒すぎたんだ。
ハワードが俺に懐いてきていたのも、屋上が肌寒かったせいかもしれない。
それからして暫くのことだった。
俺は、買い物に行こうと、地下鉄に乗っていた。
夕方の5時の電車は、帰宅する学生などで、適当な加減でこんでいた。
昨夜あまりよく寝ていなかった俺は、電車の吊り輪にぶら下がって少しうとうとしかけていた。
と、そのときだった。
うしろにいるサラリーマン風の男の手がなぜか俺の腰のしたのあたりにおかれているきがする。
まさか・・とおもいなおして場所をずれようとしたが、その手はますます張り付いてくるようだった。
俺は男だ、なんて思い返すまもなく、こみ上げる嫌悪感に吐き気がしてきた。
声をあげることもできなくて、ぐっとうつむいてこらえている。
もう我慢の限界だと思った時、不意に腕がぐいっとひかれた。
その力強い手は、俺を引っ張って人ごみを押しのけて、なんととなりの車両まで連れて行ってくれた。
「だいじょーぶか?」
かけてくれた心配げなこえに、ずっとうつむいていた顔をあげると、俺を助けてくれたのは、二葉・フレモントだったんだ。