投稿(妄想)小説の部屋

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No.525 (2004/08/18 21:33) 投稿者:花稀藍生

火姫宴楽

 グラインダーズは困惑していた。
 そして焦燥感にも苛まれていた。そして、こんな事で何日間も悩まなければならない自分にも腹を立てていた。
 そして彼女自身に向けられる好奇の視線にも苛立っていた。

 事のはじめは、南領で毎年開催されるトゥーリパン子爵夫人の仮装舞踏大会の『今年のお題』のクジをグラインダーズが引いてしまったことに起因する。
 
 暑く乾いた南領の気候に適した、開口部と柱が多く天井の高い南領の典型的な建造物を目にしながらその門をくぐったのは、つい二週間前のことである。
 門から屋敷に通じる通路からは、この屋敷自慢の庭が見えるようになっている。
 原色の花々と緑が生い茂り、涼しい影を落とす庭園の至る所に水音が響いて通路に涼しい風を運んでくる。南領の気候はあまり植物には適さない。植物を育てるには水が必須条件だからだ。南領の乾いた空気では、少量の水ではたちまちのうちに蒸散してしまう。しかも長く育てるとなると東国あたりから良質の土を購入し、遠いところから多量の水を引いてきて庭園中に水路を張り巡らせないとあっという間に枯れてしまう。しかしこの庭には南領特有の植物が数多く生い茂り、のびのびと育っている。水の少ないところで育つ南領の植物たちはどこか乾いた貪欲さを感じさせるのだが、彼女の庭の植物はそう言ったことを感じさせない。・・・穏やかな緑が多いのは裕福な証拠だ。
 炎王から預かった文書を携えてきたのが王女グラインダーズであることに、トゥーリパン子爵夫人は驚いたようだったが、すぐに屋敷の中の一番美しい貴賓室に彼女を通した。
「姫様自らお越し下さるとは・・・。でも嬉しゅうございますわ」
 西領から嫁いできた、穏やかな青い瞳と金の髪、白い肌の子爵夫人(と言っても彼女は未亡人なのだが)は、えくぼが出来るふくよかな頬をほころばせてグラインダーズによく冷えた後味がすっきりとする香草入りの清涼飲料水を差し出した。
「新しく売り出した香草茶ですの。まだ一部の地域でしか販売出来なかったんですが、今日、ようやく他の地域でも販売しても良いというお許しを炎王様から頂きましたわ」
「?」
「グラインダーズ様が今日お持ちして下さった文書。あれが、許可証でしたの」
 この、にっこりと微笑む貴婦人が南領でも一、二位・・とまではいかなくても常時十指には数えられる大商人であることは周知の事実だった。
 夫とただ一人の跡継ぎ息子を五年前に事故で亡くした彼女は、緑豊かな東国の絹と綿に圧され、すっかり生産が絶えてしまった南領の植物から採れる繊維で作った布を再現したのを皮切りに、南領の気風を盛り込んだ製品を次々に発表し天界に送り出している。
 女性の身でありながら(こう言っては何だが、南領は天主塔や東国に比べて女性が活躍する場が少ないとグラインダーズは思っている)子爵夫人といえども大した後ろ盾もなく殆ど自分のアイディアだけで商品を作り出して売り出し、それを軌道に乗せ、短期間で大商人と呼ばれる地位を築いたこの女性と、一度話をしてみたいと思っていたのだ。
 しかし実際の所、こうやって目の前でグラインダーズの問いや世間話に応える彼女は、グラインダーズが気抜けするほど、どこにでもいる気のいい貴婦人だった。この女性のどこに、短期間で成り上がるほどの(言い方は非常に悪いが)才気が隠されているのかグラインダーズは不思議だった。
 そうこうするうちに毎年招待される仮装舞踏会の話題となった。仮装舞踏大会は天界ではさほど珍しくないが、彼女が開催する仮装舞踏会は毎年『お題』が決められていて、招待された客はその『お題』の趣旨に添った仮装をするのが習わしになっていた。そしてその奇抜な衣装や手の込んだ仕掛け入りの衣装など、招待客が頭を悩まして考えた、凝りに凝った衣装が多数登場することが彼女の会を有名にした。
「昨年は『動物』でしたけれど、今年のお題は何ですの?」
 昨年彼女は弟と一緒に天界の華やかな鳥を模した揃いの衣装を着て舞踏会に出席し、微笑ましく可愛らしいと賞賛をあびている。(ちなみに昨年一番の称賛を浴びたのは、古代のは虫類型巨大肉食獣の全身かぶりもので現れた某貴族であった。)
 夫人はふふっと微笑むと上辺に丸く穴の空いた長方形の箱を持って来た。夫人の歩く振動で箱の中からカサカサという軽いものがこすれ合う音がした。
「この箱の中には、いろんなお題を書いた紙が入っておりますの。・・・お恥ずかしい事ながら、私毎年この箱の中にあるクジを引いて決めておりましたの」
 あまりにも安易で失望なさいました? と夫人が笑う。
「そうですわ、ここでこのような話が出たのも何かのご縁。グラインダーズ様、今年のお題は貴女が決めて下さいませ」
 グラインダーズは一瞬ためらった。何だか最初からこれが目的でここに来たのではないのかと自分を疑った。
 しかし彼女が微笑んで差し出してくる箱の穴から見える、たたまれた沢山の紙片に好奇心が動いたのも事実だった。結局グラインダーズは好奇心に抗しきれず紙片の一つを箱の中から取りだして彼女に渡した。
「まあ、素敵!」
 紙片を開いた夫人が顔を輝かせて微笑んだ。
「何でしたの?」
 夫人が手渡してくれた紙片に書かれた文字を見てグラインダーズは心中で呻いた。表情を変えずにいられたのが自分でも不思議だった。
 紙片にはこう書かれていたのだ。
『恋人』と。

 それ以来グラインダーズは悶々と悩むハメになっている。
(まさかこんな事になるとは思わなかったわ・・・)
 それでも、城にいる間は、まだいいのだ。小さな弟は今年は姉と一緒に出られないことに頬を膨らましているし、父王は何も言わないし、グラインダーズ専属のデザイナー達はデザイン画を描こうにも相手方がいないとイメージがまとまらないから早く選んで欲しいとせっついてくるが、それにはまだ耐えられる。
 耐えられないのは、文殊塾でのグラインダーズに寄せられる視線のほうだ。
 女子は好奇と探りの視線を向けてくる。中には直接的に誰が候補に挙がっているのかと聞こうとした者もいたが、グラインダーズの無言の一睨みで冷や汗をかきながら下がっていった。
 男子は声をかけようともせずに視線を向けてくる。女子と同じような、好奇と探りと・・・そして一縷の期待を持って。南領の王女であるグラインダーズに相手方として選ばれるということは、飛躍的に考えれば彼女の未来の夫候補として選ばれるということも大いに考えられるからだ。
(・・・この歳になれば、もう、そういったことも考えておかなければいけないということは分かっていたけれど・・・)
 文殊塾を卒業してすぐ嫁いでゆく女子達も少なくない。
 嫁ぎ、子を成し、家を守り、盛り立てていくことこそが大事なこと―――と教えは受けているが、はいそうですか、その通りでございますなどとグラインダーズは言いたくない。
 王家に生まれたからには、いや、生まれたからこそ、いずれそういう運命を辿らなくてはならない。そして、全ての女子の範となる存在になる事を望まれているということは痛いほど分かっている。
(でも、私はイヤ)
 文殊塾で勉強していることも、大好きな鍛錬の稽古も、何もかもが無駄になってしまう。
 幼いながらも築き上げたものが全て無意味になってしまう。そんな気がして。
(・・・あああ、でも今はそんなことより当面の問題のほうが深刻だわ)
 グラインダーズとて、黙ってこの二週間耐えていたわけではない。
 根が真面目なグラインダーズは、自分で何とか出来る(大人には相談したくなかったし、文殊塾の同級生は論外だった)あらゆる範囲内で記憶と思考と情報を総動員して悩んでいたのだ。
(・・・やっぱり、彼に頼むしかないわ)
 この二週間悩みに悩み、考えに考えた末の結論だった。
 グラインダーズは席を立つと、まっすぐ彼の所へ歩いていった。その彼といえば、自分の席に座っていて、その周りには彼のとりまき連中がいたのだが、背筋を伸ばし胸を張って進んでくるグラインダーズに気押されて道を開いた。
 グラインダーズは彼の前に立った。そして一気に言い放った。
「柢王どの、トゥーリパン夫人の仮装舞踏会でぜひともあなたをエスコートさせていただきたいの」
 柢王は目の前で仁王立ちに立っているグラインダーズを二秒間ほどまじまじと見た。
 そしてにっと笑って言った。
「いいですよ」
 ・・・教室内に静かにどよめきが広がってゆき、それはたちまち天界中に知れ渡ることとなった。


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