投稿(妄想)小説の部屋

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No.504 (2003/08/16 22:36) 投稿者:花稀藍生

追憶 (中)

「北の武王が仕事もしないで、こんな何にもないところで、何やってんだ?」
 同じ年頃の少年達よりも幾分大人びているとは言え、目元や頬にまだ幼さの片鱗が残る
顔立ちの少年が、東の風の気配を身にまとったまま、笑いながら山凍に問いかける。
「しかも こんな寒いところで」
 山凍のかたわらに降り立つなり、少年は、自分を護るように纏っていた風をいとも無造作に四方に解き放った。
 周囲に緑の風が満ちる。 北の風が一瞬にして払拭され、東の風が空き地の周囲の木々に吹きわたる。
 春なお遠い北の地で、それでもけなげに芽吹く木々の梢が、あたたかい風にふれたその一瞬だけ、歓喜の声を上げるようにさざめいた。
 山凍はふと ひとつの言葉を思い出した。
 アオアラシ。
 青の、嵐。
 若葉に吹きわたる初夏の風の名・・・。
 みずみずしい緑をゆさぶり鳴らす、あざやかな風の名だ。
 屈託なく笑うこの少年は、そんな印象を感じさせる。
「・・・お前こそ、こんな場所をほっつき歩いていていいのか?この不良王子!」
 その屈託のない笑顔に山凍は苦笑しながら、からかうように問い返す。
「・・・なんだ、やっぱり知ってたのか」
「知らないわけがないだろう。東の国からの書状でな。『第3王子が元服式を放棄して出奔。見つけ次第保護の上、送り届けていただきたい。』とのことだ。他の国にも書状は行っているぞ」
「・・・『保護』・・・」
 苦虫を噛み潰したような表情で柢王が呟いた。
「『保護』よりも『捕獲』と書かれるほうがよかったのか? 仕方がないだろう。俺からみればお前は まだまだてんでガキだし、世間の目からみれば、元服式も済ませていないガキなど箸にも棒にも引っかからないしろものだからな」
「・・・・・なるほどな」
 悔しそうに眉をつり上げながら、それでも山凍の言葉を素直に聞き入れている柢王に、山凍は『王者として いい素質を持っているのに惜しいことだ』と内心苦笑した。
 王族としてはおそらく前代未聞の、一兵卒からの叩きあげという過程を経て今の地位にある山凍は、『使われる側の者』の望む『統治者』のある程度のイメージを理解している。
 自分の前に立つ、未だ幼い東の第三王子は、その片鱗を持っていると、山凍は肌で感じ取った。それは、同じ『王族』という力の血族だけが感じ取れる、一種の危惧のようなものであるかもしれなかったが。
 今は、何の力も持たないが、それでも彼には、その場にいるだけで人を惹きつける、何というか一種の華やかさともいえるべき雰囲気を持っている。
 何も持っていない。 何の力もない。
 ・・・けれど、いつか何か他人の予測もつかないことをするのではないのだろうか
 彼を見ていると、人は何故かそんな漠然とした期待や懼(おそ)れを抱いてしまう。
 そして、知らず知らずのうちに、彼に注目するようになるのだ。
 ・・・それは、一種のカリスマとも言えるべき存在なのかもしれない。
 そして、それを鋭敏に感じ取り、この少年を本能的に厭う彼の二人の兄達も、また、尋常ではない能力の持ち主だと言うことだ。
「・・・・・」
 この少年の不幸は、優秀で、奸智に長けた二人の兄を持ったことにあるのかもしれない。
 おまけにその父親の蒼龍王は煮ても焼いても食えない古狸ときている。
 上の二人の息子と末息子の確執を、どこか面白がっているふしさえあるのだ。
 しかしその彼とて派手な艶聞にまぎれてすっかり忘れ去られてはいるが、商人と武人の特質を併せ持った目と手腕
(ついでに好奇心と抜け目なさ)をもって、花街を拠点として東国を豊かに発展させた名君でもある。
(・・・俺から言わせれば、東国の三兄弟って、全員性格が父親似なのでは?)
 彼らがこの言葉を聞いたら激怒して否定の言葉を並び立てそうな気がするが、山凍から見れば、性格(性質か?)が『商人』としての特質が大きく出ているか、『武人』としての特質が大きく出ているかだけの違いではないのかと思える。
 前者が上二人、後者がこの少年だ。
 ・・・つまり、本質が似ている分、よほどの才知・機転で持って、相手の立場や情勢を熟知した上で裏をかかなければ、お互いを出し抜けないという事だ。
(・・・難儀なヤツ・・・)
 いわば商売敵のような関係にあたる、一国をつかさどる王族として、普通なら相手の国の内部紛争(?)に諸手をあげて喜んでもいいところなのだろうが、幼いともいえる少年を見おろして、山凍はしみじみと彼に同情した。
「・・・なんだよ?」
 見おろす山凍に、柢王が問う。
「・・・いや、あの時のマメどもが卒業だ、元服式だっていうのだから月日が経つのは早いものだな・・・と思ってな」
 つらつら考えていた事を正直に言うわけにも行かず、乾いた草地に腰をおろしながら山凍は別のことを口にした。
「な〜んか言い方が『おっさん』入ってるぞ」
 餌のいらない猫を脱ぎ捨てている柢王がからからと笑って軽口を叩きながら隣に腰をおろす。なにせ数年前の北の領地の魔族騒ぎで、猫をかぶっていない子供時分を見られている。今更あわてて隠しても馬鹿馬鹿しいだけなのだろう。
 草地に腰を下ろした柢王に孔明がトコトコと近づき、その左袖に寄せて鼻を鳴らす。
 立っているときは気付かなかったが、あたたかいみどりの風に混じって、わずかだが甘い香りがする。
 その花のような香りは、隣に座る少年の左袖から漂っていた。
「何だ?香の香りがするぞ。ははあ、さてはどこかでさっそく遊び女でもひっかけでもしたのか?」
「香〜?」
 柢王は不思議そうに左袖に顔を近づけた。そして合点がいったかのようにうなづく。
「ああ、こりゃティアのだ」

 城を飛び出した後、柢王は文殊塾でアシュレイとティアランディアの二人にこっそり会っていたのだ。しばらく一人で放浪する、と打ち明ける柢王に、あんまりにも心配そうな顔をする二人にむかって、「心配するな」という言葉の代わりに問答無用で柢王は両腕で二人を抱き寄せ、ぎゅうぎゅうと抱きしめたのだ。剣を持つほうの右腕にアシュレイを。
 左腕に守護主天を。その時に香りが移ったらしい。
「ばかやろーっ! とっとと行けっ! ・・・ケガなんかすんじゃねーぞ!」
「気をつけてね、くれぐれも無茶はしないで」
 窒息寸前ではなして二人仲良く芝生に転がしてやり、とっとと飛び立った柢王の背に罵声となおも案じる声が、柢王の姿が見えなくなるまで送られたのであった。

「仲がいいんだな・・・お前達は」
 いくら王族とはいえ、天界最高の貴人に対し、役職名で呼ぶわけでもなく、敬称すらつけずにファーストネームで呼び合うという事自体に、彼らの親密さがうかがえた。
「まぁ、な。文殊塾の連中とは、たぶん卒業してしまえば終わりかもしれないが、あの二人は別格だ。一生もんの付き合いで行く」
「天界最高の貴人とか? 元服して、正式に守護主天の座につかれれば、いくら王族といえども、おいそれと面会できるはずもあるまい」
「・・・まーな。俺も王族の一員だけど、俺とティアとじゃ背負うものの重さがあまりにも違いすぎる。あんたの言うとおり俺は箸にも棒にもかからないガキだからな。」
「拗ねるな 拗ねるな。」 
「・・・型どおりってのがなー、気にいらねえんだ。 ガキなのによ、王族だー貴族だーつーわけで元服式して、親から適当な職もらってよ。・・・実力も経験もないのに。それが気にいらねえ。」
「だから、元服式を放棄したのか? 乱暴なヤツだな」
「兄貴達は今頃大喜びだろうぜ。いつか見返してやるにしても、それは今じゃない。
『今』を俺は納得していない。自分が納得できるまでは東の城に帰る気はない。
 ・・・俺は、自分が将来なりたいものがわかってる。 ・・・目標は決まっている。決まっているのなら、あとは、それに向かって突き進むだけだ。
 けど、今はその時期じゃない。」
「お前のなりたいものは何だ?」
「元帥!」
 あまりにも明快な回答に山凍が笑う。
「アシュレイもそう言ってるぜ。ティアに向かって、『俺が守ってやる』って。
 ま、たしかに堂々とティアの隣りにいたけりゃ、元帥ぐらいの肩書きがなきゃダメだろうな。かくいう俺もその一人だけどよ。 あーあ、文殊塾ん時はそういうめんどくせー事を考えなくっても、三人で転がりまわってりゃ良かったのにな」
 溜め息をつく柢王に山凍は笑い、肩書きを持つと言う事はそういうことだ、と分別くさいことを言ってのけ、それから文殊塾時代の彼らを想像してもう一度笑った。
「剣と槍をうち立てて、非公式に守護主天の両翼を担う元帥候補の少年二人、か・・・。
はは・・・、それぞれ、一族の鬼っ子と言われているかもしれないが、俺から言わせれば、守護主天を護ろうとするお前達こそが真の『王族』なのかもしれん」

 いろいろ問題の多い乱暴者と称される、弾ける火花のような南の太子に比べ、この王子の風評は特に否定的なものはない。だが、その彼も細胞の奥深いところに、巨大なエネルギーの奔流を隠し持つ王族の一人だ。
 ・・・東の、王族。
 天界の四強の一角を担う 力の血族。
 旋風を駆り、雷霆を従える一族の直系。
 ・・・この少年なら、なれるだろう。 そして南の少年も。
 各国に12人ずつしか存在を許されない、誉ある武神将に。
 純粋な力の象徴である ・・・元帥に。
「現在の守護主天様の周囲はさぞや賑やかなことになるだろうな」
「何言ってんだよ。それが狙いに決まってるじゃねえか」
 山凍の言葉に、柢王がにっと笑う。
「俺もいるし、何よりもアシュレイがいる。ティアがさみしいわけなんかないだろ?」
 屈託のない笑顔を向けられて、山凍は一瞬言葉に窮した。


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