投稿(妄想)小説の部屋

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No.505 (2003/08/16 22:38) 投稿者:花稀藍生

追憶 (後)

 その後、とりとめもない話をしていた二人だが、陽がかげり始めたのをしおに「そろそろ行くか」と柢王は立ち上がった。
「これからどうする? しばらく東の領地に帰る気はないのだろう?」
「・・・そうだな、三国の城下町見物もここの北の地が最後だし、修行もかねて魔風窟に・・・魔界へしばらくの間行ってみようと思っている」
「『力』を望むのは結構な事だが、その感情に足をすくわれるなよ。あの世界は不可解な事象が多すぎる。無茶は決してするな」
「わかっている。何回か行ってるから、ある程度の勝手は分かるしな」
「この、不良王子が」
 互いの国の城下町で美味しいものを出す店の情報交換をした後、二人は別れた。
 じゃあな、と屈託もなく笑いながら風を捲いて去ってゆく姿を見送り、山凍は苦笑して肩をすくめた。
「やれやれ、嵐のような奴だ。」

 あたたかい風がすうっと消え去り、山凍は再び北の風の中に取り残された。
 空虚な、さみしい風の中に。

 ・・・北の風の音は もの悲しい。
 聞くものの胸を締め付け、孤独を感じさせずにはいられない。

 山凍は北の風の中で育った。
 北の風を子守唄に育った。

 険しく峻烈な荒涼たる連嶺とそこをめぐり吹きすさぶ冷たい風の音。
 ・・・それが山凍の原風景だ。

 自分の中にいつもある、北の風の音にあの人は気付いたのだろう・・・
 あの人の胸中にいつも吹きすさんでいた嵐にそれを重ねてしまったのだろう。

 ・・・けれど、重ねても重ねてもそれは同じものではない。
 山凍にやどる風は、郷愁や想いの還る場所としての存在だ。
 ・・・だが、孤独な風に還る場所はない。己の内より生まれ出たものは、己の内にしか還るところがないからだ。
 あの人はそれに気づいていた。判っていた。・・・判っていても山凍をそばに置いた。
 ・・・今ならわかる。
(あの人は、どうしょうもなく孤独だったのだ)
 ・・・だれも、あの人を見ようとしなかった。
 『守護主天』であるあの人だけを見て、『ネフロニカ』であるあの人を見ようとしなかった。
 ・・・・・『俺もいるし、何よりもアシュレイがいる。さみしいわけなんかないだろ?』
 少年の声と笑顔がふと脳裏をよぎる。
「今の守護主天殿は、お幸せであられるのだな・・・」
 かさかさと鳴る下草に再び腰をおろし、しばらくの間北の風の音に耳を傾けていた山凍が ぽつりとつぶやいた。
「よかった・・・」
 安堵の声は北の風に吹き散らかされ、たちまちのうちに消え去る。
 孔明が鼻面を摺り寄せてきた。・・・まるで、なだめるかのように。
 それにもたれかかり、あやすようにたたいてやりながら、山凍はつぶやく。
「・・・孔明。違うぞ、俺は嬉しいんだ。」
 山凍は笑っていた。
「・・・なのになぜ、こんなものが出るんだろうな・・・?」
 笑いながら、泣いていた。
 ・・・微笑んでいた 金色の幼い守護主天。
 一片の曇りもない微笑で、友人達の手をとっていた、高貴な子供。
 今も(そして おそらくは これからも)あたたかな風と、激情のような炎に護られて、小さな守護神は微笑んでいるのだろう。
 ・・・だが、現在の守護主天が、幸福である事を安堵すれば安堵するほど、たとえようもない悲しみが胸のうちより湧きでてくるのだ。

 同じ守護主天であるからこそ
 くりかえし くりかえし
 深い業をその身に負って
 この地に降立つ身であるからこそ
 だからこそ
 あわれで
 さみしく
 かなしく
 呪わしく
 あさましく
 いとわしく
 ・・・そして、この上なく美しく いとしい。

「 ・・・あなたは、今、やすらいでいるのか? 」
 同じ魂を持っているというのなら、今、貴方は 救われているのか。
 望んでも手に入らなかった、他愛のない、やさしいぬくもりに包まれて。

 言い訳が許されるのなら、あの時、自分はあまりにも幼すぎた。
 自分の感情にも気付けない程、子供だったのだ。
 ただ、名を呼び、手をとるだけでもよかった
 ・・・そのことにすら気付けないくらい子供だった。

 ・・・だから、貴方は私を置き去りにした。
 二度と手の届かない所へ行ってしまった。
 今なら。・・・せめて貴方を抱きしめることが出来ただろうに。

 『好きだ』という感情を知っていたら、
 その言葉を知っていたら、
 そして その言葉を伝えていたのならば、
 ・・・貴方は、私を殺しただろうか?

「・・・もはや、それを知る術もない、か・・・。」
 
 
 ・・・二度と会えないから、夢を見る。
 夢の中でしか会えないから夢を見る。

 ・・・・そして、夢はいつも還ってゆくのだ。

 甘くけだるい痛みを抱いて墜ちながら。

 ・・・あの 狂おしいほど せつない 遠い 追憶の断崖へ


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