投稿(妄想)小説の部屋

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
投稿はこちらのページから。 感想は、投稿小説専用の掲示板へお願いします。

No.493 (2003/05/24 01:57) 投稿者:花稀藍生

宝石旋律 〜てのひらの虹〜

「ティア兄さまに、見せたくて」

 いつもならば、当たり前のように天主塔の中を歩き回り、自分の姿を見かければ護衛の制止も聞かず駆け寄って来る少年が、今日は珍しく、面会の許可を取って天主塔の主の前に現れたのは、ちょうど午後のお茶の時間の事だった。
 兵士に扉を開けてもらい、幼いながらも王族らしい優雅さで一礼して頭を上げた少年の銀の髪が部屋に差し込む午後の陽光に煌めいた。
「やあ、よく来たね カルミア。さ、座って」
 マグノリアの蕾の形に重ね合わせた小さな手のなかに『見せたいもの』を隠し持った少年は、幼さゆえの特権のように、客用に整えられた正面の長椅子には目もくれず、長椅子に座るティアの横に当然のように腰を下ろした。
「見せたいものって?」
 重ねた手のひらを口元に持っていって、少年がティアの瞳を下からのぞき込むようにして、首を傾げながら にこっと笑った。
「あててみて下さい。ティア兄さまは何でも知ってらっしゃるんでしょう?」
「・・・いきなりじゃわからないよ。何かヒントをくれないと。カルミアのかわいい手の中に納まっているということなら、そんなに大きなものじゃない でも・・・蝶々とかじゃないよね?」
「そうです。生き物ではありません。でも、きれいな蝶々をお望みなら、今度色とりどりの花の咲く蔓草を東国から取り寄せさせて、それで編んだ籠でお持ちします。」
 それとも、南国の銀細工師に特別注文させる、小さな銀の檻のほうがいいですか? などと、どこか奢侈に遊び馴れた大人のような口(でも何だか棒読み)をききながら、少年は不思議な色彩の瞳でティアをまっすぐに見てヒントを口にした。
「ヒントその1、もと、生き物です。でももう生きていません。ヒントその2、固いものです。ヒントその3、キラキラしています。さて、なんでしょう?」
「・・・・・」
 ティアは少し考え込んだ。・・・虫の入った琥珀か何かだろうかと思ったが、微妙にニュアンスが違う気がした。そうなれば、やはり、化石だろうか? 1と2なら、おそらく化石だろうが、3には少し当てはまらない気がした。だが、他に思いつかない。
「・・・化石?」
 カルミアが宝玉のように美しい瞳を大きく瞬かせ、そして、嬉しそうに笑った。
 当たり、と言うことなのだろう。
 少しだけ思わせぶりに、そおっと開いてゆく少年の重ね合わせた手のひらの隙間から、七色の光がきらめきあふれてこぼれ落ちる。
「ティア兄さまに、一番に見せたかったんです」
 カルミアの小さな手のひらに ころんと乗っていたのは、その表面につややかな七色の光を躍らせている、小ぶりの巻き貝だった。

『たからもの』なんです、と微笑みながらカルミアの手のひらから、ティアの手のひらへ、陽光を受けて七彩に煌めく巻き貝はそっと移された。
 幼い子供の体温で温められた巻き貝は、それ自体が内側からほのかな光を放ちながら深呼吸をしているように見えた。
 全体的に白っぽく、なめらかな表面に踊る七色の光。・・・虹色だ。
「・・・・?」
 真珠を育む貝でなくとも、その固い表皮を削り取ると、思いがけなく美しい真珠色の層をのぞかせるものもある。
 そうした表皮を全て削り取って、美しい真珠層を出した貝の飾り物などを、宝飾品としての価値は低いが、目にしないわけではないが・・・
(・・・でも、それは、化石じゃない)
 ・・・真珠の細工物・・? と思いかけて、(真珠とて、化石ではないのだが)ふとティアは逡巡した。
 年月をかけてゆっくりと母貝の内で育まれる真珠の輝きは、月の光を織り込んだ絹のように しとやかで繊細だ。 そのまろやかな表面にうかぶのは、内からにじむような淡い輝きと どの貴石にも太刀打ちできない気品だ。
 その気品は、たとえ太陽の光のもとにあっても、損なわれることはない。
「・・・・・」
 手のひらの上のこの虹色の巻貝は、真珠というには、半透明で乳白色のガラス質の表面に踊る色彩の光の粒子が鮮やかすぎるのだ。
(・・・あ・・)
 貝という形にとらわれていなければ、もう少し早く思い出せたかもしれない。
 ティアは、この輝きを目にした覚えがあった。
 それも、何度も。
「・・・これは、蛋白石(オパール)?」
 使い女達や、天主塔を訪れる美しい女達の、やわらかい耳もとに 白い首に 細い指のつけねに、たしかに、この輝きを見た。
「・・・ティア兄さま すごい! 当たりです!」
 隣で、カルミアが小さな手のひらで さかんに拍手している。
「海の底で、長いながい時をかけて貝の成分がオパール化してしまったもので、化石の一種なんですって。」
 西国の水帝にあてて西領の貴族が献上品として差し出したものを、たまたまその場にいたカルミアがねだりにねだって(といっても一人息子にメロメロの父親は、二つ返事で渡したのだろうが・・・)もらったということだった。
 そしてそれを受け取ったカルミアは、その足で天主塔に来たのだった。
「とってもとっても きれいでしょう? たからものなんです。だから、ティア兄さまに、あげます」
「・・?」
 ティアランディアは一瞬、少年の言葉の脈絡が理解できなかった。
「・・・これはカルミアの宝物なんだろう? なのに私がもらえるわけがないよ」
 返そうと手を差し出そうとするティアに、カルミアは 受け取りませんよ、と言いたげに ぱっと両手を体の後ろにまわして、にっこり笑った。
 そして、こう言ったのだ。
「たからものだから、大好きなティア兄さまにあげたいんです」
 
 
「・・・自分の大切なものを、あげられる喜び、か。・・・単純な子供の勝利ってとこだな。」
「純粋って言ってよ。せめて。」
 執務室の長椅子に座って、巻貝を目の高さに持ち上げて室内の明かりに反射する光をおもしろがっていた柢王の言葉に、書類を持った桂花に隣で見張られながら 執務机で忙しく羽根ペンを動かしていたティアが苦笑した。
「うん・・・。でも、なんだか本当に『完敗!』って感じ。」

 自分がもらうと嬉しいものは、人にあげても嬉しい。
 ・・・それは、子供だけが持つ心の特権なのかもしれない。
 純粋で、無垢な思いであるからこそ、その行為に、小さな手が差し出してくる他愛ない贈り物に、・・・そして何よりも自分を見上げるきらきらした笑顔に、人は無条件で降伏してしまうのかもしれない。

「まいったなぁ・・・ 今回は、本当に、完全に、カルミアに負かされちゃったよ」
 負けちゃったと言いながら、守天は嬉しそうに笑う。
 そんなティアランディアを、柢王と桂花は顔を見合わせて、首を傾げた。
 なにしろ彼らの周囲で幼い子供といえば、翔王の長子である太芳くらいのものだ。柢王にとっては、わがままなクソガキ程度の認識しかなく、桂花にとっては思い出したくもない聖水騒ぎを作った原因でしかない。
 だから、子供の笑顔に負けた、と言われても、どうもピンとこないのだ。
 不思議そうな顔をする二人にティアランディアは ふふっと笑い、笑いながら、羽根ペンを動かし始めた。

 オパールは乾燥に弱いから、と桂花が言い、虹色に煌めく貝は、何の細工もない だが優美な曲線を描くガラスの小杯に水を満たして沈められた。
 ティアランディアはそれを、寝台の側の小卓の上に置くことにした。

「何か、生きてるみたいだな。」
 寝台の上にうつぶせになり、小卓の上のグラスの端を指ではじきながら、アシュレイがゆれる水面を覗き込んでぽつんと言った。
「そうだね、こうやって水の中にあると、神話か何かに出てきそうな きれいな生き物みたいに見えるね」
 同じように隣でうつぶせになってグラスの中をのぞき込んでいたティアが嬉しそうに笑うのを横目に、アシュレイは腹立ちまぎれに、もう一度グラスを指ではじく。グラスの底に残っていた泡が、すうっと小さな泡を残しながら縁にそって立ちのぼった。 揺らめく水面に反射する室内の光ごしに、虹色の貝が笑うように煌めく。
(カルミアの奴、ガキのくせに一人前みたいな事しやがって・・・)
 ガキに、こんなものを贈られてしまっては、恋人としては立つ瀬がない。
「・・・なあ、ティア。 なんか欲しいモノあるか?」
 ぼそっと言ったアシュレイの言葉に、ティアランディアは隣の恋人の顔を見た。その横顔に浮かぶ かすかな苛立ちのその理由を、彼は即座に理解した。
 ティアランディアは ふ、と微笑むと、アシュレイの頬に軽く くちづけた。 そして、自分の方を向いた恋人の まぶたや額にそっと くちづけを繰り返しながら、耳元で低くささやいた。
 アシュレイの頬が見る見るうちに赤く染まる。
 ささやきを繰り返しながら、ティアランディアは そっとグラスを寝台の近くから遠ざけるように押しやった。


このお話の続きを読む | この投稿者の作品をもっと読む | 投稿小説目次TOPに戻る