投稿(妄想)小説の部屋

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No.491 (2003/05/01 01:26) 投稿者:マダム・バタフライ

ハッピータイム (前)

 雨は降ってなくても、この時期の空気は重く身体にまといついてくるようで、あんまり好きじゃない。
 留学の前準備のために通ってる学校もそろそろ終了が近づいてきた6月の終わり、バイトを終えた俺は久し振りに小沼の家に向かっていた。
 バイトは一樹さんに紹介してもらった広尾の花屋で、去年の夏季留学のときと2学期の間を除いて、年明けからまた働かせてもらってる。
 二葉の学校にも近かったし、場所的に英語で話しかけてこられるお客さんも多いから自分の勉強にもなるだろうって、そういうところにメリットを感じてた。
 でもいまはそんな条件みたいなものより、店長もいい人で自分が仕事にも慣れて顔見知りのお客さんも増えて、笑顔で仕事ができることのほうが嬉しい。忙しいけどすごく楽しいんだ。
 ここを紹介してもらえてよかった。もうしばらくで辞めなくちゃいけないのは残念だな。

 そんなことを考えながら小沼の家に着くと、なぜかリビングにはソファでゆったりくつろぐ宇佐美悠がいて。あまり得意ではない悠との意外な場所での突然の邂逅に、俺は驚きと緊張で立ったまま石化してしまった。
「座ったら?」
「あ、う、うん…」
 そんな俺に、目を通していたらしい夕刊を横に置くと、悠のほうから声をかけてきた。
「二葉の卒業式以来だね」
 そう、二葉の卒業式。
 そのときはっきり言われた。二葉狙いじゃないって。小沼は自分がもらうって。
 …あれって、やっぱりそういう意味なのかな。
 ここにいま悠がいるってことは、すでに行動開始…とか?
「なになに忍、まだ悠と二葉のこと心配してんのー?(笑)」
 そんなことを考えてると、飲み物を持ってきた小沼が明るく茶々を入れてきた。
「俺と二葉…?」
 怪訝そうに訊き返す悠の声には、かすかだけど怒りがにじんでるようだった。
 でも、俺が気を取られてたのは小沼と悠のことで。
 鼻歌交じりに飲み物をテーブルに置いてる小沼をうらめしく思いながらも、とりあえず、小沼の発言だけは否定しとかなきゃと、焦って悠に向き直ったけど、
「…そんな心配は無用って、この前言ったよね?」
 すでに悠の不機嫌度は上昇中だった…。
「するだけ無駄って、言ったよね!?」(←言ってません)
「う、うん…」(←迫力負け)
「あーもーっ!! 悠っ、忍怖がらせてどーすんだよっっ!! 忍はおまえと違って繊細なんだからなっ。おまえの用は済んだんだから、もう仕事戻れば!?」
 突然俺の頭を自分の胸に抱き寄せてかいぐりかいぐりしだしたかと思うと、小沼は悠に向かって冷たくそう言い放った。
「こいつは?」
 …こいつ、とは、俺、ですね。(汗)
「忍はねーっ、」
 と、全くこの場の雰囲気を読まない小沼のいつものちょっと高めの可愛い声が、
「卓也がいないから久し振りにうちに泊まりに来てくれたんだっ、ねっ」
 俺に向かって笑顔全開のその「ねっ」の後にハートマークがついてそうな言い方が、
「じゃ、俺も泊まる」
 悠の導火線に火をつけたらしい…。
 ただでさえ迫力の視線が、いまは殺人ビームでも出しそうな勢いだ。
「えーっ? おまえ、仕事は?」
「今日はもう帰るだけだから」
「…あ、じゃあ、俺、帰ろうか?」
 言った途端、小沼は一層強く俺を抱きしめてきた。
 や、やめて小沼…っ。ゆ、悠が見てる…すごい目で…。
「えーっ? 駄目駄目!! 言ったじゃんっ、絶対忍に似合いそうなパジャマ買っといたって! あれ着ておそろいで写真撮ろうってばーっっ」
 …おそろい、なのか? しかも、写真って…。
 いや、そんなことよりもっ。
 二葉の卒業式での悠の言葉は本当だったらしい。(今頃確信)
 なぜなら、悠方面からとてつもない憎悪を感じる…感じるんだってば、まずいよ小沼。お願い、放して…。
 そんな泣きそうな俺の気持ちが通じたんだろうか。
 滅多にないナイスタイミングで、耳をつんざく笛の音とともにカード片手の二葉が現れた。
「キョウ!! 俺がいないからって、…イエローだっ、イエローっ!!」
 カード(レッドとイエロー2色)と笛。
 『対・一樹(防虫)用』って冗談かと思ってたけど、本当に持ってたんだ二葉。
 って、そんなことよりも!
 大騒ぎの末(なんて言っても二葉と小沼だから)、俺は小沼から解放された。
 とりあえず、これで悠に睨まれないですむ(はず)。…よかった。
 でも、ほっとしたらなんだか気が緩んだのかな。
 いつもなら絶対人前ではやらないのに、俺のほうから二葉に抱きついてしまった。
「なんだよ、もーっっ。二葉なんか忍と毎日会ってるくせにさっ。…これからだってずっと忍と一緒なくせにさっ。俺なんて、忍と会うのだって久し振りなのにっ…」
 だんだんと声に力がなくなってく小沼に、俺はちょっと思い出したことがあった。
 そうなんだ。小沼は、二葉がいるときといないときとでは、俺への接し方がちょっと違うって。
 小沼なりに二葉に遠慮してるって、一樹さんが前に教えてくれたんだ。
 どうしよう、もっと小沼の好きなようにさせてあげたい。
 でも、…悠が。
 そっと様子を伺うと、明らかにこっちを牽制してる。
 前に近所で飼ってた犬があんな感じだったよな。
 あんまり犬の種類って知らないんだけど…。
 ああでも、悠って犬っていうより………、なんて悠長に考え込んでる場合じゃなかった。
 な、なにかする気なのかな。悠の目が小沼を伺ってる…。
 二葉は気づかず俺をギュウギュウしてるし。
『18時間ぶりの俺の忍〜〜〜〜っっ!!』とか言ってるときじゃないってば。
 小沼のピンチかもしれないのにっ。
 そして、悠が動くかと思われたその瞬間、
 『チンっ♪』
「あっ、焼けたーっっ!」
 小沼はキッチンに走り去って行った。(…悠、石化)


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