(番外)天主塔騒動始末(4)
「・・・お〜い ・・・ 」
南領の境界のところで柢王は南の太子に追いついた。
案の定、南の太子は南領に入るにはいれず、空中でうろうろしていたようだ。
隣に並んだ柢王に、ふてくされたような嬉しいような視線を向け、ぷいと横を向く。
(子供(ガキ)め・・・)
笑いをこらえながら、柢王は懐から取り出した書状で、その横面を軽く叩いた。
「なにすんだ!」
「ティアから、炎王様への取りなしの書状だ。まあ、昨日の天主塔の騒ぎについては、今回限りはお前のせいじゃないから、堂々と持ってけ」
怒らせて、ようやくこちらに向かせた南の太子に笑いながら書状を渡してやる。
「・・・・・」
白い書状からは、ろくに別れの言葉も言わなかったやさしい恋人の、甘い香りがした。
どんなに困らせても、決して、自分を見捨てない、やさしい恋人の、肌の匂いがした。
「・・・なあ、柢王。俺って、ちゃんとティアの役に立ててると思うか・・・?」
桂花みたいに執務を手伝ってやる事も出来ない。・・・むしろ騒ぎを起こして問題を持ち込むほうで。
「・・・・・」
怒らせて、殴り合いの一つでもすれば元気でもでるかと思って挑発してみたが、書状を渡した瞬間にまた しゅんとなってしまった南の太子の意外な言葉に、柢王は眉をひそめた。
(・・・まったく どいつも こいつも・・・)
自分をわかっていない。
(・・・俺は桂花で手一杯だってのに、お前らのフォローまでやれってか?)
しかし、そこで突き放してしまえないところが柢王であった。
「・・・な〜にを弱気になってやがんだかな。お前はお前が出来る事をちゃんと見つけて一生懸命やってんじゃねーか。他の奴はそれぞれにやらせといていいのさ。色々手を出して一つのことも出来
ないよりは、一つのことしか出来ないほうがいいに決まってる。実際、お前はよくやってるよ。・・・そうだろ? 天界随一の功績を持つ、南領最強の武神将どの!」
そう言って笑いながら髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜてくる柢王に、やめろよといってその手を振り払いながら、南の太子は柢王に心底感謝した。
柢王は、どんなときも柢王の言葉で、柢王のやり方で、接してくれる。
自分が、本当に聞きたい言葉は、本当に聞きたい相手の言葉からでしかもらえないことを、わかっ
ているからだ。
「ちえ・・っ。ほんっと、お前は変わらないよな」
ティアや、自分に向けてくる、強くて、暖かいものは。
・・・ただ、その強くて暖かいものを向ける対象が、他にも出来ただけで。
自分に向けてくれるあたたかさの比重は昔から全く変わっていない。・・・ただ単に、柢王はそれを上回るあたたかさの比重を桂花に向けているだけなのだ。
最近、そういうことなのだな、ということを理解した。だから、わかっているのだ。・・・わかってはいるのだが、どうしてもそれが気に入らない。
しかし、それを気に入らない自分にも困惑するのだ。
(・・・俺って、欲が深いのかなあ・・・?)
ティアがいるのに。
誰よりも何よりも大事なティアが、自分を好きだと言ってくれた。
何よりも誰よりも 君が好きだ 大事だ と言ってくれた。
・・・好きで、好きでいてもらって、こんなにも幸せなのに。
なのに、なぜだか柢王は別格なのだ。
厳しいけれど、やさしい、父上と姉上。
額の角を見て、怖がるどころか、『強さの象徴だね』と笑いながら言ってくれたティア。
世継ぎの御子よ、と皆が腫れ物を扱うように触れてくる中で、一人だけ、普通の子供のように取っ組み合い殴り合いの喧嘩をしてくれた柢王。
父上と姉上とは血のつながりがある。
そして、ティアとは恋人になった。
でも
血が繋がってなくても
恋人じゃなくても
・・・とてもとても大事だ。
失いたくない大事な奴だ。
「・・・・・」
・・・その柢王が体を張って守り抜いている白い魔族。
柢王が、生涯の伴侶を選ぶとしたらどんな強烈な美女だろうかと、考えても想像つかなかったが、まさか、魔族を、しかも、男を選ぶとは思っても見なかった。
アシュレイが今まで見てきた どの魔族とも違う空気をまとう、きついまなざしをもって嵐の前にたたずむ鳥のような印象の魔族。
天界人の敵である魔族であるにもかかわらず、魔族にあるまじき凄まじい頭脳でもって、アシュレイには良くわからないティアの執務のあれこれをフルサポートしている桂花。
アシュレイに遠慮して直接言葉には出さずにいるようだが、ティアが桂花に感謝しているのは、何となくわかる。(・・・わかるから、腹が立って、突っかかってしまうわけだが。)
ティアが大事だ。
柢王も大事だ。
二人とも とてもとても 大事だ。
その大事な二人が、直接的に 間接的に 護ろうとしている桂花。
魔族は天界人の敵。
でも ティアや柢王を そして、自分の数少ない大事な人たちを傷つけないというのなら
けっして 害しないというのなら
それなら
「・・・(ちょっとだけ)認めてやってもいいぞ」
ぼそりとつぶやいた言葉をとらえ損ねた柢王がこちらを向く。
「何か言ったか? アシュレイ?」
「何も言ってねぇっ!」
聞こえなかったのをいい事に、南の太子はぶんぶん首を振って言葉を追い払った。
(んなもん、アッサリ言えるかーっ! 言ってたまるかーっ!)
「言うとしたら、あいつをいっぺん完膚なきまでギタギタにした後だっ! よし! 今決めた!」
「・・・なに一人で叫んでんだアシュレイ? 癇の虫か? 桂花が持たせてくれた薬でも飲むか?」
さっきから一人でなにやら 考え込んだり怒鳴ったりジタバタしている南の太子に、柢王が笑いをこらえている。少なくとも、元気にはなっているようだ。
「ぜってー飲まねえっ! そんなもん飲むくらいなら、八紫仙のジジイどもが持ってた丹慧堂とやらの得体の知れねー薬のほうが100倍ましだ!」
ついに柢王が吹き出した。
「アシュレイ、『丹慧堂』がどこにあるか、お前知ってんのか?」
笑いながら、どこかいたずらっぽいまなざしで聞いてくる。
「『丹慧堂』・・・なぁ? そういや老舗だとか何とかぬかしてたわりに、きいたことねえ名前だな。・・・知らねえな どこにあんだよ?」
その視線の意味をはかりかねながら、それでも好奇心から聞いてみる南の太子に、ますますいたずらっぽく笑う柢王が南の太子の目をのぞきこんだ。
「知りたいか?」
ひるみながらも慎重にうなずく南の太子に にやっと笑うと 柢王はさらりと答えを言った。
「東国の誇る花街のド真ん中だ。」
「・・・・・」
・・・花街。
天界最大の享楽の地。
そこにあるのは美と快楽。
明かりの点る軒を連ねる窓からは、艶やかな音曲と妙なる嬌声。
通りには美しく着飾り、しなをつくる客引きの美女美童・・・
その手にあるのは快楽をさらに昂ぶらせる 麻薬・媚薬・・・
南の太子の脳裏を猛スピードで駆け抜けていったのは、いつぞやの媚薬の花を持った美少年に言い寄られた後の顛末であった。
「は・ははは花街ぃ〜〜〜っ?!?!」
南の太子のあまりの驚きように柢王は空中で腹を抱えて笑っている。
「ははっ! お前が知らなくて当然だ! 顧客のほとんどは俺の親父みたいなジジイどもばっかだぜ。俺達はお呼びじゃないって! はははっ 俺だって麻薬の件で桂花が見つけなきゃ知らなかった店だからな。知る人ぞ知る、隠れた名店だぜ? しっかし、まあ、八紫仙の奴らが知ってたとは! いや、もう、あん時は、笑いをこらえるのに苦労した! はははっ」
「あ・あいつら〜〜っ! ティアにいったい何を飲ませようとしてやがったんだ!」
(↑注:顧客の信用第一がモットーの老舗だから、全部『滋養強壮剤』です。 by桂花 )
「安心しろ、薬それ自体は無害なもんだし、それに 一応手はうっといたから大丈夫だろ。」
・・・ちなみに、柢王がそれとなく流れるように仕向けた噂は、広まるうちに形を変え さまざまな尾ひれがついて、なぜだか
『八紫仙がわけのわからない薬を守天に無理やり飲ませたため、昨日は一時的な錯乱状態となられた』
などということになってしまっていた。
まあ、連日八紫仙が守天に薬を勧めていたというのは事実であったので、この方が皆が納得しやすかったというのもある。
しかしこの噂。広まりに広まって、霊界の閻魔大王の耳にまで届いてしまったのである。
・・・八紫仙の、ボーナス査定の項目に、マイナスの棒が引かれたとか引かれなかったとかというのは、また別の話である・・・。(←出るだけマシじゃん)