美しきチャレンジャー(1)
どうぞ、と綺麗な紫微色の手で、卓上に人数分の茶器が並べられた。
恋人と親友を加えての珍しい四人でのティータイムに、思わずティアの顔が綻ぶ。
守護主天の私室に面してこの中庭はあった。
全体の趣をティアの好ましいように整えられた、ごく私的なものだ。
碗を持ち上げて、香りをゆったりと吸い込む。
「…ああ、なんだかほっとするな」
「また無理してんだろ」
「昨日は夕食まで執務片手だったんですよ」
「メシはちゃんと食えって言ってるだろ!」
寄ってたかって案じてもらう照れくささを感じながら、
(特に怒った顔で睨んでいるアシュレイに)穏やかに微笑む。
「大丈夫。昨日は区切りのいい所まで一気にしてしまいたかっただけだから。 これでしばらくは息がつけ…」
ヒュッという 風を切る音が耳を掠めるのと、磁器の割れる音がするのと同時だった。
卓にどすっ! と大輪の白百合の枝が突き刺さる。
「賊か!?」
反射的に戦闘モードに入ったアシュレイと柢王が、無言の連携でティアを背にする位置に立つ。
桂花が碗の残骸を持って呆然と固まっているティアの肩を抱いて屋内へと走りかけたとき、聞き覚えのある太い声が降った。
「――控えおろう―――!!」
大音声を鋭く仰いだ全員が、そこに浮遊する二人と一頭の姿を見つけて目を疑う。
「この御印が目に入らぬか!! ここにおわす方をどなたと心得る、
畏れ多くも先の守護主天、ネフロニカ・フェイ・ギ・エメロード様にあらせられるぞ!!!」
思わず、「ははーっ!」とひれ伏してしまいそうな 北の毘沙王・山凍のさすがの迫力だったが、あいにく ノーリアクションだった。
四人の視線は、黒麒麟の背に横乗りになった人物に釘付けになっていた。
長いくるみ色の髪の麗人の額には、まぎれもないティアと全く同じ御印。
とても似合ってはいるが、意味不明にセクシーな衣服。
唖然としている四人の前に、優美な姿が降り立った。
背から貴人を降ろした孔明は、ため息をつくように首を一振りしてから背を向けた。
その人はオパールの瞳をそっと伏せ、呟くように
「今度の守護主天には少々がっかり…」
「なんだとっ!」
この暴言に、フリーズから醒めたアシュレイが斬妖槍を振り回して喰ってかかる。
「うん? また活きのいい…。君は?」
「俺は南領元帥、アシュレイ・ロー・ラ・ダイだっ! てめえ、ティアを侮辱する気か!!」
「ネフィー様、彼は南の太子です」
すかさず山凍が耳打ちする。
「へえ…そうなんだ。…ああ、ごめんね。言い方が悪かったのは謝るから、そんな おっかないもの向けないで」
いきなりキスをするような角度で体を寄せ、するっと腕を絡ませた。
「へ?」
面食らっているアシュレイに、花が咲くようににっこり微笑んでみせる。
「つまりね。君だって、大事な仕事を誰かに引き継いだら、そのあとの事が気になるだろう? うまくやってるかどうか、心配で様子を聞いたりしない? 私もね、引退はしたけど、こっちに残してきた事が心配で心配で…つい、見に来ちゃったんだ」
ふう、とため息をつく。
「でも、そうしたら、後任の執務ぶりときたら、いっぱいいっぱいなんだもの。これは黙って任せておくわけにはいかないなあ…って」
同意を求めるように小首をかしげてみせる。
「ティアは一人しかいないんだ。忙しいのは当然…」
「じゃあ何のために部下がいるの? 私はうまく使ってたよ。それも器量のうち。だろう?」
甘い容貌を裏切って、ネフィーは容赦が無い。
それでも むきになって反論の言葉を探しているアシュレイに、ネフィーはふいに声のトーンを柔らかくして訊ねた。
「…君は、南の太子だっけ。 実力が無いのに身分だけで元帥になれた?」
「そんなこと!」
「ないよね? わかるよ、とても強い闘気が感じられるもの…努力したでしょう?」
いかにもの理解の色を示して、アシュレイの目を覗き込んだ。
―――『たらし』―――という単語が、ギャラリーの頭をよぎる。
「私が言いたいのはそれ。誰でも生まれながらの身分にあぐらをかいてちゃいけないよねってこと。実力で勝ち得てこそ、お役目に自信も誇りも持てるんだって…君ならわかるだろう?」
くっつかれている場所から立ち昇る百合の香りに、アシュレイは鼻を掻いた。
「なんか…女に言われてるみてえ」
「うふふ。 よく言われるよ、女神よりも美しいって」
「仰せのとおりです、ネフィー様」
戦意の挫けたアシュレイにネフィーは調子付いたのか、目を輝かせて遠慮もなしにタッチしまくり、
「腕もすっごく堅いね。 ね、力こぶやって、力こぶ」
「え…え…?」
すっかり話が横道に逸れていることも忘れて、うろたえたりするアシュレイだ。
「アシュレイ!」
顔色を失ったのはティアだ。アシュレイは、年上の美人に弱い気がおおいにある。
ひったくって恋人を安全圏まで回収し、きっ! と睨みつける。
その視線の圏内にいるのに目を上げない山凍へ、心の中で中指を立てながら、とがった声を出した。
「…私にご不満というわけですか」
「俺も伺いたい。山凍殿。これはうちの父も知っていることなのですか?」
当代守天の問い掛けをさくっと無視して、ネフィーは援護射撃に出た柢王に目を留める。
「もしかして東領の――?」
「蒼龍王の第三王子です、ネフィー様」
「ああやっぱり。父子って、雰囲気が似るものなんだねぇ。彼……蒼龍王って、今どう?」
「おかげ様で。いまだ位に在って息災にしております」
語尾の怪しげなニュアンスに、柢王は警告ライトを灯しながらも答えたが、
「…ふぅん、お元気なんだ… 確かめに行っちゃおうかなー…」
くすくす笑いを漏らすネフィーに、ライトの色はオールレッドに変わる。
(食われてやがんのか、あのエロ親父!!)
父である蒼龍王が事態を知ったとしても、『取り巻き二号(一号=山凍)』になるだけかもしれない。
急に小さくなってしまった柢王を置き去りにして、改めてネフィーはティアに向き直った。
「というわけで。 このままじゃ君に後を託す気になれない。私に守護主天の座を返してもらえる? ティアランディア」
「心外です。確かに私は若輩ですが、先代の方にわざわざ出戻っていただくつもりはありません」
いきなり現れて、アシュレイになれなれしくしたと思ったら勝手な事を言い出す先代守天にカチンときて、きっぱりティアは宣言した。
まさか、ネフィーがこう返してくるとは予想もできなかったので。
「そう、それじゃあ、私を納得させたかったら、勝って証明するんだね。守護主天として私と勝負して、それで勝てたら認めてあげるよ」
「――勝負!?」
「よしっ! やってやれティア! 俺はお前を信じてるからなっ!!」
「…守護主天って タイトル制だったんですか?」
「おい…マジかって…」