美しきチャレンジャー(2)
「勝負ったって 実際どうすんだ」
「守護主天の力っていったら、やっぱ…手光か?」
「そりゃ、較べられるモンでもないだろ?」
ああだこうだと幼馴染みコンビが言い合い、ボス&秘書コンビが困惑顔を見合わせる横で、いきなり「お任せください!!」一声張り上げて、山凍は自分の両腕をざくっ! と思い切りよく切り裂いた。
ぷしゅぅううう―――――――っ! と水芸のように勢い良く血が噴き出す。
「山凍殿!」
驚いて近い方の腕に飛びつき、必死に手光を当てるティアに対して、ネフィーは艶麗な風情を崩さないまま 鷹揚に手をかざした。
間もなく、ティアが治療をした傷口は綺麗にふさがったが、片腕からはどくどくと出血が止まらない。
「守天殿の勝ちですね」
桂花の冷静な呟きに、ネフィーは
「うーん。手光ってメンタルなものなんだよねぇ。治療対象を心から愛しいと思わないと上手くいかないっていうか……そこの彼なんか、傷付いてたら癒し甲斐がありそうなんだけど…」
ちら、と婀娜っぽく柢王を流し見た。
笑った目の奥の、強い光にぞくっと背筋を震わせた柢王を、桂花が慌ててかばう。
「これはダメですっ! 実験台ならそこのサルを!!」
「誰がサルだっ!」
「バカだなぁ小猿ちゃん。君をそんな目にあわせるわけないよ」
沸騰しかけたアシュレイの頬を、ね? と人差し指で撫でてなだめるネフィーである。
(どうしてネフロニカ様には怒らないんだアシュレイ…!)
(……危険人物……!)
(…狙われてんのか俺っ!?)
ぐるぐる唸るティア、抱き合って青ざめる柢王&桂花、貧血でよろめく山凍をよそにネフィーは事を進行させる。
「アシュレイ、第二試合は何がいいと思う?」
「まあ当然、遠見鏡じゃねえ?」
「いいよ。何か見たいものがある?」
「俺はいい。俺じゃなくてアイツらが――」
そう言って視線を向けられた桂花の目が丸くなる。
「…誰か、ずっと探してるヤツがいんだろ?」
ぷい、と顔を背けるアシュレイに、柢王が抱きついた。
「アシュレイ!」
「なんだよ! 俺は、お前が魔族の用事で時間を取られたりすんのが嫌だから…!」
「優しいねアシュレイ」
「違う!!」
桂花が棒立ちになっている間に、ネフィーがどういう技か遠見鏡を中庭へ移動させてみせた。
「先にやってみる?」
ネフィーに促されて、ティアが頷いて桂花の手を取る。
「…守天殿…」
「姿を思い浮かべて。強く念じて」
真剣なまなざしに見つめられて、そっと目を閉じる。
李々…。信じられないほど強くて、綺麗で、なんでも知っていて。
燃えるような赤毛の、母親であり恋人であり師であり、全てだったひと。
突然消えてしまった大切な面影を想って、桂花はティアの手を握り締めた。
「……ダメだ」
「……」
しばらくの沈黙のあと、ティアが掠れた声で呟いた。
済まなさそうに見上げてくる守天の目を、自分でも思いがけない穏やかな瞳で見つめ返せたと思う。
「じゃ、次は私の番だね」
腕組みをして見ていたネフィーが肩に手を掛けてきた。
もういい、と桂花は言いかけたが、その瞬間に鏡に映った光景に息を飲んだ。
「李…」
赤い髪、赤い瞳、真珠色の肌。
浴室らしい湯気の中に立つ、一糸まとわぬ姿にこみ上げてくるものがある。
桂花が一歩踏み出そうとしたとき、鏡の中の李々が両手で手拭いの端を持って、体正面、縦にだらりと下げた。
そのまま両足をやや外向きに大きく開き、腰を落とし、手首のスナップを利かせ……
パァアアアアアアンッッ!!!
聞こえないはずの音が、遠見鏡から聞こえた気がした。
「―――桂花! おい桂花! しっかりしろっ!!」
「気をしっかり持って!」
(お、俺のせいか…っ?)
「これで一勝一敗だね」
後ろでは、ヒロイン座りで地面に手をついた桂花がはらはらと涙をこぼし、「とにかく、無事でいることはわかったんだから」と、もう絶対にネフィーと目を合わせようとしない柢王が悲痛な声で慰めていようとも「泣くほど感激してくれるなんて嬉しいねぇ」と、ネフィーはあくまで優雅に、女王然と微笑んでいる。
「次の勝負だけど…君が協力してくれる?」
「え? 何すんだ?」
気まずさを救われたようにアシュレイが振り返る。
「守護主天の必殺技v」
「って?」
「男殺しフェロモンvvv」
タックルしてきたティアに耳を塞がれて、答はアシュレイに聞こえなかった。
目を血走らせたティアがネフィーに詰め寄り、心話でわめく。
(なんの話をしてるんですか!!)
(勿論あっちのお手並み。レフェリーは小猿ちゃんがいいんじゃない?)
(そんな事、知りたかったら山凍殿にでも聞いてください!!)
(ハンデをあげるって言ってるのに…それじゃ私が勝つに決まってる)
(……私には、代々の守護主天のその手の記憶がありますが。それ程のものでいらっしゃいましたか?)
(……………………………………)
(………………………………………………)
ティアのバックに不死鳥が。
ネフィーのバックに銀蛇が。
殺気を吐いて立ち上がる。
守天 VS 守天。
自らの体で他者を傷付けられない二人の直接対決は、目を爛々と燃やした本人達はそのまま、背負ったモノがシャァアア!! と牙を剥き合った。
「すげー! なんて技だ?」
「ウケてんじゃねーよ!!」
「…守天殿…どうせ召喚するなら…マングースの方が…」
ふと、傍らの喧騒を、漆黒の神獣が首をめぐらせて見やる。
少し離れた所には、白い顔をした主人が倒れていた。
孔明は口を使って主人のマントの留め紐をほどき、体の上にかけ直してやると、それから足をたたんで本格的に昼寝の態勢を取ることにした。