投稿(妄想)小説の部屋

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No.472 (2002/11/07 23:17) 投稿者:花稀藍生

(番外)天主塔騒動始末(3)

 行ってしまった。
 振り向きもせずに。
 もはや影も形も見えないのに、桂花はバルコニーに立ち尽くしていた。
(・・・ばか・・・っ)
 柢王の興した風の名残が桂花の髪をかすめていく。
 急に寒くなったような気がして、桂花は首もとに手をやった。
「・・・・・」
 ・・・ふ と、風に甘い香りがまざった。
 隣にいつの間にか守天が立っていた。
 名残の風に吹かれながら、二人は黙って並んで、南の方角を眺めていた。
 守天がポツリとつぶやいた。
「・・・行っちゃったね、二人とも」
 ・・・置いてかれちゃったね、二人とも。と、言ってるようにも聞こえた。
「そうですね・・・」
 と、空虚に返事を返してから、桂花はふと気がついて守天を見た。
( 『・・・だって、憧れだったんだよ』・・・・・か。)
 この人は、幾度彼らの背を見送ったのだろう。
 胸に秘めた憧れとさみしさを 微笑で隠して、幾度一人で立ち尽くしたのだろうか。
 ・・・この人は、いつだって、置いていかれる立場にいたのだ・・・。
(・・・そうだったのか・・・)
 昨日の、南の太子の姿をした守天の、普段からは想像もつかないやんちゃぶりを思い出す。
 あれは、今の今まで守天の心の奥底に密かにため込まれていたものが、南の太子の体に入れ替わった瞬間に表面に湧き出した、守天の子供の頃からの、感情の発露であったのではないのだろうか。
 そう思えるのだ。
「守天殿・・・」
 何と言っていいかわからず、困ったように見おろす桂花に守天は笑いかけた。
「・・・仕事、しようか。桂花 手伝ってくれる?」
「あ、はい それはもちろん・・・」
 慌てて守天のあとについて執務室への扉をくぐった桂花は、あっけにとられて床を見た。
 執務机の上に残っていた書類が全て床になだれ落ち、床の上の書類の地層の上に更なる地層を作り出していたのだ。
「・・・守天殿・・・これは・・?」
 さらに惨状がひどくなった発掘現場を前に、桂花は立ちすくんだ。
「ごめん・・・片付けようとしたら、手が滑っちゃって」
 ・・・手が滑ったとしても、どうやったらあの広い執務机の隅から隅までの残っていた書類を下に落とせるというのか・・・
(ひょっとして、まだ、昨日の名残が残っているとか・・・?)
 二人が入れ替わってしまった原因(桂花の薬が原因ではなかったのであれば)は何となくだが分かっている。
 完っ全な『ストレス』だ。しかも、激務からではなくたぶんどう考えても、
(・・・どう考えても、サルの顔を長い間(←といっても二週間ちょっと!)見ることが出来なかったせいとしか思えない)
 積もり積もったストレスのベクトルが、南の太子に会った瞬間にねじ曲がってあのようなことになったのではないか というのが桂花の推論だ。(どうやって入れ替わったのかは、いくら考えても判らなかったが)
 ・・・かくなる上は、とっとと執務を終わらせて、守天自らサルに会いに行くしかない。
 しかし。
 桂花はちらりと執務室の惨状と、昨日一日で大量にたまっただろう新しい書類の枚数と、昨日の大
騒動における、被害件数とそれに伴う残務処理を思って額を押さえて首を振った。
(・・・一生かかっても無理かも・・・)
 それでも、守天が守天である限り、執務は続けなければならないのだ。 ・・・一昨日の、自分が退出した後で、きっと長い間一人で執務を続けていたであろう守天のことが思い出された。
(・・・自分は本当に役に立てているのだろうか・・・?)
 ぎゅっと目をつぶると、桂花は頭を一度振って守天に向き直った。
「守天殿、新しい秘書を入れられることをお勧めします」
「・・・どうして?」
「どうしてって・・吾では、守天殿の執務のお役に立てな・・・」
 みなまで言わせず、守天は桂花の両肩を掴むと怒ったような顔で聞いてきた。
「桂花、今日から50日前の北領の治水の件の嘆願書、あれからどうなったか憶えている?」
 いきなりの質問に面食らいながら、それでも桂花は間をおかずに答えを返す。
「天界地理院の水利担当部署にまわしまして、現在 民間の水利専門の3業者が利権について競合を行っている最中ですが・・・」
「じゃあ、花街で、「翠辿楼」の現在のナンバーワンは?」
「南領出身のバーリジャータ・フェアファックスだったと思います」
「花火として使う火薬の主要原料3つは何?」
「硫黄・硝石・木炭です」
 執務の話かと思えば、いきなり花街の話題を振られ、さらに全く関係のない火薬の話になるという守天の矢継ぎ早の質問に、桂花は戸惑いながらも簡潔明瞭に答えを返してゆく。
「南領の銀鉱山採掘において新しく開案された、画期的な採掘方法とは?」
「『上下二段横穴掘り』。下の穴を排水に使う分、深く掘り進むことが出来、従来の縦穴式では採掘不可能に思われていた鉱山が採掘可能になりました」
「それじゃあ、昨日言ってた、『西王母の桃事件』の終結までかかった期間は?」
 ・・・執務室の惨状に驚きながら、昨日のうちにたまった書類を抱えて入ってきた文官たちや、開け放たれた扉の前にいた戸口の兵士、たまたま通りかかった使い女たちが、守護主天とその秘書の問答に目を丸くしている。
 彼らにはその問答のほとんどが理解できないものだった。たまに、あ、これならわかると、考えているうちに桂花が間髪おかずに答えを返してしまい、彼らが答えを思いついた時にはすでに別の問答が行われているというありさまだった。
 質問の内容は、執務の内容から、時事問題、過去問題、美術関連問題、地理や、人界の慣習、
果ては機密にまで至る、多岐にわたるものだったが、桂花はそれを一つももらさずに正しい答えを返してゆく。
 ・・・五十以上にわたる質問とその回答を終える頃には二人とも息切れしていた。
「・・・うん・・ やっぱり、桂花はすごいよ」
 肩で息をしながら、守天がそれでも嬉しそうに笑う。
「・・・何が ですか・・・?」
「昨日も言ったよ?(小声→)桂花が来てくれるようになってから、これでも随分楽になっているって。 ・・・もう ね、桂花抜きの執務なんか、私には全然考えられない」
「・・・守天殿・・」
「・・・今までずっと一人でやっていたようなものだったんだ。一人で執務をして、一人で食事をして、
一人でアシュレイたちを待っていたんだ。・・・けれど、今は桂花がいてくれる。今まで、ずっと一人で待ち続けていたけれど、二人なら、きっと ずっと待てると思うんだ・・・」

 ・・・ひとりは さみしい。
 でも、おなじさみしさがもう一つあったならばどうだろう。
 さみしさと さみしさを 重ね合わせたら、きっと ほんのりあたたかいと思うのだ。
(・・・だって、さみしさというものは なにかを希求する感情だから。)
 のぞみ、もとめる感情が、つめたいはずはないから。

 守天はにっこり笑って桂花に手を差し出した。
「わたしの秘書は、桂花にしか勤まらない。頼りにしてる。これからもよろしく」
 差し出された手に桂花はとまどうように視線をおとし それからそっと差し出された手を握った。
「・・・こちらこそ、よろしくお願いします・・」
 重ね合わせたてのひらから伝わる互いのぬくもりに癒されるかのように、桂花は小さく微笑んだ。


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