投稿(妄想)小説の部屋

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No.471 (2002/10/10 22:13) 投稿者:花稀藍生

(番外)天主塔騒動始末(2)

 マントを抱え、息せきって入ってきた桂花は、戸惑うように視線をめぐらせた。
「・・・守天殿は?」
「執務室で書類を拾ってるぜ。」
「そうですか。では吾も執務に戻ります。あなたもお元気で」
 マントを押し付けるように渡し、身をひるがえして執務室に行こうとする桂花を、あわてて柢王は捕まえてこちらを向かせた。マントが床の上に落ちる。
「泣くなよ」
「泣いてなんかいません」
 怒ったように応える桂花は、確かに泣いてはいなかったが、顔をそむけたままで。
 つんとすましたような固い表情は、そのすぐ下にある脆いものを隠すための、桂花の精一杯の防御のように見えた。
「笑ってくれよ、桂花。覚えてる顔が泣き顔じゃ、俺は一日も人界にとどまっていられない」
「・・・・・」
 きり、と桂花は歯を食いしばった。
 ・・・誰が 泣いてなどやるものか。
 泣こうが、わめこうが、行ってしまうくせに。
「・・・傲慢なお人だ。貴方は・・・。・・・・・でも・・」
 だからこそ、この人に惹かれているのかもしれない。
 王子としての立場、元帥としての責任に、流されるのでもなく、突き進むのでもなく、ただ、自分の足で、自分の速度で歩いているこの人に。
 わがままも、忠告も聞いてくれるけれど、それでも自分を曲げないこの人に。
 ・・・自由であることを好み、他人に殆ど迎合せずに生きる魔族にはない、その、・・・強さに。
(・・・きっと、そういうこと・・・。・・・そう、それに、)
 泣いてすがれば簡単に意志や責任を放棄するような男に惚れるなど、桂花の矜持が許さない。
 だからこそ、思い知らされるのだ。
 自分の中の大半を占める存在へとなってしまったこの男。
《・・・天界人に惚れてはダメよ・・・》
 過去に何度も幾度も聞いた、桂花の中で、柢王とはまた別格の位置を占める、赤い髪をした美しく強い叡知の女の忠告・・・
(もう、遅いよ・・・ 李々・・・)
 ・・・失えば、きっと自分も生きていられない。

 誰よりも 何よりも 大切な あなた・・・

 こわばっていた桂花の体が、ゆっくりと力が抜けていくのが、掴んだ肩越しに伝わってきた。
「・・桂花?」
 顔を背けたままの桂花に、柢王はそっと呼びかける。
 桂花はうつむいたまま柢王に向き直ると、その体に腕を回してぎゅっと抱きしめた。
 ・・・柢王に負担はかけたくなかった。だから、笑えというのなら、いくらでも笑顔で送り出そう。
 頭ではちゃんとわかっているのだ。
 ・・・けれど、まだ笑えなかった。
 ・・・もう少し、時間が欲しかった。
 柢王の肩口に頬を押し付け、ものも言わずに桂花は ただ きつく きつく抱きしめる。
 こんな時、桂花は何も言わない。 言葉をつむごうとすると、感情が端からこぼれ落ちていってしまいそうになる。そうなると一人では立っていられなくなる。だから、何も言わない。腕の中にあるあたたかさだけが、桂花を支える確かな存在であるかのように、桂花は体と感情の全てでもってきつく抱きしめた。
「・・・・・」
 体の両側に下がっていた柢王の腕が上がりかけ、途中で逡巡するように止まった。
「・・・・・っ」
 桂花の体に回しかけた手を押しとどめるのに、柢王はかなりの忍耐と精神力を費やさなければならなかった。
 感情を押し殺すように、拳を、痛いほど握り締める。
 ・・・抱けなかった。
 抱けば、このまま離せなくなるのは、柢王のほうだった。
(・・・ダメだよな、俺は・・・)
 ・・・どんなに別れがつらくても桂花はその腕を離す。
 柢王の立場を痛いほどわかってくれている桂花だから、必ず離す。
 柢王の負担にならないよう、己の感情を完全に殺し、そして何事もなかったかのように腕を離して、微笑むのだ。
「・・・・・」
 ・・・こんな時、思い出すのは、決まって額に傷を負ったときのことだ。
 一人にするな、と泣いていたあの声だ。
 柢王は、桂花の髪にそっと頬を押し付け、瞳を閉じた。
(ごめんな・・・)
 信じろと言ったのに。
 寂しい思いばかりさせている。
 桂花の信頼と愛情に甘えてばかりで。
 そんな桂花に、自分は 何を返せるのだろう
 
 ・・・それは、時間にして数十秒の事だったが、柢王にはひどく長く感じられた。
 体に回していた腕をゆっくりとはずし、そっと体を離して柢王を見上げた桂花は、いつもどうりの桂花だった。
「・・・次に、戻ってきたときには、ちゃんと最初に『お帰りなさい』と言いますよ」
 紫水晶の瞳をまっすぐに向け、柢王に微笑んでみせる。
 無理をしているとわかっていても、それを感じさせない桂花の笑顔が柢王を安堵させた。
 柢王が一番好きな、綺麗な桂花だ。
「・・・最後までお前がちゃんと言えるかどうかは謎だけどな」
 どうして? と言いかけた桂花の唇をさっと奪い取ると、柢王は床を蹴って後ろ向きのまま、バルコニーの向こうへ飛んだ。
「俺が、真っ先に桂花にこーゆーことをするからさ」
 空中で柢王はいたずらっぽく笑う。
「・・・ばか・・! 早く仕事に戻ってください!」
 バルコニーまで走り出た桂花が上気した顔で手にしたマントを投げつけて怒鳴る。
「わかってる。お前も元気でな。じゃな」
 笑ってひらりと身をひるがえし、風を興すと柢王は一直線に蒼穹の門へと飛んでいった。


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