投稿(妄想)小説の部屋

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No.457 (2002/07/04 07:04) 投稿者:前田莉奈

愛のバランス 1

「貴奨…」
 慎吾は一言声をかけ、相手の目が薄く開くのをじっと見つめた。
 恐ろしいほど整った顔にゆっくりと表情が浮かぶ。
 熱が高いせいでこちらを見返す瞳が潤んでしまっていて、見つめられるとそれだけで尻がむずがゆくなってくる。

「ごめん、うなされてたみたいだから…」
 普段こんなに接近して会話などしないから間が持たなくて、慎吾は無理に起こしたことに言い訳めいた言葉を吐く。
「あぁ…今…何時だ?…」
 汗ばんで額に張りついた前髪をだるそうに掻きあげて訊いてくる。
「夜中の2時を少し廻ったところ……貴奨、喉乾いてない?」
 覗き込むように言うと慎吾の手の中にあったグラスを見た貴奨は「飲む」と素直に答えた。
 でもだるそうにしているのを見て、グラスを渡そうかどうか一瞬迷うとそんな俺の気持ちを見抜くように、いったん持ち上げかけた腕をゆっくりシーツの上に落とした。
「…? 貴奨?」
不思議に思って声を掛けると「だるい…」と一声だけ返ってくる。

「………」
 もしかして…ひょっとして…それは俺に飲ませろとか言うんじゃないだろうな? …黙ったままの貴奨は、じっと俺の顔を見つめてくるだけだ。
 無言の相手に悪いことをしている訳じゃないのに、じりじりと背中に嫌〜な汗をかいてくる。
「ただの風邪だろ…?」
「悪性のウイルスかもしれん…指一本動かすのも辛い…」
 …だから? …やっぱり俺に飲ませろって目で訴えてんのかよ?!
 いつもは人前では我慢している姿や努力の跡など決して見せない兄の妙な秋波に、次第に追い詰められる気分になって、自分の表情がだんだん渋いものに変わっていくのがわかる。
 貴奨のようなタイプは絶対自分から「飲ませてくれ」とか言わないんだよな〜と慎吾は心の中でひとりで突っ込みを入れる。
 相手が動くのを待っているか、動くように持っていく…今みたいに目で訴えて俺が動くのを待っているんだ…頼むというよりはお互いの距離を測りながら駆け引きするような大人のやりとりが、甘えているのかただ単純にだるいだけなのか…経験の浅い慎吾には掴みきれない。

 それでも体調が崩れているせいか体中から発するオーラはいつもよりもずっと柔らかいもので、厳しい兄に甘えられてもなぜだか怒れずうだうだ考えているのが次第に面倒になった慎吾は自分の手の中にあった水を貴奨の口に近づけた。
 無表情にも見えた貴奨の顔が、近づくグラスの中を見ながらゆっくりと唇を開いた。
 ちらりと覗く赤い舌が見えて妙にもぞもぞしてしまう。
 飲ませやすいようにと動いたつもりが、傾けすぎて少し貴奨の口元から水が流れ落ちてしまった。
「あ、ごめ…」
 慌てて誤りながらベッドヘッドのティッシュボックスに手を出すと、貴奨は渋い顔をして、つっ…と滴り落ちた水滴をぺろりと舌を出して舐め取るしぐさをする。
「馬鹿、正面から向かい合って飲ませようとするから遣り難いんだ。横に来て片方の手はうなじに当てろ。ゆっくりタイミングを図って飲ませれば簡単な作業だろ」
 こいつ…作業ときたか…本当にこの男は今、どれだけ色っぽい気配を醸し出しているのかわかっているんだろうか…正面にいるのだって充分怖いのにもっと側によってうなじに手を置けと、淡々と言う相手に、俺は呪いたい気分になってくる。
 う…こうなったらもうヤケクソだ!
 慎吾はずいっとベッドの中央まで上って貴奨の側に寄ると、
思い切って艶やかな黒髪に指を差し入れた。


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