投稿(妄想)小説の部屋

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No.445 (2002/06/05 23:51) 投稿者:花稀藍生

祝夜(1)

 ・・・柢王の母親からの使いの侍女達が置いて帰った品物の数々を見降ろし、桂花はため息をついた。
 二月に一回くらいの割合で、柢王の母親からの使いの侍女達十数人が手に手に品物を掲げ持って柢王と桂花の暮らす家にぞろぞろと現れるのだ。最初はこの光景に肝をつぶしたが、今では屋外で茶を振舞うぐらいの余裕は出来てきた。
 今日もそうして柢王と一緒に彼女達を送り出し、扉を閉めて振り向いた途端床に積み上げられた品々が目に飛び込んできて、げんなりとため息をついた、というわけだ。
 山海の珍味や、柢王の好物などの食料や衣服の類ならまだわかるが、宝石をちりばめた小箱や、豪奢な食器類、何反もの極上の飾り絹など、このシンプルな家屋のどこに置けというのか・・・
「・・・いつもながら、物量作戦と言おうか、人海戦術と言おうか・・・。あなたの母君は、息子がどういうところで暮らしているのかご存じではないのですか? このままじゃ、この家は品物で埋め尽くされてしまいます。」
「倉庫でも創るか?」
「そういう問題ではありません。・・・ああ、母君からの書状をこんな所にほったらかしにして。封も開けてないじゃないですか。」
 桂花はあきれたように柢王に書状を渡した。
 美しい文字の連なる母親からの書状は、最初は脅しあり、情に訴えありの、とにかく桂花と別れて帰ってこい一点張りの内容だったが、強情な所は誰に似たのか。片時も桂花を傍から離さずに二人で生活をはじめてしまった柢王にさしもの母親も匙を投げたのか、はてまた小言を書き尽くしたのか。最近の書状の内容は近況報告になりつつある。こっちのほうが百倍もおもしろい、とは柢王の言だ。
 片付けは桂花に任せ(というより手伝おうとすると邪魔だと追い払われた)、寝台に寝そべって母親からの書状を読んでいた柢王が顔を上げて桂花に言った。
「桂花、紗莉って憶えてるか? 彼女結婚するらしいぞ」
「彼女が?」
 片付けの手を止めて桂花が振りむいた。
「彼女の事は憶えてますよ。・・・いいえ。あの時のことは、吾は一つとして記憶にないのですけれど」
 片付けを一旦放棄して、桂花は寝台の端に腰を下ろした。
「・・・ああ、あの時は、お前意識全然なかったみたいだもんな。ほとんど夢遊病者みたいな感じだった」
「・・・聖水を飲むなど、もう、二度と経験したくありません」
 桂花の声に苦いものが混じった。
 柢王は起き上がって桂花を抱き寄せる。
「おれも、二度とお前をあんな目にあわせる気はないな。・・・それにしても、あの時には彼女に迷惑かけたからな〜。そーか、結婚するのか」


 ・・・聖水を飲まされ、桂花が昏睡状態に陥ってから数日が経つ。
 蓋天城の庭園の片隅にある離宮の一室の寝台の上で、桂花は横たわっている。
 もともと天界人よりも低い体温は、今は冷たくさえ感じられるほど低くなっている。呼吸も弱々しく、核の鼓動もひどくゆっくりとしたものになり、通常の半分以下の回数も動いていない。
 身体の代謝機能を極端におとすことにより、聖水が全身に浸透する事を喰いとめているという事実はわかるのだが、しかしこの状態がいつまでも続けば、桂花はいづれ本当に死んでしまうという可能性があるということも事実だった。

 蓋天城の離宮の一室で、桂花はただ一人眠っている。
 天主塔からの呼び出しで、柢王はその場を離れていた。
 離宮の窓や扉には、『人』だけが入れないように柢王が特殊な結界を展開させている。
 回廊を隔てて美しくととのえられた庭や四阿が見える開け放たれた窓から、さわやかな初夏の風が入って、桂花の髪を揺らした。
 桂花は、身動き一つせず、ただただ死人のように眠り続けている。

 ふと、開け放たれた窓のむこうで、微かな物音がおこった。
 砂利がこすれるような音と、重いものを引きずるような音だった。
 さわさわとさざめくような音も聞こえる。
 さわさわ さわさわ さわさわ
 さわさわ さわさわ さわさわ
 音は次第に近づき、窓の下までたどりついた。
 ・・・やがて、開け放たれた窓の桟の上にひょっこりと小さなものが姿をあらわした。
 それは、小さな葉をつけた、一本の緑色の蔓だった。
 緑色の細い蔓は、桟を乗り越えると床に伸び、するすると蛇のように這い進むと、真っ直ぐ導かれたかのように桂花の眠る寝台にたどりつくと、敷布を伝って寝台に這い上がり寝具の上に出ていた桂花の手に小さな蔓先で接吻のように触れた。
 桂花の手がぴくりと反応する。
 蔓はゆっくりと桂花の腕をたどり、そして上腕部の内側の一番皮膚のやわらかい所にたどり着くとその蔓先を押し付けた。
 ・・・不思議なことがおこった。
 蔓先が桂花の皮膚に溶け込んだのである。
 その瞬間、桂花の瞳が薄く開いた。
 そして、血の気を失った唇が震えながら、音なき声をつむぎだした。
(・・・来よ)
 窓の下の気配がさわさわと動いた。
(来よ)
 窓の下の気配はじょじょに膨れ上がりながら、立ち昇って来る。
(・・・吾は、ここにいる・・・!)
 瞬間、窓の下の気配は一気に膨れ上がると、室内に雪崩れ込んだ。
 蛇のようにうごめき、窓わくいっぱいにあふれかえりながら、鉄砲水のような勢いで桟を乗り越えて入ってきたのは、小さな葉をつけた、何百条何千条というおびただしい数の緑色の蔓であった。
 さざめくような音を立てながら、次々と蔓たちは桟を乗り越え、壁を伝って床に這い、さらに伸び上がりながら、瞬く間に部屋全体をおおってゆく。
 床に、壁に、天井に伸び上がり、高い天井から垂れ下がった何百条何千条というおびただしい蔓は絡み合い、天井と床の中間で蜘蛛の巣のように張り巡りながら、部屋の中央の寝台に眠る桂花の細い肢体にその蔓先を向けた。

 離宮の回廊が見える庭園の小道を、一人の侍女が小走りに駆けてくる。
 初夏の風に似合う夏物の涼しげな浅黄色の単衣は先日支給されたばかりのものだ。
 長い裾が風にふわりとひらめく。
 朝方に雨が降って柔らかくなった土を踏み、裾に泥が跳ねないように後ろを気にしつつ走る足がふと止まった。
 侍女の前の土の上に、緑色の巨大なものが横たわっていた。
「ひ・・・」
 蛇、・・・ではない。こんな巨大なものは東国には存在しない。
 では、これは なに?
 さわさわ さわさわ さわさわ
 侍女は口元に手をやった。ゆっくりと一歩さがる。
 朝方の雨で水分を含んでやわらかくなった地面をえぐり、泥にまみれながら、何百条何千条という蔓が、伸びながら這い進んでいる。
 植物である緑色の蔓が、まるで意志を持つもののように這い進んでいる。
「・・・・!!!」
 侍女は信じられないものを見たもののように、かたかたと震えながら、それでも荒らされたように伸びでた蔓の先を視線でたどり、庭に面した離宮の窓枠いっぱいに張り巡りうごめいている緑色の蔓の群生を見た。
「・・・・・!」
 小柄な侍女は悲鳴を必死に飲み込むと、動揺を押し殺し、じりじりと後ずさるとぱっと身をひるがえし、逸る足で柢王を探し出すために本宮へ向かった。
 ・・・果たして柢王は離宮へ続く回廊を戻ってくる所だった。
「柢王様!」
 血相を変えて庭から走ってくる侍女に何事かと足を止める。
 走り寄った侍女は回廊の手すりにぶつかるようにしてすがりつくと、あたりを見回して他に他人のいないことを確かめてから、息を整えもせずに小さな悲鳴のような声をあげて柢王に告げた。
「・・・離宮が・・・!」
 その言葉を聞くなり柢王は離宮に向かって走り出した。
 はしたなくも手すりを乗り越えて回廊におりたった侍女が慌ててその後を追いかけた。


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