投稿(妄想)小説の部屋

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No.438 (2002/04/21 21:41) 投稿者:花稀藍生

天主塔の頭の痛い一日(12)

 寝室の隣の部屋の長椅子で桂花に膝枕してもらいながら、柢王はうとうとしつつも桂花の白い髪を指に絡めてもてあそんでいる。
 二人が目覚めたら、ちゃんと起こしますから、と桂花が言っても柢王は笑って桂花の髪を離さない。
「朝のことだけどな」
 困ったように見下ろす桂花の髪の一房に唇をおとし、桂花の瞳を下から覗き込むようにして柢王が言った。
「・・・・?」
「俺が、桂花にこれ以上なにを望むんだっていってた事」
 桂花はわずかに息を呑み、何かに耐えるようにその形のよい眉をひそめ、小さく首を振った。
「・・・柢王、そのことは、もう忘れてくださ・・・」
「全部だ」
 断ち切るような、力強い声だった。
「怒ってる桂花も、こんな姿を見せたくないといってる桂花も、全部俺は欲しいんだ」
「・・・・・」
 笑いかける柢王に、桂花は一瞬泣き出しそうな顔を見せた。
「・・・桂花?」
「・・・そんなものは見せたくない」
 柢王の、まっすぐに人を見るその瞳が桂花は好きだった。
 ほかの天界人とは違い、魔族の桂花になんのまじりっけもない瞳で笑いかける。
 その瞳が桂花は好きだった。
(・・・けれど・・・)
 激しい感情の発露に時折あらわれる、魔族特有の本性・・・
 天界人とは相容れない、その、異形の、カタチ。
 ・・・いつか、この瞳が魔族の本性を厭う日が来るのかもしれない。
 ・・・この瞳を、失う日が来るのかもしれない。
 ・・・・・・失えない。
 ・・・失うのが怖い。
 ・・・怖い。怖い。・・・怖い。
 けれど、失うのであれば、せめてほんの少しの美しい思い出として、記憶の片隅にでもありたい。
 だから、貴方には
「・・・綺麗なものしか、見せたくない・・・」

 悲しげな表情のまま、桂花は口を閉ざしてしまった。
「・・・・・」
 柢王はゆっくりと起き上がると、桂花の身体にそっと腕をまわして抱きよせた。
 されるがままに引き寄せられ、肩口に頬を預けたまま身体をかたくしている桂花の背を、柢王は一定のリズムでやさしく叩く。
 ・・・とん・・・ ・・・とん・・・ ・・・とん・・・ ・・・とん・・・
 背を打つリズムはただやさしく、桂花を抱く腕はあたたかかった。
 柢王の体温につつまれて、背を、一定のリズムでやさしく叩かれているうちに、桂花はふっと自分の身体から余分な力が抜けていくのがわかった。
 ただ、抱きしめられているだけなのに。
 やさしく背を叩かれているだけなのに。
(ああ、・・・そうか・・・)
 このリズム。
 ・・・これは、鼓動だ。
 柢王の、生命のリズム。
 ・・・そして、これは、母親が幼子をあやし、寝かしつけるリズムだ。
 小さく桂花は吹き出した。
「・・・あ、あなたに、あやされるなんて夢にも思いませんでした」
 笑い出すと、止まらなくなった。
 小刻みに身体を震わせて笑う桂花に、柢王は背を叩く手を止めると、いきなり桂花もろとも長椅子に倒れこんだ。
「柢王?」
 柢王の上に倒れこむ形となった桂花が柢王をのぞきこむ。
「やーっと、笑った」
 楽しげな瞳が目の前にあった。
「俺の知っている綺麗な桂花だ」
「・・・・・」
「でも知ってるか、桂花?怒ってるときのお前って、西国の水域にしかない月夜に咲く水棲植物みたいに、白い血の色がさっと肌にのぼって、ふわっと光るんだ。・・・思わずその場に押し倒したいくらいソーゼツに綺麗なんだぜ。」
 知らないだろ? と身体に回された腕の力が少し強くなった。
「そんなもの見せたくないってお前は言うけど、俺は何度だって見たい。・・・それに、まだまだ俺の知らない桂花がいっぱいいるみたいだしな」
「・・・?」
「アシュレイと激突してる時とか、ティアと書類の内容で検討しあってる時とか。俺のときと、やっぱり見せる顔が微妙に違うんだな。それを見るのが俺は楽しい。・・・全部、綺麗だからな」
「・・・南の太子殿と怒鳴りあってる吾が?」
「種類の違うネコ科の獣がじゃれてるようで見てて楽しいぞ」
 こっちは命がけです! という桂花の言葉は笑って流された。
「全部、好きだ」 
  額を、こつんと合わせて、柢王が笑いながら言う。
「・・・けど、まだまだ、これからってとこだな」
 知らない桂花が多すぎるみたいだからなと笑う柢王に、桂花は少し眉をひそめ、柢王の両肩に手をつき、獲物を見下ろす美しくしなやかな獣のように柢王の上に半身を乗り上げた。照明を背後に逆光でおぼろになった桂花の輪郭の中で、紫色の瞳だけがきらめいている。
「・・・傲慢なお人だ。吾のすべてを暴き出すつもりですか?」
 挑むように見下ろす美しい異形の姿を、柢王は讃美と笑みでもってまっすぐに見上げた。
「全部さ。お前は俺のものだろ?」
 どこかからかうような声で柢王は笑いながら言い、片腕を桂花の身体に巻きつけ、もう片腕を伸ばして桂花の髪をゆっくりとなだめるように梳いた。
「・・・・・」
 魔族として生まれた自分を呪った事は一度もないけれど。
 自分でも時折嫌気がさす、この異形の姿を
 それでも、この人は好きだと言ってくれるのだ・・・・
「・・・バカな事を言ってないで。もう、寝てください」
 屈託なく笑う柢王に桂花は降参の証に、上身をかがめると、まぶたに唇を落とした。 
(・・・あなたには、何一つかなわない・・・)
 
 二人が起きたら必ず起こせよ、と言うなり桂花を抱きしめたまま、すとんと眠りに落ちてしまった柢王の寝顔に桂花はそっと触れる。
 眠りを邪魔しないように、羽毛よりもやさしく輪郭をたどり、髪を撫でる。
 その指先で、全て憶えておこうというかのように真摯に触れる。
「・・・・・」
 全てでなくてもいい。
 永遠でなくてもいい。
(離さないで・・・)
 ・・・自分を抱きしめる腕
 ・・・まっすぐに笑いかける瞳
 それがたとえ永遠に失われる日が来るとしても。
 いま、この瞬間だけは、
(この人は、吾だけのものだ・・・)


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