COOKTAIL NIGHT 〜JAZZ Night 2〜
沈黙が心地好いと、そう感じられる相手はこの世に一体何人いるのだろうか・・・。
ぽつりぽつりとささやかな言葉を交わしながら、絹一は空になったグラスを両手で包んだ。無意識になされたその行動に、隣に座った男がいち早く反応する。
「まだ飲むか?」
僅かに甘さを含んだテノールに、絹一はゆっくりと微笑を向ける。
「・・・そうですね。」
今夜はなんとなく酔ってしまいたい気持ちが強い。
それはこの店の雰囲気のせいなのか、それとも隣の男のせいなのか・・・。どちらにしろ、この甘やかな気持ちに逆らうつもりはなかった。
「それじゃあ、おなじものを。」
自分でオーダーするつもりは無いと言外に語った絹一の態度に、鷲尾は頬を撫でることで答えた。指の背で目元から顎までを辿った後、その指でカウンターの向こうに合図を送る。
それに気付いたバーテンが口を開くより一瞬早く、二人の背後から声が掛けられた。
「お二人とも、相変わらず仲睦まじい様でなによりです。・・・少し妬けますが。」
振り返らずとも判るからかい気味の声の持ち主に、鷲尾は眉を顰めながら視線を投げた。
「俺たちに構ってる暇があったら仕事しろ、仕事。」
「大切なお得意様に、支配人自らオーダーを取りに来ているんですよ?」
これは立派な仕事です。と一樹はとっておきの・・・しかし、それ以上にワザとらしいビジネス・スマイルを浮かべた。
「だったら余計なこと言ってないで、さっさとオーダー取ってあっち行け。」
鷲尾の追い払う仕草付きの科白さえ意にも介さず、一樹は絹一の肩に手を添えた。
「お客様との会話も大切にしているだけです。ねえ、絹一さん?」
先程の親密な距離を呼び戻すような問い掛けに、絹一はうっすらと頬を染める。その様を見た鷲尾の目つきが僅かに鋭くなるのを、一樹は見逃さなかった。
「今夜の雰囲気に、そんな怖い表情は似合いませんよ。折角のJAZZ Nightです、もっとゆったり寛いで下さい。」
「このお店でJAZZなんて珍しいですね、どなたかのリクエストですか?」
不機嫌なオーラを出し始めた鷲尾に代わり、絹一が話の矛先を逸らす。一樹の話を受けながら、さりげなく鷲尾を背に隠す・・・そんな細やかな心遣いに気が付かない振りをして、一樹は絹一の髪に指を伸ばした。
「いいえ、俺がそんな気分だったんです。アナログの、僅かな傷に針が飛ぶ・・・そんな瞬間に人恋しさを覚えるような・・・」
少し伏せられた瞼に何とも云えない憂いを乗せて、一樹は静かに微笑んだ。
「・・・分かる気が、します。音楽や絵画・・・芸術作品には不思議な威力がありますものね。」
溜め息と共に絹一の唇から転がり落ちた言葉に、一樹の瞳が明るさを取り戻す。指に絡めた黒髪に軽く唇を触れさせると、すっと姿勢を正した。
「さて、では真面目に勤労するとしますか。お二人とも、同じものでよろしいですか?」
「ああ、絹一は同じものを。俺は・・・そうだな、芸術に敬意を表してMartiniにするか。」
鷲尾がオーダーをするとカウンターの中から、今まで会話に参加していなかったバーテンの男が話しかけてきた。
「パパ・ヘミングウェイなら・・・。」
「当然、ドライだな。」
その続きを引き受けて鷲尾は口元でニヤリと笑い返した。