投稿(妄想)小説の部屋

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No.425 (2002/03/21 22:54) 投稿者:花稀藍生

天主塔の頭の痛い一日(11)

 ・・・今日はめづらしいものをよく見る日である。

 とっぷりと日が暮れた天主塔の執務室で、烈火のごとく怒り狂って怒鳴る天主塔の主と、一言の弁解もなく首をうなだれて(←しかも何故だか床に正座している)南の太子の姿。
「はいはい、見世物じゃないぞ。散った散った」
 執務室の扉の前の、黒山の人だかりを柢王が手を振って追い払う。

 守天の怒りの原因は、もちろん大騒ぎの原因となった、修練場で『華焔咆』などという、大ワザを
ぶっ放した南の太子の軽率さに対するものだろうと天主塔の誰もが思ったが、日ごろの南の太子に対する、天主塔の主の態度を知っている者の中には、首をかしげる者もいた。
「南の太子様に、あそこまで声を荒げてお怒りになられるなんて・・・」
「ほんとう・・・おめずらしいこともあるものですわね・・・」
「・・・あれは、本っ当に、相っ当〜にお怒りの様子ですわね。くわばらくわばら、ですわ」
「おお・・・恐ろしい・・・今頃人界に天災が起こっているかも知れませんわね」

 もちろん、天災など起こっているはずもなく、当たり散らそうにも、暴力を振るえない守天の姿の南の太子は、考えつく限りの罵詈雑言を、南の太子の姿の守天にぶつけている。
「・・・悪態というのは、言葉が低レベルであればあるほど腹が立つものですが、あまりにも語彙が貧しくていらっしゃる。(その『ばかたれ』という言葉使うのこれで通算十五回目・・・)」
「なんだとっ! ・・・桂花っ! てめえもてめえだ! 何をぼんやり見てやがった!」
 柢王に茶を差し出していた桂花にも詰め寄る守天の後頭部を、柢王がまたしても盆でぱかーん! と張り倒す。
「馬鹿言え、アシュレイ。あの時、桂花がとっさの判断で周囲に風の壁を張り巡らせて、炎の大半を上空に吹き上げるようにしたからこそ、被害があんな最小限ですんでいるんだぞ。あの後もティアやお前の代わりに事後処理を一手に引き受けて走り回ったんだ。文句をいうな」
「うぐぐぐ〜」
 結果として軽傷者ばかりであったので、備蓄の聖水で事は足りたのであったが、間接的とはいえ、桂花に借りを作る羽目になってしまった南の太子としては、悔しいやら、情けないやらである。
「まあ、気を落ち着かせて茶でも飲めよ」
 怒鳴り続けてのどの渇いた守天は、柢王がさし出した大ぶりの茶碗をひったくるようにしてとり、一気に飲み干す。
「・・・? ・・・っうわ、苦っ! なんだこの茶! 出すぎだぞこれ。だいたひだにゃ、・・・? ・・・れれれれ?」
 茶碗を桂花に投げ返し、文句をつけようとした守天のろれつが急にあやしくなった。
「おっと」
 二、三度瞬きしたまぶたがすうっと閉じられ、重心が崩れて後ろに倒れそうになった守天の体を、柢王が支えてそのままひょいと抱き上げる。
 超即効性の睡眠薬を盛られた守天は、すうすう寝息を立てて眠っている。
「・・・この人も用心が全然足りませんね・・・変な味がしたら、飲まないでしょう、普通」
「一丁上がり・・と。いいじゃないか、こいつの単純さのおかげで、よけいな手間が省けたんだ。おいティア、こいつをこのまま寝台に連れて行くからお前も来いよ。昨日と同じ状況にしないと元に戻らないかもしれないんだろ? ・・・おい、ティア?」
 床に正座し、うなだれたままの姿勢の南の太子は返事をしない。桂花が近寄って覗き込み、なんともいえない顔で柢王を振り返って言った。
「・・・寝てます」
「・・・大物だな」
 柢王が天井を仰いだ。
「桂花、そいつを起こしてつれてきてくれ。なんなら、暴力にうったえてもいいぞ」
「ちょっと、柢王?」
「早くな。」
 守天を抱えて寝室に向かった柢王の後姿から、床に正座して眠りこけている南の太子に視線を移し、桂花は困ったように首をかしげた。
(・・・暴力、といわれても・・・)
 できるわけがないので、桂花は肩を掴んで揺り起こす事にした。
「守天殿、起きてください」
 応答なし。
「・・・・」
 しばし考えた後、桂花は南の太子の耳元に口を近づけると、低い、しかしはっきりした声で、言った。
「守天殿、仕事してください」
 がばっと赤毛の頭があがった。
「・・・え? どれ? どの書類?」
 寝ぼけ眼のまま、きょろきょろと首を振る。
「守天殿、寝室でお休みください。アシュレイ殿は先に行かれておりますから」
「・・・ああ、桂花。・・・アシュレイの技って霊力をすごく使うんだね。あんな大技を何回もやって戦ってるアシュレイってやっぱりすごいね。・・・あんなに大変なものだって思わなかったよ。・・・ああ、でも今日は・・・」
 ・・・なんだかとっても楽しかった・・・と、目をこすりながらそこまで言って、そのまま桂花の肩によりかかってまた眠ってしまう。
 いとものんきに幸せそうな顔をしてすうすう眠る南の太子に、桂花は降参したように長いため息をついた。
(・・・だめだ、これは・・・・・)
 これが、外見だけでなく、中身も正真正銘南の太子であるのなら、桂花も踵落としの一つもくれてたたき起こしもするが、中身が恩も義理もある守天では桂花は手が出せない。
 仕方がないので桂花は南の太子の体を抱き上げると、寝室へと運んでいった。

 守天を寝台に寝かせて室内履きを脱がせていた柢王は、南の太子を抱えて寝室に入ってきた桂花の姿を見て小さく笑った。
「・・・滅多にお目にかかれない光景だな。眼福、眼福」
「・・・何が眼福ですか。変なこと言わないでください」
 顔をしかめた桂花に笑って近づき、柢王は腕を差し出す。
 柢王が南の太子を受け取ろうとしているのかと思った桂花は、南の太子ごと体を引き寄せられ、声をあげる暇もなく唇を奪われた。
「・・・・・っ」
 気付いたときには南の太子の体は、いたずらっぽく笑う柢王の腕に移っていた。
「!!!!」
「怒るな怒るな。二人が目を覚ますぞ」
 さっさと寝かしつけて寝具を二人の肩口まで引き上げてやった柢王が、かたわらで立ち尽くす桂花を引き寄せて耳元でささやくと、そのまま肩口に顔を埋め、寄りかかってきた。
「・・・ちょっと、柢王。こんな所で遊ばないでください。」
 しかし柢王はお構い無しに桂花に寄りかかってくる。
「て、柢王? ・・・・重いっ」
 重みに桂花がよろける。倒れかかったところで柢王が気づいて体勢を立て直したが、桂花の肩口に顔を埋めたまま、一言。
「・・・すっげー 眠い・・・・」
「・・・・・・・」
 本気で眠そうな柢王の背に桂花は腕を回しながらそっと聞く。
「・・・柢王、聞きそびれていたんですけれど、あなたは何時帰ってらしたんですか?」
「ん〜〜お前が目を覚ます10分前ぐらいかな・・・・」
「眠ってないってことじゃないですか!」
 他人の寝室で、しかも眠っているものもいるので、叱る声も自然ささやき声になる。
「しょうがないだろ。・・・早く会いたかったんだからよ」
「・・・・・」
 自分の前ではよく寝るくせに。
 親友のためには自分の睡眠を平気で犠牲にしてつきあってたくせに。
(・・・でも・・・)
 そういうことは言わないでおく。
 ・・・嬉しかった。
 ただ、すなおにうれしいと思った。
「あなたって人は・・・」
 桂花は柢王の背に回した腕に力を込める。
「ほんとうに、あなたって人は・・・・」
 しかるように言いながら、桂花は幸せそうに柢王の肩口に額を埋めた。


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