思い乱れて…
1 【異変】
「忍、ここに来て」
最近の一樹さんは少し変だなって思う瞬間。
膝の上に座らせられて、しばらく彼の体温に包まれて大人しくしてると
「ありがとう」
そう言って一樹さんは俺を解放してくれる。
「このところ、こんな日が続いてるんだ」
それとなく二葉に話してみた。
香港に彼がいるんだから、気持ちは落ち着いてきているはずなのに。
「ああ、俺も少し気になってたんだ」
「えっ? 二葉も一樹さんの膝の上に…」
「ばーか!! 一樹が俺にそんなことするわけないだろう」
そうでした。今じゃ、二葉のが一樹さんより背が高いしね。
「じゃあ、二葉が…」
「おまえなぁ、一樹が絡むと、どうしてそう冷静さに欠けるかな?」
一樹さんのことになると冷静になれない…か。そうだね、二葉。でも心配なんだ。
みんなと一緒に騒いで笑っている一樹さん、なのに、どことなく寂しそうに見えてしまうのは俺だけなのかな?
最初に好きになった人だから?
今でも憧れの気持ちをもってる人だから?
それからはローパーで意識的に二葉と距離をおくようにしている俺。
離れている恋人を思い寂しいのなら、俺達を見るのが辛いんじゃないかな…なんて、俺は俺なりに考えての行動だったんだけど。
二葉は怒ったよ。
『30にもなる男が俺達に嫉妬して変なちょっかいなんてだすはずねーじゃん。それに一樹ならそんなことする前に香港から奴を呼んでると思うぜ』
でも……
「忍、二葉と喧嘩でもした? それとも俺に気をつかってるのかな?」
さすがに一樹さんは鋭いな。
「俺がきみをかまうのはね…きみがお気に入りだから」
そう言うと片手でさっと俺を引き寄せ、一瞬で俺は一樹さんの腕の中に包み込まれてしまったんだ。
ほのかに香るバラの香り…この香りに何度も安心させられたっけ。
近づいてくる一樹さんの顔にそんなことを思い出していた。
やっぱり俺、一樹さんのこと…好きなのかな。
そのとき暖かな風が唇にかかって現実に引き戻されたんだ。
「かっ、一樹さん!!」
「ふふ、冗談だよ。でもね、お気に入りっていうのは本当のことなんだけどな」
「…何か、あったんですか?」
その言葉に困ったような笑みを浮かべた一樹さんに、俺は『しまった』と思い謝った。
だって、俺なんかが言う言葉じゃない、そう思ったから。
『城堂さんに似てくる彼を見ているのが時々辛くなる』
一樹さんはそう言った。
『仕方ないよね、血が繋がってるんだから』
とも。そして
『きみにはごまかしがきかないね』
と…。
最近、香港に行かないのも、電話をしないのも、寒くなるとべたべたする癖がでたのも…全てそれが原因? だけど、俺にはなんの解決策も見つからない。
「ふ〜ん。一樹がそんなこと…」
「どうしたらいいと思う?二葉」
「一樹は子供じゃないんだぜ。あんまり一樹の話しばっかしてると俺、嫉妬で何するかわかんねーぞ」
そう言うと二葉が俺に覆い被さってきた。
「ふっ、二葉ってば!!」
「卓也にまかすんだな」
「卓也さんに?」
「ああ、うすうす気付いてるはずだぜ。それより、なぁ忍…きょうは俺のこと心配してくれよ」
そう真顔で言う二葉に俺は黙って目を閉じ身体をあずけた。
二葉には悪いと思いながらも、頭の中は一樹さんのことでいっぱいのまま…。
2 【落涙】
閉店後は卓也とグラスを傾け、他愛ない会話をする。
忙しさで忘れていた虚しさがほっとしたのと同時に訪れる時間。
「また忍にちょっかいだしてるんだってな」
「なに? やきもち?」
グラスの中の氷をまわしながら冗談まじりで卓也の顔を覗きこむ。
だけど、きょうの卓也にそんな冗談は通用しなさそうだな。
「はいはい、降参…」
慧嫻からの電話に居留守を使い、香港へも逢いに行かない。
こんなふうにダダをこねて卓也を呆れさせてる最近の俺、だから卓也の言いたいことはわかってる。
「で、おまえはどうしてほしいんだ?」
どうしたい? ではなく、どうしてほしい? か…。
俺は……。
城堂さんに似てくる慧嫻に病気のことまで勝手に重ねて不安になってるんだ。
二度とあんな思いはしたくない…。
どうしてほしいかって聞かれても、その不安を解消するのは自分自身でしかない。
忍でも卓也でも他の誰でもない…。
「気付いたらしいな」
胸のうち、そのものずばりを言い当てられた俺は言葉を失った。
卓也にはかなわないな。
「卓也が恋人なら安心して毎日過ごせるのにね」
それでも精一杯の虚勢をはる。
「俺はごめんだぜ。こんなに手のかかる奴…」
ふいに卓也の手が俺の肩を引き寄せた。
「抱え込まずに話せ。長い付き合いだろ」
頭上から響いた優しい声に落とすまいとしていた涙が一粒、グラスの中の水面を揺らせた。
3 【伝言】
「一樹さん、香港に行ったんですか?」
「ああ。忍に伝言だ」
卓也さんから渡されたメモには
『迷惑かけたね。もう大丈夫だから…』
と記されていた。
そして…
『でも、当分きみを膝の上にのせるのは止められそうにないな』
とも。