投稿(妄想)小説の部屋

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No.402 (2002/01/12 02:41) 投稿者:花稀藍生

天主塔の頭の痛い一日(8)

 話は昼前にさかのぼる。

「・・・・・・・・・・」
 桂花は困惑していた。

 天主塔の季節は美しい。
 梢を揺らし吹き渡る風はさわやかに、どこか甘い香りをふくんでいる。鳴き交わす美麗な小鳥の声は名だたる楽器のごとく美しく、枝枝を飛び交う姿は、かわいらしいダンスを見ているかのように心を和ませる。木漏れ陽が宝石のように降りそそぎ下草に瞬く森の中、一本の木の根元に腰を落とし、桂花はひたすら困惑していた。
 敷布の上に正座をしている桂花の膝の上には、熟睡している南の太子の頭がのっている。
 散々歩き回って、ようやく南の太子が気に入った景色のよい場所で食事を終え、(桂花は殆ど味が判らなかった)桂花が暗澹たる気分で後片付けを終えて振り向くと、南の太子が敷布の上に座り込んだまま頭をふらふらさせていたのだ。まさか気分でも悪くなったのか? とあわてて肩に手をかけた瞬間、ころんと横倒しに南の太子の頭が、桂花の膝の上に転がってきたのだ。

「・・・・・・・・・・・」
 くどいようだが桂花は困惑していた。
 今朝のセクハラ騒ぎのショックも醒めやらぬまま、ハイテンションな守天(中身)に引きずりまわされ、あげくのはてに、とどめとばかりにこの膝枕だ。
 これが本物の南の太子ならば、転がってきた時点で避けている。のみならず、知らない顔で放っておいて帰っている。
 しかし中身が桂花にとって恩も義理もある守天なのだ。まして、自分が作った薬が入れ替わった原因となると放ってもおけない。
(・・・しかし・・・)
 困惑しているのは、膝枕ばかりが原因ではない。今の守天の態度だ。
 やけに今の状況を楽しんでいるとは思っていたけれど。
(・・・守天殿ってこんなに即物的な人だったか?)
 おなかがすけば食べ、食べて満足すれば眠る。
(・・・即物的と言おうか、原始的といおうか・・・)
 南の太子ならばまだ話はわかるのだが、あの、(仕事に関しては)冷徹で、聡明で、禁欲的な守天の姿を見慣れている桂花には今の状況は理解しがたい。(←てゆうか、したくない)
 外見はともかく、頭の中身は守天であるということは、朝の質問で証明されている。・・・それなのに、これはどうした事だ?
(・・・今の守天殿は、まるで別人だ。)
「・・・・・・・」
 桂花の顔から血の気が引いた。
(どうしょう・・・・)
 自分が作った薬のせいで、本当の本当に脳の中身までイっちゃってたとしたら、これは大変な事である。守天の心体と直結している人界に、今ごろ人界に天災のひとつやふたつは起こっているかもしれない。
「・・・・桂花? 顔色悪いよ、大丈夫?」
 いきなり声をかけられ、桂花の体が跳ね上がる。見下ろせば、真紅の瞳をパッチリと開いて南の太子が自分を見上げていた。
「守、守天殿、どこか具合は悪くありませんか? 頭が痛いとかありませんか?」
(↑本体の方が、柢王に張り倒されたり、床に頭をぶつけたりして頭を痛くしてはいる(笑))
「私? いや、どこも痛くないけど? 顔色が悪いのは桂花のほうだよ?」
 桂花がおそるおそる尋ねるのに首をかしげ、腹筋の力だけで上体を起こすと、背伸びをし、気持ちよさそうに言った。
「ああ、よく寝た♪」
「・・・・・」
 がっくりと脱力する桂花を尻目に、南の太子はぴょんと跳ね起きて嬉しそうに言う。
「う〜ん、昼寝なんて久しぶり。・・・文殊塾のとき以来かな? 元服以来、執務ばっかりで、そんなことする余裕なんかなかったからね。」
 あの頃が懐かしいな、と南の太子の姿の守天は笑う。あの頃が一番純粋に楽しかったかもね、と。
「・・・文殊塾の頃のお二人のお話は、柢王がよく話してくれますよ。」
「何を聞かされているのか、ちょっと気になるね。執務室を抜け出して二人して遊びまわっていた事とか? 姿隠しの術でアシュレイと一緒に文官の冠帽をすり替えて回った事とか? ・・・ああ、でも、責任のある地位にいる立場の今の私がこんな事思ったりしてはいけないと判ってはいるけれど、ときどき、全然終わらないあの書類の山をぜ〜んぶひっくり返して、あの頃みたいにどこかに行ってしまいたいなあって思うことはあるけどね」
「・・・・・」
 昨日、彼が自分を帰したあと、遅くまでひとりで執務を取っていたことが思い出されて、桂花はうなだれた。
「・・・申し訳ありません。吾の力不足のせいで、守天殿の執務のお役に立てず・・・」
「違うっ 桂花、それは全然違うよ」
 南の太子が慌てて言った。
「昔のほうがずっとずっとひどかったんだよ? 今の状況でも、桂花のおかげで私の負担が随分と楽になったんだよ?」
 桂花の肩に手を乗せ、なおいいつのる守天に桂花はまだ困惑顔だ。南の太子の姿で言われているので無理もないが。
「しかし・・・」
「これは嘘じゃないよ。・・・今まで、殆ど何から何まで一人でやっているのと同じような状態だったからね・・・」
 文官と一緒に書類を読み、判断を下し、指示を逐一出し、決裁した書類の保管先を指定し、そして次の書類にかかる。ずっとそんな風だったのだ。
 本当に桂花が来てくれるようになってから随分と楽になったと思う。彼は自分が今まで一つ一つ読んでいた書類をまず先に目を通し、緊急のものと思われるものと、緊急でないものとに選別する。そしてその書類を見やすいように並べ、書類の内容を的確な表現で短く説明してゆく。そして決裁した書類を担当する部署ごとに分けて持ってゆく。
 自分がするのは桂花の説明の内容を把握して指示を出すのと、決裁だけだ。

 しかもかなり前に決裁した書類の内容について尋ねた時も、間をおかずして答えを返し、経過や結果を報告し、その書類がどこの部署に保管されているかもすらすらと答えたのだった。
 他の文官なら、後から後からくる書類に押されてしまって、百日前の書類の内容など憶えてはいないだろうし、たとえ憶えていたとしても、結果がどうなったか、どこに保管されているのかを割り出すのに時間がかかるというのが常だ。

 守護主天の頭脳が他の天界人と違うというのはわかっている。判ってはいても、小さな頃は不思議でしょうがなかった。自分よりも物事を知っているはずの大人が、自分が疑問に思う事の半分も、納得のいく答えの返せないことに。アシュレイや、他の子供達が自分の親について嬉しそうに話すときに、なんとなく疎外感を感じてしまったのも覚えている。

 だから桂花が初めてだと思う。
 守天である自分と頭脳の面で対等に渡り合う、仕事の上で初めて出来た、信頼できる友人。
 
「しかし・・・・」
 桂花はうつむいたまま、まだためらっている。
 何かを言いかけて、言えずに口をつぐみ、うつむいてしまう。
 執務室で時折見せる、桂花の一種の癖。
「・・・・・・」
 うつむき加減の桂花を見て、守天はいつも『もったいない』と思う。
 こんなに綺麗で、聡明なのに。
 もっと自信をもっていいのに。
 なんといっても、頭脳はおそろしく聡明にして優秀。そのうえ柢王直々に鍛えられた剣術は相当の腕だというし、加えてこの優美な宝剣のような(しかし美しい鞘の中に秘められた刃は鋭く、おそろしく切れ味がいい)美貌だ。
 魔族だというハンデを差し引いても、なんら他の天界人と遜色はない。・・・どころか抜きん出ている。
 魔族ということで周囲からはまだまだ反感を買ってはいるが、いづれそれも、時をかけて消えてゆくのではないかと守天は思っている。
 なにしろ天主塔の女官の間では彼の事を『桂花様』と呼ぶものも出て来ているのだ。(←守天様はまだ気付いていないけれど、あやしげなファンクラブも出来ている(笑))
 ・・・女性というものの、優れた者(異性)を選び出す目は、つくづく多様性に富んでいるものだなと感心する。彼女らにとっては彼が魔族であることすら魅力のうちなのだろう。
 なんにせよ、とてもいい傾向だと思う。
(だから、あとは桂花自身がもっと自信を持ってくれれば・・・)
 桂花が、こんなふうに自分のしている事に今ひとつ自信をもてないのは、魔族であること以外に、今している執務が簡単に結果として出ないことにあるのかもしれない、と守天はふと思った。
 桂花が以前人界で生業としていた薬師ならば、薬の効果があらわれて患者がだんだん快癒していく、というような、短期間に、しかも目に見えるような結果が出る。
 しかし国を動かすと言うのは、ゆがんだものを元の形に戻すというようなものではない。漠然と形の判らないものを打ち出し、しかも結果が出るのにも恐ろしく時間がかかる。それが正しいのかそうでないのかなど、予想を立てることは出来ても、はっきりとした形をとるまでは誰にも分かりはしないのだ。
 けれど国を動かすというのはもともとそういうものであるし、劇的な変化はむしろさまざまな弊害があらわれることになる。
 桂花はそれをちゃんとわかっている。・・・わかってはいても、不安なのだ。
 それでいい、間違ってはいないよ、という確かな証が、常に桂花には必要なのかもしれない。
(・・・そういえば)
 桂花に面と向かって自分は感謝の言葉を口にしていただろうか?
 仕事の報酬として、物資でまかなっていたりはしているけれど、物質的なものだけで、ヒトはけっして満たされはしないことを守天は知っている。
「・・・・・・」
 アシュレイとちゃんと向き合うまでの、あの、すさんだ二年間・・・
 あの時。
たった一言でよかったのだ。
 その一言がいえないゆえに、苦しかったのだ。互いが。
「・・・桂花」
「なんですか?」
 自分を見下ろす桂花の瞳の中に、ふと最愛の者の姿を認め、彼は苦笑して言いかけた言葉を切った。
「なんでもないよ」
 守天の姿に戻ってから、きちんと桂花にお礼を言おう。そう思った。


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