「輝ける星」
「今年はプレゼントで失敗したくない」
桔梗のぼやきからはじまった、一樹の誕生日プレゼント会議は忍のくすっとした微笑と、二葉の憮然とした表情が対照的だった。
去年、二葉の「願い事ひとつかなえます」大作戦で、見事に一樹にからかわれた三人は、喫茶店のシックなテーブルの上に並べられたカップに指も触れないまま考え続けていた。
「今年はちゃんとしたものにしようよ」
まっとうな意見を桔梗が切り出す。
「去年だってまっとうなものだっただろっ」
ムキになって二葉が反論するが、はたして「まっとう」だったかどうか忍も首を傾げて微笑む。
「どっちにしても、今年も一樹さんのお祝いができてよかったね」
「・・・そうだね〜。とりあえず日本にいるし」
「そうそう。いままでよりも頻繁にあちこちいってるからな〜」
三人の頭の中に、それぞれの考えが浮かぶ。
共通するのは、香港の・・・ということだった。
つい先日も香港からの友人と旅行に行くと言ったきり場所もなにもかも秘密でふらりと一樹が出かけてしまった。
もともとよくあることだったので三人ともそのこと自体には何にも心配はしていなかった。
いつでも側にいる人がいない。
たったそれだけでも、寂しく感じてしまい、忍が小さくため息をこぼす。
「お誕生日の日は、本当にいるのかな、日本に」
ぽつりとつぶやく忍の頬にそっと手を当てて二葉が微笑む。
「大丈夫だって。今年は一樹、日本で誕生日迎えそうな気がする」
自分を力づけるための二葉の言葉に、忍もやわらかく微笑みを返す。
こうした優しいところも、忍が大好きなところだった。
一樹がどこかふらりとでかけないように祈りながら、今年は昨年の失敗を繰り返さず、さらに、プレゼントに関しては贈り慣れてもいるし、もらい慣れてもいる一樹に心をこめて、でも自分たちらしいプレゼントを贈りたいという意見だけは一致していた。
「とびきりお金をかけるとか?」
「香港のやつ、拉致してくるとか」
二葉の瞳がきらりと光る。
(絶対無理だってば・・・いくら二葉でも)
と思っても忍は口に出さずあいまいに微笑んでみる。
そんな忍の気遣いも気がつかず二葉と桔梗の話が弾んでいく。
「あ〜。それいいね。またみんなで香港いけるし♪」
「だろだろ?旅行のときは忍もちょっと大胆♪だし〜」
「あ〜〜。二葉のエッチ!旅行中はそういのだめって言ったじゃん」
「卓也も連れてくか?」
「うっ・・・それならだめじゃないかも・・・」
「拉致するにもさ、力いるし。やっぱ卓也も連れてくほうがいいじゃん」
「そうだねっ! そうしたら四人でバランスもいいしね」
「だろっ!?」
ちょっと・・・と控えめな声が響いて二葉と桔梗が、声の主をきょとんとした表情で見つめる。
「あのね・・・ふたりともまじめに考えてる?」
相も変わらず、桔梗と二葉の話はエスカレートしてくると、忍には頭が痛くなってきそうで、そうそうに釘を刺しておく。
「まじめに考えてるよぉ」
桔梗の反論に額を抑えながら忍がさらに釘を刺す。
「去年も、勢いにまかせて大変だったんだから。今年はちゃんとしないとまた大変なことになるかもよ?」
「うっ」
「小沼、覚えてる? ローパーの伝票」
「うう・・・。で、でもあの時はこっそり卓也が手伝ってくれたもん」
「一樹さんだってそのくらい知ってるよ。そうしたら今年は卓也さんが手伝えないこととかになっちゃうかもしれないよ?」
「うう・・・やだ」
「だろう?」
とりあえず、卓也の名前をだして、桔梗を大人しくさせて忍は隣に座っている二葉にも、微笑みながら鋭く釘を刺す。
「二葉だって。大変だったじゃない? お店のこと」
「別に〜」
たいしたことじゃない、といいながら二葉の瞳が泳ぐ。
「ふうん。そういえば、俺は、一樹さんの部屋で着せ替えごっこされたっけ」
「うっ」
「一日中、いらなくなったからって、シャツとか着せてもらったりして俺は楽しかったよ。そのあと、一樹さんのお気に入りのお店に連れてってもらって新しい服を買ってくれたり、ゆっくりとお茶を飲んだりして。夜は海のほうまで車で走って、ご飯も・・・」
そこまで忍が、楽しそうに思い出しているときだった。
「もういいっ!」
「二葉?」
「あ〜も〜。わかった! わかったって。今年はちゃんとしたの考えるっ!」
くしゃくしゃっと金髪に指をつっこんでかき回して苛立ちを少しでもおさめようとする二葉の仕草が、かわいらしくて忍はくすりと笑う。
「んだよっ」
「ううん。なんでもない」
微笑んで忍は、くしゃくしゃになった二葉の髪をきちんと整え直す。
「二葉、ちょっと怒った?」
「あのときはちょっとどころか、も〜すごい不機嫌だったんだから」
桔梗も思い出したように身震いする。
「いつお客さんにけんか売るかはらはらしたもん」
カウンターにたって、お客さんの話をききながらも、ぴりぴりしている空気を漂わせた一発触発の二葉の様子を思い出して、ぶるっと桔梗が身震いする。
「香港のこと、あきらめよ・・・二葉」
桔梗の言葉をうけて忍が、にっこりと二人に笑いかける。
「じゃ、きまり。今年はちゃんと考えようね」
(去年も一応考えたんすけど)
恋人に瞳だけで言い訳する二葉の言葉は、残念なことに忍には届かなかった。
「じゃあ〜さ〜。なににする? ほんとに」
「そうだよ。どうせ女や金持ちからいろいろもらってんぜ? きっと」
う〜ん、と腕を組んで桔梗がかわいらしくうなる。
「予算、あんまりねーしな〜」
二葉も、ソファーにどかっと背を預けて天井を仰ぐ。
「お金とかよりも・・・・できれば」
忍が、控えめに話し出す。
「できればっ?」
身を乗り出してきた桔梗に、うん、と俯きかげんで忍が小声できりだす。
「一樹さんに会えてよかったです、っていう気持ちとか伝えたい、かな〜って」
「気持ち?」
桔梗が首をかしげる。
「うん。形に出来ないけど、でも・・・伝えたい、かな」
照れたように忍がさらに俯いて頬を染める。
「形がないけど、伝えたい、かあ〜」
桔梗がほぅ〜とため息をつく。
「うんうん、わかるよ〜〜。俺も卓也にそういう気持ちだもんっ」と
桔梗は大きく首を上下に動かしていたが、忍の隣の席でぎしっと椅子がきしむ音を立てる。
「ふ、二葉」
「ふうん・・・逢えてよかった・・・ねぇ。ふうん・・・」
「あ、あの誤解してないよね? いろいろ相談とか乗ってもらえて、それで、俺、そういうのが本当にうれしかったって。だからこれからもずっといつまでも一樹さんは一樹さんでいて欲しいなって伝えたいだけだよっ」
「・・・ふうん・・・わかった」
つぶやいた二葉の瞳がまっすぐ射抜くように忍を捕らえる。
「え?」
「二葉、なに怒ってんの?」
その瞳にびっくりして桔梗が声をかけると二葉の瞳が、ふわりとやさしくなる。
「ばーか。考えてんの。ほかならぬ忍の頼みだしさ」
「二葉・・・」
「かっこい〜〜〜。二葉っ〜〜〜」
ぱちぱち〜と桔梗が手を叩く。
「形があって。形がないもの、気持ち、ねぇ」
「う、うん・・・。なにかいいアイデアある? 二葉」
すがりつくような忍の不安な瞳をじっと二葉も見つめ返す。
その瞳が優しく細められる。
「二葉?」
「決めた! 一樹のプレゼント。さっそく買いに行くぞ」
そういって驚く二人を引き連れて、二葉はアンティークの置いてある、お店の外観もとても落ち着きのある店へと入っていった。