白雪姫12
今日も良いお天気です。
『ちょっと街へお買い物へ行くから、忍君留守を頼んで良いかな?』
『あ、俺もついていく』
芹沢さんと正道が街へ行き、慎吾は向井さんのところへお使いへ行っています。お客様も皆さまお出かけ中、忍は一人留守番で庭の水やりをしていました。
「ちょっといいかい、君」
掛けられた声に慌てて忍は振り向きました。もしかすると新しいお客様でしょうか。
「はい、なんでしょうか」
にっこり向けた笑顔は、しかし、佇む人の姿を見留め、驚きの表情へ替わってしまいます。
「ここらへんに素敵なホテルがあると聞いたが、どこか教えてもらえるかい?」
笑顔を浮かべ、そう尋ねる男性は忍が知っている人だったからです。
鷲尾カイ、端整でどこか野生的な面構えをした眼の前の彼は、宮殿のパーティーで度々見かけたことがあります。毎回異なる美しい女性をエスコートしていた彼を、極上のホストだと侍女達が噂していました。忍のお父様、卓也王の通訳をしているあきやさんと一緒にいたところも見た事があります。
「どうしたんだい」
鷲尾さんの不思議そうな表情に、忍は我に返りました。
「あ、はい! フジミホテルのことでしょうか。でしたらこちらになります。ご宿泊ですか?」
「ありがとう、今日は下見だけなんだ。機会があれば使わせていただくよ」
「は、はい! お待ち申し上げております!」
精一杯笑顔を浮かべて、頭を下げると、鷲尾さんは面白そうな表情で忍の手を取りました。
「ああ、そうだ。可愛い君にこれをあげよう。仕事中はまずいかもしれないが、後でこっそり食べてくれ」
驚いて見つめる手のひらには小さなキャンデーがあります。
「あ、ありがとうごいます」
ウィンクして、「じゃあな、お嬢ちゃん」と手去って行く鷲尾さんを、手を振って見送った忍は彼の姿が見えなくなった後で、とあることに気がつきました。
お嬢ちゃん、と彼は自分の事を言っていたのです。
今の自分の姿は男なのです。なのに『お嬢ちゃん』と呼ぶということは、もしかしたら鷲尾さんには、自分の正体がばれているということでしょうか。もしそうならば、大変なことです。もし卓也王の新しい桔梗妃さまに自分の事が伝わると、刺客がやってくるかもしれないのです。
どうすればいいのだろう。
「……い、…おい、って言ってんだろ!」
「きゃっ!」
真っ青になってうろたえていた忍は、突然掛けられた怒鳴り声と、肩に置かれた手に飛び上がってしまいました。
「デュオ・クローバーさま…申し訳ありません、ぼんやりしておりまして」
「おい、今の奴知り合いか?」
慌てて頭を下げると、なぜか不機嫌そうなデュオは、忍に尋ねました。
「いえ、当ホテルについて尋ねられた方です」
「ふーん…で、何をもらってたんだ?」
「え…っと、キャンディーです」
腕を組んで見下ろす視線に、おずおずと差し出すと、
「馬―鹿! 知り合いでもない奴からほいほい物をもらうんじゃないって、子供ん時、教わらなかったか? ラベルもついてないキャンディーなんて十中八九ヤバイもんに決まってんだろーが!」
「すみません!」
「いいけどな、別に」
没収な、そうキャンディーを取り上げたデュオは、じっと見上げる忍の視線に、眉を寄せました。
「なんだよ?」
「あ、あの…わし、じゃなかった、さっきの人から僕『お嬢さん』って言われたんです。女の子にみえますか」
どうしても気になり、つい尋ねてしまった忍に、一瞬驚いた顔をしたデュオは次の瞬間大笑いをしていました。
「クローバーさま!」
「いや、お前って可愛いからな。ついそう言っちまったんじゃねーか。そんなに気にすんな」
確かに、あの人だったら言いかねません。
くしゃりと頭をかき回され、忍は内心ほっとしました。