天主塔の頭の痛い一日(6)
「・・・つ、疲れた・・・・」
『日課!』といわれ、女官にもみくちゃにされながら、湯を使って戻ってきた守天がげんなりとして言った。元々、他人に体を触られるのは苦手な南の太子だ。中身が守天でないということがばれないようにひたすらおとなしくする事に必死だった。
体を洗うのから着替えから何から全部女官の手任せで、自分は立ったり座ったりするだけだったのだが、それでも随分疲れた。これがいわゆる気疲れというやつだろうと南の太子は思った。湯上りに水分の補給ですと手渡しで飲まされた、やたら甘い飲み物の味がまだ口の中に残っている。
「・・・ティアって大変だよな・・・」
やろうと思えば守天は大概のことは自分で出来るだろう。しかし天主塔内で彼が執務と食事以外指一本動かそうとしないのは、天主塔で働く者の仕事を奪わないようにと気遣っているためだ。
「上に立つものが何もかも自分でしてたら軽く見られるのは事実だからな。」
そういう東の第三王子は例外中の例外というわけだ。
本日一日は書類の決裁のみに費やすと言って、文官のすべてを遠ざけ、予定を全部後回しにさせ、今は執務室で柢王と閉じこもっている。
それで仕事が進んでいるかといえば、もちろんそうではない。
「ぅだあああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜」
眉間にしわをよせて書類とにらめっこをしていた守天が持っていた書類を後ろに放り投げる。
やけにひねくった、同じような文章を何度も何度も繰りかえされている書類の内容が、要約すれば
『○○○の建物の壁が老朽化しているから修理して欲しい』とか『天主塔に勤める○○が実は某国のスパイであるにちがいない』などという内容に、あまり忍耐強くない南の太子(中身)は先ほどから短期的に爆発を繰り返している。
「訳のわかんねぇ事をつらつら書いてんじゃねえっ! 結論から先に書けっ結論からっっ! 後回しだこんなもんっ ・・・次だ 次っ」
・・・これの繰り返しなのである。
書類の山をばっさばっさとかき回しながら、読みやすそうな書類を捜す。桂花が細心の注意を払って分類した書類の山はあっという間に切り崩されて見る影もない。
床には放り投げた書類が散乱している。
こんな乱暴にわめきながら仕事をしている守天を見たら、天主塔の女官の半数が卒倒しそうだ。
(・・・・桂花がこれを見たら怒るだろうな・・・)
床に散った書類を拾い上げながら柢王がため息をついた。
別に柢王が悪いわけではない。ちょっと席をはずして戻ったら書類の山が崩され、床に書類が散乱していたのだ。
「・・・ん? なになに、孤児院の建設? よっしゃ、認可!」
「やめんか」
おもむろに守天の印璽を書類に押そうとする守天の後頭部を、柢王が拾い集めた書類の束でスパーン! と張り倒す。
「勝手に書類をいじるなと言ってただろうが。」
「そんなん聞いてねぇ〜・・・うううヒマだ〜〜〜何で椅子に座りっぱなしでこんなもん読んでなきゃいけないんだよ〜〜〜」
机に突っ伏して、うじうじとしている守天に、柢王は心中でため息をつく。
(・・・そういえば文殊塾の時もこいつは黙って座って何かをするっていうのが苦手だったよな・・・。テ
ィアがこっそりなだめすかしてんのよく見たような気が・・・)
「そもそもティアの体だってのが一番いけないんだよな。俺の体で場所が南領なら、周りのやつら全員なぎ倒して飛び出す事も出来るってのによ〜」
「・・・おまえ、南領でもその調子なのか?」
守天が顔だけ起こしてぼやく。
「親父がどかどか俺に押しつけやがってさあ、・・・ひでぇんだよ、とっかえひっかえ現れて、訳のわかんねぇ小難しいことを延々と喋るんだぜ〜」
その『訳のわかんねえ事』というのは、おそらく南領の歴史や、南領の頭領たるものの作法や経済学などのいわゆる『帝王学』と呼ばれるものなのだろう。それを、いずれ南領を統べる冠を戴く立場である南の太子に、善き統治者に成長してもらうべく教育係達は細心の注意を払い、言葉をつくしているのであろう。
しかし、当の本人がそれを『訳のわかんねぇ事』の一言で一括りにしてしまっている。
「・・・気の毒に(←南領の教育係が)」
「そーだろ、そう思うだろ」
「いや、人ごとながら同情する・・・(←南領の教育係に)」
「柢王、お前はいい奴だなあ・・・」
柢王は、束縛を嫌うこの凶暴にして無邪気、そして自由闊達な(そして少し孤独な)精神の持ち主である南の太子の性質を好ましいものと常々思っている。
しかし今回ばかりは南領の教育係を心底気の毒に思った・・