投稿(妄想)小説の部屋

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No.377 (2001/09/22 23:37) 投稿者:花稀藍生

天主塔の頭の痛い一日(4)

「ちっくしょう・・・何で俺が桂花のつくった薬なんぞを飲まなきゃなんねーんだ」
 長椅子にふんぞり返って座り、憤然と茶請けの焼き菓子をかじりながら守天がごちる。
 原因はわかったものの、対処のしようがないので、とりあえずもう一度守天(外見)に同じ薬を飲んでもらおうと話し合いで決まったのだった。桂花は薬の用意をするために自室に向かい、柢王もそれについていっている。遠見鏡の前にいた南の太子が困ったような顔で振り向いた。
「桂花は悪くない、悪いのは私だよって言ってるのに・・・。・・・でもごめんね、アシュレイ。こんな事に巻き込んじゃって」
「う。い、いや・・・」
 自分の顔で悲しそうに謝罪され、南の太子(中身)はたじろいだ。自分の顔で自分の名前を呼ばれるのは、はっきりいってものすごく変な気分だ。背中がむずむずする。
「さ、さっきからなにやってんだよ」
「ん。『魂』だけでも遠見鏡が使えないかな、と思ってさっきから試しているんだけど・・・ああ、やっぱり駄目か・・・」
 遠見鏡はうんともすんとも応えない。茶請けの焼き菓子をくわえたまま守天の姿の南の太子が試しても同じ事だった。
「・・・やっぱティアの『体』と『魂』じゃねえと使えないみたいだな」
「・・・そうだね」
 魂が入れ替わっても守護主天の象徴である額の御印は消えてはいないが、やはり肉体と魂が同じでなければ、守護主天としての力は発揮されないのかもしれない。

 慌しく扉が開き、急ぎ足で柢王と桂花が入ってきた。
「おい、八紫仙がぞろぞろこっちに向かってるぞ」
「・・・やばいっ! 南領にいるはずの俺が天主塔にいるなんてばれたら、また親父に大目玉くらっちまう
じゃねえか! ・・・俺は逃げるっ!」
 慌てふためいてバルコニーの柵を乗り越えて逃げようとする守天の襟首を柢王が掴んで引き戻す。
「ばか。お前が出て行ったら元も子もないだろ。」
「・・・あ、そっか」
「いい加減、今の自分に慣れろよアシュレイ。ティア、そういう事情らしいから取り合えずお前は執務室から離れてろ。桂花、ついていてやれ。」
「吾が・・・ですか?」
「ティアも一人よりそっちのほうがいいだろう。第一お前とアシュレイを執務室に閉じ込めてみろ、仕事どころの話じゃなくなるぞ。」
 今だって十分(というより全然)仕事にはなっていないのだが。
「・・・書類には触らないでください。一応分類別に分けてありますから。それから・・・」
「わかった。とにかく早く行け。夕刻にまた会おう。アシュレイ、お前は早く椅子に座れ」
「桂花、はやくはやく」
 バルコニーの柵によじ登った南の太子に手招きされ、複雑な表情で桂花は後に続いた。



「・・・って、おい柢王! 俺は守護主天の執務なんて出来ねーぞ!? 一体どーすりゃいいんだよ?!」
「いいからとりあえず椅子に座れ。とにかく書類に集中している振りをして、何を言われても『仕事が忙しい』の一点張りで決め込め。遊んでんならともかく、まじめに仕事してりゃ多分うるさく言われはしないだろ」
「んなアバウトな!」
「しぃっ! 来たぞ」
「わわわっ」
 慌てて座ると、積み上げられている書類の一枚を取る。神妙な表情を作ろうとするあまり、眉間に縦皺が出来ている。・・・まじめに仕事というよりも、苦悩しているようだ。
(・・・か、鏡があったら目の前に突き出してやりてぇ・・・)
 笑いをかみ殺しながら柢王が長椅子についたところで、執務室の扉が大きく開かれた。

 ぞろぞろぞろぞろ。
 二列縦隊で執務室に入ってくる紫色の集団。
(やれやれ、相変わらず暑苦しーことで。年中あれ着ててよく飽きないよな)
 天主塔の権威の象徴である冠衣も柢王にかかれば形無しだ。
 八紫仙がちらりと意味ありげに視線をよこすのに、柢王はそ知らぬげに茶を飲みながらひらひらと手を振る。あんたらの仕事の邪魔はしないという意思表示だ。
(俺が口出ししたらアウトだからな・・・。頑張って連中をさばけよ、アシュレイ)

 紫の冠衣の集団が執務の机の前に二列横隊で並ぶと、うやうやしく拱手する。
「・・・守天様におかれましては、本日もご機嫌麗しく・・・」
(ばっかやろ、てめーらにぞろぞろ前塞がれて気分いいわけあるかいっ!)
「何の用だ? 私は忙しいのだ」
 用件を言い出される前に、先手必勝とばかりに相手の出鼻をくじいてやる。喧嘩の定法だ。
「今すぐに決済をしてしまわなければならないものもあるのだ。今、そなた等の用件に時間を割く事は出来ない。火急の件ではないというのならば、日を改めてもらおう」
 書類に視線をおとしたまま、一気に言い放つ。
 柢王が笑いながら「やるじゃねえか!」と言わんばかりに親指を立ててみせたのが視界の端に映る。
 ・・・曲がりなりにも十ウン年間南の太子をやっているのだ(←たとえそれが慢性ボイコット症だとしても)多少の言い回しぐらいならお手の物だ。
(さあ、どーだ! これでてめーらのつまんねえ用件なんざ言えないだろ)
 ・・・だが、南の太子(中身)は甘かった。ここで引き下がるようでは八紫仙は勤まらない。
「・・・そうおっしゃるのは百も承知でございます。しかし守天様、これは我々の威信にも関わる事でございますれば、ぜひともお聞き願います」
 仰々しく言われ、何事かと身を硬くし、顔を上げた守天の前で、にょきにょきと袖の中から突き出された八本の手には、赤やら緑やら紫やらの小さな小袋がそれぞれ握られている。
(・・・へっ?)
「さあ、守天様。本日こそは飲んでいただきますぞ!」

「連日執務にお励みになられるのはまことに結構でございますが、寝食をお忘れになられてまで執務に励まれるお姿に、天主塔の者達が皆心配いたしております。かく言う我らも霊界の閻魔様より拝命を受けている身でありますれば。これらの薬は守天様の御身の健康のために、我ら一同特別にご用意いたしたものでございます。・・・ちなみに私がご用意いたしましたのは、私の故郷から送らせました、民間で愛用されております特効薬でございます。」
 状況が理解できずにぽかんとしている守天の前に、にゅっと薬の入った小袋が突き出される。しかし次の瞬間、それを横に押しやるようにして、別の小袋が突き出された。
「抜け駆けは禁物ぞ! 守天様、この薬はわたくしめが愛用しておりますもので効果の程は抜群。自信を持ってお勧めいたします」
(中略)
「いやいや。やはり昔から使用されていた薬が一番安心じゃ。東国の老舗、丹慧堂のものであります」
「むむむ。先を越されましたな。同じ丹慧堂のものでも、これは私が懇意にしております薬師に特別注文いたしました新薬でござる」
「なんのなんの、これぞ真打じゃ。守天様、これは北の領地にしかない麒麟が食すという甘露と呼ば
れる物。希少価値の物ですぞ!」
 書類を握り締めたままの守天の前で八紫仙が押し合いへし合いしている。
「さあ。守天様! ご自由にお選びくださいっ!」

「さあ」(×8)
 ・・・・・・・・ずいっ
「さあさあっ」(×8)
 ・・・・ずいずいっ
「さあさあさあさあさあ!」(×8)
 ずずいずいずいっと眼前に差し出される薬・薬・薬。
(・・・こっ)
 書類を持つ手がぶるぶる震えている。
 ・・・・・・・・・・・・・ぶち。
 今朝の騒ぎで『薬』というものにただでさえ過敏になっているところをつつかれ、元から短気な南の太子の忍耐の緒は一瞬にして限界に達した。
 群れる八紫仙の背後で、長椅子にかけている柢王がそしらぬ顔で耳を塞ぐ。
(・・・こいつらは何しに来やがったんだーっ!)
 ぶちぶちぶちっ!
「仕事の邪魔だっ! 出てけぇっ!」
 机に何段にも積み上げた書類の山が揺れるほどの勢いで立ち上がり、執務室の硝子がびりびり震えるほどの大音声で怒鳴る。
 執務室の外庭にの木々にとまっていた鳥達が一斉に飛び立ち、回廊を歩いていた女官が驚いて盆を取り落とす。扉の外の兵士が耳を押さえつつ何事かと駆けつける程の大声だった。
 
 それほどの大声を至近距離で聞いた八紫仙達はたまったものではなかった。
 執務室を揺るがす すさまじい剣幕に、これ以上の長居は身の危険と感じ取った八紫仙は、執務用の机の前に展開していた二列横隊から二列縦隊に列の形を展開させると、すっ飛ぶような速さで退出していった。
 柢王が指を鳴らすと、開け放たれた扉が勢いよく閉まった。

 扉の外に飛び出すなり八紫仙達はよろよろと膝をついた。唯一その場に平然ととして立っているのは最年長の八紫仙一人だけ。(←・・・どうやらよほど耳が遠いものと思われる。)その他は、皆一様に耳を押さえてうめいている。しばらくは難聴に悩まされることになるかもしれない。
「た、たいそう勤勉なお方ではあるのですが・・・」
「ううう耳が・・・や、やはりご友人は選んでいただかなければ・・・」
「ア、アシュレイ様と旧交をあたためられるようになられてからではありませぬか?」
「先ほどなど・・・のう?」
「うむ。アシュレイ様とそっくりじゃった・・・」
 実は中身は南の太子本人であるのだが、八紫仙は見抜けなかったようだ。しかも耳の機能が麻痺している状態なので、本人達は気付いていないだろうが、話す声が無茶苦茶でかいのである。扉の向こうに会話が筒抜けだ。

 扉越しに聞こえてくる会話に、柢王は長椅子の背もたれに突っ伏して笑いをこらえ、自分のことを
言われている南の太子(中身)は執務室の机の上に乗りあがってぐるると唸っている。
「・・・怒んなよ。一応ティアの体を心配してるって事だぜ。ま、霊界の閻魔様への点数稼ぎととれないこともないがな」
「ちっくしょう、この体がティアのじゃなかったら、あいつら全員消し炭にしてやってるとこだ!」


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