戯言
ベッドサイドのライトでオレンジに染まる部屋。
オレンジ…心の和む暖かな色…
そんな感情がまだあったのかな、なんて考えながら俺はバスローブのまま煙草を吸うわけでもなく指で弄ぶ。
ついさっきまで鷲尾香というホストとの戯れに耽っていた身体にはまだ心地よい気だるさが残っている。
彼は薄れている俺の意識が戻るまで部屋を出ることはなく傍らで煙草を吸っていた。
俺は彼が穐谷絹一という男を大切にし、愛していることを承知の上でホストとしての契約を彼に求めた。
『恋人以外、男との契約はしないのなら別だけどね。』
彼は首を横にふり
『契約は15時間、もしくは丸1日、全額前払い。』
そして、その条件をのみ、俺のタイプであるならばホストである以上断る理由はない。今から、俺はおまえのものだ…そう付け加えた。
「俺のもの…か…」
その言葉通り15時間、彼は俺だけのものになった。
何故こんなことをしたのだろう…
何故…
そう…
多分、少しだけ絹一さんに嫉妬したのかもしれないな…
いつでも恋人が側にいてくれる絹一さんにね。
反面、彼のため夜には鷲尾さんを解放してあげよう、そんな思いで罪悪感から逃げている俺…
慧嫻とは年に数回の情交があるかないかかな。お互い仕事では責任のある立場にいるから…
もっとも有能なパートナーがいるから留守を委ねてもいいんだけどね。
追いかける恋は城堂さんのときにした…若かったし、何より彼に夢中だった。
彼のためなら殺されてもいいと思えたほどにね…
そして、その彼がまだ心の奥深くに存在している。
その存在を残したまま慧嫻を追うことはできない。彼が城堂さんの息子である以上、彼に城堂さんの姿を重ね、求めてしまうだろう日がくるのではないかと不安になるから、今度の恋は追わせる恋と決めている。
そんな俺の心を見ぬいているのかいないのか…
鷲尾さんのbody languageは俺の心ごと異空間に誘いこむ。
その誘いに俺は自ら身を投じ、閉ざしていた心の扉を少しだけ開ける。
『さすがは、日本一のホストだね。』
彼は唇の端を少し上げ『わがままがぬけてるぞ』と言う…
そして『ご用の際はこちらに電話を…』と、俺の唇に名刺を挟むと意味ありげな笑みを返し部屋を出ていった。
『明日、明後日の予約はムリだが、一樹…おまえなら可能な限り優先してやるよ。』
と、なんとも彼らしい言葉を残して…
俺は、宝石を散りばめたような夜の街を眼下に1本目の煙草に火をつけた。