WATER SYANNPANN
強烈なスモ―キー・フレーバーが勝ったスコッチ・ウイスキーに慣れた日本人の舌には、バーボンは甘く感じられると言われるらしいが、俺はそうは思わない。
確かに、口に含んだ瞬間、どちらがより強い存在感を示すかと言われれば、その意見も否定はしない。
だが俺はこの、強烈に上り詰める一歩手前のような、不思議な柔らかさのある口当たりが好きだ。
舌の上でクリームが溶けてなくなるような、シャンパンの滑らかさとはまた別物だが。
ウイスキーだったら一番初めに思いつくのは、ロック・グラスの中に大きな氷をひとつ放り込み、そこに無造作に好きなだけ注ぐ飲り方だろう。
バーボンも一番ポピュラーなのはやはりそれだ。ストレートに美味いと思うし。・・・なんといっても、面倒がない。
だけど俺は最近、気に入っている飲り方がある。
それはペリエとのミックス。
1対2の割合でバーボンをペリエで割り、ハイボールにするんだ。
その際、グラスとペリエはギンギンになるまで冷やしておき、バーボンを注いだグラスの中にペリエを一気に、でも丁寧に注ぐ。・・・かき混ぜる必要はない。
ペリエの炭酸自体の撹拌作用で自然に、いい具合に混ざり合ってくれる。
人口のソーダとは違って、ペリエの炭酸はやはり不思議な滑らかさがある。天然ガスだからだ。
レモン、ライム・・・と色々味もあるが、割るならやはり、プレーン。これが一番だ。
ペリエ自体に、味はほとんどない。フレーバーのものも、その味を少し意識できる程度だ。
おまけに、どの種類にも色がついてない。無色透明。
ミネラル・ウォーターとの唯一の違いは、その独特の柔らかな炭酸。
やはり溶けるような、という言葉はしっくり来ないが、瞬間的に舌を刺激してくれるのが、心地いい。
そう。一瞬で消えてしまうような不思議な儚さがある。でも、それだけに後を引くんだ。
ロング・タンブラーではなく、フルート型のシャンパン・グラスにペリエを注ぐ。
グラスの底から、細かい炭酸が生まれては立ち上り、淡く消えて行く。
それは、細かい粒子が連なるシャンパン特有の“絹糸”というものとはやはり違うけれど。
俺はこの不思議な、大地の奥深くから生まれた水の生き物が好きだ。・・・それに。
「・・・・・絹糸はここにもあるしな」
「え?」
不思議そうな顔で俺を振りかえった絹一の、艶やかな長い黒髪に、指をそっと絡ませる。
ひんやりと、しっとりと。しなやかに絡みついてくるのが気持ちいい・・・・・
絡ませた指を広げて絹一のうなじからもぐらせ、そのまま、俺の方に引き寄せる。
瞬間的に瞳を閉じた絹一の唇に触れる直前、囁いた。
「俺の好みはこっちの絹糸だけどな・・・」
微かにシャンパンの味がするしっとりとした唇を堪能しながら、ふいに思った。
水は生きていく上で、欠かせない存在。全ての生き物の、命の源。
だけど、俺は少し違う水がいい。同じ生きていくのに必要な水ならば、俺だけの水がいい。
それは、スパイスの効いた人生のようなもの。人生を味わい深いものにするためのエッセンス。
だから・・・・・
儚い、けれど後を引くこの水は、俺だけのもの。俺の、命の源。俺の・・・・・・
「・・・気障なんだから」
唇を離した途端、絹一が吐息だけで囁いた。恥ずかしのか、目元が少し赤い。
お前は気づかないだろうが、今は、俺の方が照れくさいんだ。それに、まだ水の補給は必要だから。
俺は無言で絹一をもう一度引き寄せた。
俺のオアシスの源は、お前だからと心の中でこっそり告白しながら・・・・・