投稿(妄想)小説の部屋

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No.359 (2001/09/04 23:25) 投稿者:花稀藍生

天主塔の頭の痛い一日(3)

 一緒の寝台で二人して眠っていて、朝、目覚めたら体が入れ替わっていた。

「・・・夢物語じゃあるまいし、二人ともどうやったらそんな器用なことが出来るんだ」
 長椅子に腰を落とし、腕を組んだ柢王があきれたように聞いてくる。
「どうしたもこうしたも。原因がわからねえから今こうやって悩んでんだろうがっ! 今ンとこ一番あやしいとふんでんのが、桂花、てめえがつくってティアに飲ませた睡眠薬だ!」
「アシュレイ、落ち着いて落ち着いて。そう勝手に決め付けないで」
 その正面の長椅子で守天が桂花を指して怒鳴り、その隣に座っている南の太子が『まあまあ』ととりなしている。
 長椅子に座る柢王の背後に立ったまま控えている桂花が形のよい眉を上げた。
「・・・睡眠薬? 守天殿、飲まれたのですか?」
「うん、おかげでぐっすり眠れたよ。ありがとう」
「礼を言っている場合か! やい桂花! ティアにいったい何飲ませやがった!」
 南の太子ににっこり笑って礼を言われ、守天には凶暴に怒鳴りつけられるという状況に、桂花は非常に複雑そうな表情のまま、それでもきっぱりと言い放つ。
「守天殿にお渡しした薬は純粋に睡眠薬としての効能しか持たせてません。・・・第一同じ薬を飲んだ訳でもなく、ただ一緒に同じ寝台で眠っただけのあなたが守天殿と入れ替わってしまったという時点で原因を睡眠薬と断定するのはあまりにも短絡すぎるというものです」
「まあ、たしかに桂花の言うとおりだな」
「うぐぐぐ」
 柢王が認め、悔しそうに唸る守天を南の太子が『だから違うって言ったのに』となだめている。
 しかしこのまま四人で頭を突き合わせていても、原因が不明のままのこの状況では有効な手立てを見出せそうにもなかった。
「桂花、茶をいれてくれ。うんと熱いやつ」
 柢王が言い、桂花はうなづいて席を離れた。

 執務室の外の扉口にいた女官に湯と茶器の用意を頼み、自分は部屋の隅のワゴンのところで茶の選別にかかる。
 給茶用のワゴンには、桂花が昨日部屋にさがる前にいれた薬湯のポットと碗がそのまま出してあった。
 ・・・今、ここにこのポットがあるということは、やはり自分を帰した後で長い時間を執務室で過ごしたということになる。
 ・・・自分は構わないと言っているのに。
 すまなそうに微笑まれて、『大丈夫、この書類を見たら自分もすぐに休むから・・・』と言われてしまえば、もう桂花は何も言えなくなる。
「・・・・・・」
 ・・・自分は本当に役に立てているのだろうか・・・?
 そのまま物思いに沈み込みそうになり、桂花は慌てて首を振って考えを追い払った。
 今は自分の事どころではない、何が原因であの二人は入れ替わってしまったのかそれが問題なのだ。
 ポットを持ち上げ、意外な軽さに驚く。薬湯用のこの小さい素焼きのポットにはせいぜい小ぶりの茶碗で一杯半分しか入らない。昨日ほとんど彼は薬湯に口をつけていなかったので、そのまま残っているのかと思っていたのだが。
「・・・・・・」
 嫌な予感がした。
「守天殿・・・、まさかと思いますが、この薬湯であの丸薬を飲まれましたか?」
 南の太子が振り返って
「え? ああ、うん。時間も遅かった事だし、ただ一杯の水のためだけに女官達を起こすのも気の毒だったしね。薬湯を聖水に変えることも考えたけど、せっかく桂花がいれてくれたんだからと・・・」
 話を聞くにつれ血の気が引いてゆく桂花の顔色を見て、南の太子は一瞬言葉をきり、それからおそるおそる尋ねた。
「・・・もしかして、まずかった?」
 ・・・・ごっとん・・・
 桂花の手からポットが滑り落ちて卓の上を転がった。
「・・・まずいもなにも・・・。よくぞご無事で・・・・」
 いや、全然ご無事ではないのだが。
「・・・え? 桂花、どういうこと?」 

 ・・・桂花の薬はよく効く。
 しかし桂花の作る薬はもともと毒に近い。
 薬と毒は対極の位置にあるように思われているが、実際の所、極端な事を言えば毒にならない薬はなく、薬にならない毒はない。
 毒を何倍にも希釈すれば妙薬にもなりうるのだという理論の元、組み合わせ一つ・匙加減一つ誤れば猛毒になりかねないものを、経験と実績に裏打ちされた一部の隙もない絶妙の匙加減でもって桂花は良薬になさしめる。
 それが桂花の薬の桂花の薬たるゆえんであるのだが、その一部の隙もないぎりぎりの配分が、今回は裏目にでたようだった。
「・・・ええと。じゃあ、まさか・・・」
「薬湯と睡眠薬の同時服用・・・。複数の薬の飲み合わせによる変調・・・・他に思い当たるものがないというのなら、原因はそれだと思われますが・・・」

 複数の間違った薬の飲みあわせで起こる問題は、多種多様さまざまだが、大別すると三つのケースに分けられる。
1. 薬の成分が反応する事によって吸収されにくい化合物になってしまい、
  薬としての効果がでなくなるケース
2. 吸収された薬を分解する酵素の働きを、もう一方の薬が阻害してしまい、
  薬が分解されなかったり排出されなかったりして体内に残ってしまい、
  作用と副作用のバランスが崩れるケース
3. 二つの薬が同じ働きをもっていた場合、
  その作用が強く出すぎてしまう危険性があるケース

「3番目じゃないことは確かだな」
「1番目とも2番目とも言いがたいね」
「二つの薬の成分が反応してまったく別の化合物になってしまい、作用と副作用のバランスが崩れた・・・と見るのが妥当であるのかもしれませんが・・・」
 だからといって薬湯と睡眠薬を一緒に飲んだところで、そんなお手軽に体が入れ替わる作用があるとは三人とも本気で信じているわけではなかった。
「そらみろっ! やっぱりてめえが元凶じゃねえかっ!」
 ・・・南の太子を除いては。
「アシュレイ! 桂花に責任はないよ、悪いのは私だ。桂花を責めるのはやめてくれ」
 桂花に詰め寄って怒鳴る守天と、その前に立ちふさがって桂花の弁護をする南の太子と。
「俺の体で、こいつをかばうんじゃねえっ!」
「なんだ、アシュレイ。おまえひょっとして桂花に妬いてんのか?」
「まぜっかえしてんじゃねえ、柢王!」
 柢王に襟首をつかまれて引きずり戻されながら守天がわめく。順応の早い柢王は、『守天の姿の南の太子』、『南の太子の姿の守天』にもう慣れてしまっている。
「・・・もう! アシュレイ、どうしてそんなに桂花を嫌うんだい?」
「俺の顔で言うなあ!」

 守天としてはこの二人には仲良くしてもらいたいと常々思っている。執務室で顔を合わすたびに激突している二人を見るのは心が痛むし、ついでに執務室の調度も傷む。(←南の太子が暴れるから。)
(何とか二人を仲良くさせる方法はないものか・・・って今は私がアシュレイなんだっけ。じゃあこの手は有効かな?)
「アシュレイ〜、ほらほら」
 言い様、後ろにいた桂花に抱きつく。
「てめーっ! 人の体で何やってやがるっ!」
「・・・うっわ〜、桂花って本当に細いんだね。・・・ウエストなんかアシュレイと同じくらいなんじゃないのかい?」
「〜〜〜っ!」
 いきなり抱きつかれ、首や肩、腕をぺたぺた触られた挙句に、ウエストを両手で測るように掴まれ、桂花はどう対処すべきか判断しかねて硬直している。
 これが南の太子本人なら有無を言わさず暴力にうったえている所だが(そもそも南の太子本人が桂花に抱きつく事など、天地が引っくり返ってもありえないが)中身が守天とわかっているだけに手は
出しかねる。しかし南の太子の姿でこうなつかれると、中身が守天だと判っていても違和感はぬぐいきれない。鳥肌が立たないのが不思議なほどだ。
「あ、すごい。やっぱり細い」

「こら! ティア! 人の話し聞け! ・・・ちくしょ〜そっちがその気ならこっちはこうしてやるっ!」
 言い様、守天の姿の南の太子は柢王に抱きついたのであった。・・・抱きつくというより、かじりつくといったほうがいいような気もする。
 しかしこれは桂花に対してなら有効な手ではあるかもしれなかったが、南の太子にウエストを掴まれている桂花はそれどころではなく、守天(中身)に到っては「わあ、仲良しさんだね♪」くらいの感慨しか呼び起こせなかった。
「おいおい、なに対抗してやがるんだか。・・・どれどれ」
「うわあぁぁ! て、柢王! いきなりなにしやがる!」
 柢王にウエストを両手で鷲掴みにされた守天が悲鳴をあげる。
「桂花、ティアよりお前のほうが細いぜ」
 しゃあしゃあと柢王が桂花に向かって言い放ち、顔を真っ赤にした守天が怒鳴る。
「た、対抗してんのはてめえじゃねえかぁぁ!」
 しかし、ばかやろー、はなせっ! と叫びながら、ぽかぽかと振り下ろす手は途中ではじかれてしまい、柢王にはかすりもしないのであった。

「・・・扉の向こうで何が起こっているのでしょうか・・・・・」
 茶器を載せた盤を持ったまま、執務室の扉の前で入るに入れない新米の女官が立ち尽くす。
「・・・・それに、とても乱暴な言葉づかいのあの声は・・・」
 付き添いで来ていたベテランの女官が新米の女官の言葉を皆までいわさず肩に手をかけ、にっこりと微笑んで首を振る。・・・ただし目は据わっている。
「連日の執務で若君はお疲れなのです。えーえ、若君はこの天界、ひいては人界をもお守りくださる天界で唯一無二にして貴いお方なのです。そのようなお方のご心中の機微など、下々の私達には知る由もないのです。」
 つまり、若君がぶち切れて叫ぼうがわめこうが暴れ出そうが、聞こえないふり、知らないふりを決め込めと言うことなのだろうが、何やらあさっての方を向いて遠い目をして熱烈に語りだす女官に新米の女官は怖気づいて後ずさろうとしている。
「・・・そんな私達に出来る事があるといったら、こっそりファンクラブを作って日夜あの方の健康とご多幸をお祈りしながら、お茶請けのお菓子を作ることくらい・・・。ちなみに昨日と今日は当クラブの会長たる私自らがお作りいたしました。田舎の祖母から送ってもらった、疲れに良く効くという特製の薬を生地に練り込んで焼き上げた物です。さ、あなた。当クラブではただいま会員募集中・・・・・」
(・・・イっちゃてます! 目がイっちゃてます〜〜っ! お父様、お母様っ! やっぱり都会(←?)は怖いところですうぅ)
 肩をつかまれているため逃げることもかなわず、半泣きになりながら助けを求めて扉の前の兵士を見れば、苦笑しながら肩をすくめてみせる。どうやらこの光景は日常茶飯事の事らしかった。
 ・・・もし、ここの若君が体を悪くすることがあったとしたら、このファンクラブの作るあやしげな茶請けのせいに違いないと新米の女官は思ったのであった・・・。


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