天主塔の頭の痛い一日(1)
眠りはすみやかに訪れようとしていた。
(・・・さすが、桂花の薬はよく効く・・・)
ここ最近よく眠れないといったら、桂花が携帯している薬箱の中から、丸薬の睡眠薬をくれたのだ。
眠れない理由はわかっている。
(・・・いったい何日アシュレイに会っていないんだっけ・・・)
ここ最近とみに多忙な南の太子は、父親の目も光っている事もあって姿を見せない。
こちらも連日忙しくて遠見鏡を見る暇すらないありさまだ。桂花がいてくれなかったらどうなって
いたのかなど考えるだに恐ろしい。
(・・・会いたいな・・・・・)
せめて、遠見鏡で一目見ておけばよかったと考えても、眠りに引き込まれかけている体は動こうと
はしてくれなかった。
(・・・明日は絶対に遠見鏡でアシュレイの・・・・)
朦朧とした頭でそこまで思ったとき、寝室の扉がそっと開いた。忍び足で寝台に近寄った侵入者は、枕もとにそっと顔を寄せると小さな声で聞いてきた。
「・・・ティア・・・、寝てるか?」
その声を夢の中で守護主天は聞いた。夢うつつで手を伸ばし、枕もとにあった愛しい者の袖口を掴む。そこまでで限界だった。
「ティア・・・?」
深い眠りに落ちてしまった恋人の名を呼び、それでも目覚める様子がないことを見て取ると、南の太子はそれ以上呼びかけることはしなかった。寝室に向かう途中に通った執務室の様子で、恋人が疲れ果てていることはなんとなく想像がついていたからだ。
(・・・大変だよな。守護主天ってのは・・・)
天界・人界を統治し、天界の四強との牽制と調和をはかりながら、なおかつ霊界とも折り合いをつけてゆく。
(・・・たった一人でそれをやってんだもんなぁ。サポートする奴ったって、ゾロゾロうっとーしー八紫仙の奴らはいちゃもんつけにくるだけだしよ。意見があるんなら内容をまとめて、一人が代表して言えっての。いくらティアが頭いいからって、八人から一気に喋られたらしんどいよな。・・・あ、そう言えば人界に10人てんでバラバラの事を喋らせてもその内容を全部聞き分けて理解していたって奴いたよな。え〜と、たしか、ショートクタイシって奴・・・)
「・・・・・ふわぁ・・・」
南の太子は大アクビを一つして目をこすった。
昼間に兵の訓練の指揮をとったこともあって、体がクタクタに疲れている。
南の太子は寝台に登ると、恋人の隣にもぐりこんだ。
「ま、こーゆーのも悪くはないよな」
夜明けまでの2,3時間を恋人の傍で眠って、朝早く南領に戻ればいいのだ。
朝の早いこの恋人は、きっと笑いながら自分を起こしてくれることだろう。
恋人の甘い香りと体温が心地よく、南の太子は目をとじると同時に眠りの世界に溶け込んでいった。
目覚めはふいに訪れた。
甘い香りと体温が傍らにあって、心地よさそうに寝息を立てている。
眠りに落ちる直前、恋人が忍んで来てくれたのを彼は覚えていた。
幸せな気分で寝返りを打って恋人の顔を覗き込んだ彼は、そこに自分の顔を見た。
「???」
半身を起こしてまじまじと見下ろす。つかまれていた袖口から手が外れて寝台の上に落ちる。
・・・昨夜、夢でもいいから逃げないでほしいと袖口を掴んだのまでは覚えていた気がするのだが、逆だったのだろうか?
それとも自分はまだ夢の中にいるのだろうか?
それならば早く目覚めないといけない。せっかく恋人が来てくれているのだ。やさしくキスをして
おはようといってあげたい。一分一秒でも長く一緒にいたい。
「・・・ほっぺたつねったら・・・目がさめるかなあ・・・」
守天である自分は人を傷つける事は出来ない。なので、彼は手を伸ばして寝台に眠る自分の頬を思いっきり強くつねった。
「〜〜〜っ・・・いってえ! 何しやがる!」
天守塔の女官が聞けば卒倒しそうな乱暴な言葉づかいで跳ね起きると、問答無用でなぐりかかってくる。
しかし振り上げられた手のひらは、こちらに届く直前に何かにはじかれたように止まった。
「・・・・れ? ・・・うわっ!」
つんのめるようにして、守天は前のめりに寝台に倒れた。
「・・・だ、大丈夫? ・・・。・・・・・・えっと・・・?」
守天は自分だ。しかし、自分の正面で顔面から寝台に突っ込んだのも間違いなく自分の姿だ。
「・・・・・・ええっとぉ・・・?」
・・・ちょっと待て。これは誰だ? 自分はだれだ?
正面の守天が、がばっと跳ね起きるなり、かみつくようにしてわめく。
「・・・ってぇ! おいティア! なにもそんな起こし方しなくてもいいだろ! せっかくいい夢を・・・」
そこまで怒鳴って言葉をきった正面の守天がぽかんと自分を見つめている。
・・・いや待て。守天は自分だ。
では、正面の守天が見つめている自分はいったい何だ?
「・・・夢・・・・・・まだ見てんのかな、俺・・・・」
ごしごし目をこすってもう一度見直す。
「・・・・・」
「・・・・・」
寝台の上に座り込んだ守護主天と南の太子。
二人の右手が同時に上がった。
「・・・・お、俺ぇ・・・?」
と守護主天。
「・・・私・・・?」
と南の太子。
お互い自分の姿を目の前にして、呆然と指をさしあう。
「・・・・・ぇ、ぇぇぇええええええっ??!!」
数秒後、朝まだ早き天主塔に二人の悲鳴が轟き渡ったのであった・・・。