投稿(妄想)小説の部屋

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No.314 (2001/07/23 00:41) 投稿者:Shoko

ちび慎吾くん、初のお泊まりに行く(前編)

 夏真っ盛りの良く晴れた土曜日。
 ちび慎吾くんはわくわく気分でリュックに荷物を詰めていました。

「慎吾、できたか?」
「もう少しっ」
 仏頂面の貴奨さんにも弾んだ声で慎吾くんは嬉しそうに答えていました。
「嬉しそうだね、慎吾くん。それに比べて、なんて顔してるんだ、おまえは」
 高槻さんが貴奨さんのブスッとした顔を見て呆れたような声を出します。

「……やはり……」
「ん? 何か言ったか、芹沢?」
「やはりまだ、外泊させるのは早すぎると思わないか、高槻。一緒に連れていった方が…」
 貴奨さんは真剣な顔で高槻さんに迫ります。
「(まったく…)芹沢。慎吾くんももう10才だよ。遅いということはあっても早すぎるということはない。それにおまえは何しに大阪へ行くんだ?」
 仕事をしに行くくせに、その間中慎吾くんをホテルに一人、放っておくのか、と高槻さんは貴奨さんに諭すように言ったのです。
 至極もっともなことを高槻さんに言われて返す言葉もない貴奨さんでした。

 週末、貴奨さんは大阪へ出張です。高槻さんも仕事の都合で貴奨さんと一緒に大阪へいきます。
 帰りは月曜日の夕方になる予定です。
 その間、慎吾くんをマンションに一人で留守番をさせる訳にもいかないため、貴奨さんは苦肉の策として健さんのマンションに慎吾くんを預けることにしました。
 最初、貴奨さんのマンションへ健さんが泊まりに来てくれる予定でしたが、慎吾くんが
「俺、健さんのとこに泊まりに行きたいっ」
 と言ったので急きょ、初めてのお泊まり会となったのです。

「そろそろ、向井くん達が迎えにくる時間だ」
 高槻さんが独り言のようにいった言葉に貴奨さんは自然と時計に目をやりました。
 自分達ももうすぐ出かけなければなりません。
 貴奨さんははじめてよその家に泊まりに行く慎吾くんが心配です。
(夜中に泣いたりはしないだろうか…)
 嬉しそうにリュックを抱き締めて健さんたちの到着を待っている慎吾くんをぼんやりと見ながら貴奨さんはふとそんなことを思っていました。

 ピンポーンッ

「健さんだっっ!!!」
 慎吾くんは玄関に向かって、ダッシュしていきます。
 カチャカチャと鍵を開け、ドアを開くと、健さんが立っていました。
「いらっしゃい、健さん!」
「よお、シン。元気そーだな」
 くしゃくしゃと慎吾くんの頭を撫でている健さんの手にじゃれつきながら、あがってあがって、と慎吾くんは健さんをリビングへと招き入れました。

「………」
「やぁ、向井くん、暑い中、ご苦労様」
「いーえ、可愛いシンのためっすから」
 高槻さんは何も言わずに黙り込んでしまった貴奨さんの身体をひじでドンッと小突くと静かな顔で貴奨さんの顔を見つめます。
 この期に及んでまだ駄々をこねるつもりか、とブリザードにも似た空気が一瞬貴奨さんの身体を包み込んで行きました。

「……すまないな、慎吾が世話をかける」
「どーいたしまして」
「江端くんは、一緒じゃないのか?」
「アイツは今朝から中国へ出張です」

 苦虫を噛み潰したような顔の貴奨さんに対して、健さんはとてもご機嫌な顔で微笑み返します。
 今日のこの日のためにいつもいい所を持って行かれている江端さんを牽制すべく裏から手を回し、打合せを急に入れたのです。しかも時間指定をして。
(そうそういー所ばっか持って行かれてたまっかよ)
 作戦が上手くいったため健さんはひとりほくそ笑んでいました。

「…江端さん、一緒じゃないんだぁ……」
 喜びに満ちあふれていた健さんのオーラを一瞬でかき消したのは慎吾くんのこの寂しそうな一言でした。
 見ると慎吾くんは心無しか肩を落としているようです。
 健さんはしゃがみこんで慎吾くんに目線を合せます。
 泊まりにいくのは嫌だなんて今言われたら、立ち直れないかもしれません。

「おい、シン。俺だけじゃ不満だってのか?」
「ううんっ、そんなことないよっ。江端さんも一緒だったら嬉しいけど……でも健さんと一緒にいられるから嬉しいっ!! 俺、余所のおうちに泊まるの初めてなんだっ」
 その言葉を聞いて内心ホッとしつつもよしよし、と慎吾くんの頭を撫でてあげる健さんでした。

「向井くん。私達もそろそろ出なくては行けないから、一緒に出ようか。慎吾くん、準備はもうできてるんだね」
「うんっ!! この中にいるものは全部いれたっ!!」
 誇らしげにリュックを高槻さんに見せる慎吾くん。
 その様子を一抹の不安を消し去ることのできない兄・貴奨さんがじーっと見つめています。
 その兄の視線に気づかずに、慎吾くんは初めてのお泊まりに期待と興奮で胸をふくらませているのでした。

 さぁ、忘れ物はないね、という高槻さんの言葉にうんうんっ! と頷き、慎吾くんはリュックを背負います。
 マンションのエントランスまで来た時に貴奨さんは慎吾くんを呼び止めました。
「慎吾、いいか。あまりわがままを言って向井くんを困らせるんじゃないぞ。なにかあったら俺の携帯に電話しろ。番号は覚えているか? 俺がいないからといって夜更かしはするなよ。10時、遅くても11時には寝ること。それから……」

 イマイチふんぎりがつかず、いつまでも注意事項を話してしまっている貴奨さんに慎吾くんはすこし頬を膨らませて言います。
「大丈夫だよ、心配性だな、貴奨は。俺だってもう10才だもん。お泊まりぐらいできるよっ!! ほら、貴奨も早く行かなきゃ。お迎えの車、来てるよ? 高槻さんも気をつけて行ってきてねっ!!」
「慎吾くんも楽しんでおいで」

 高槻さんの言葉に満面の笑みを浮かべながらはーいっ!! と返事をすると、慎吾くんは健さんのもとへと走って行ってしまいました。
「さぁ、私達も行こう。いつまでも見送っていたって仕方がないだろう。新幹線の時間に遅れる」
 と後ろ髪を引かれまくっている貴奨さんの腕をとってタクシーの中へと押し込め、東京駅へと向かったのでした。


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