ちび慎吾くん、初のお泊まりに行く(後編)
健さんの車に乗った慎吾くんははしゃいでいました。
いつも後ろに座っていたので助手席に乗せてもらうのは初めてだったのです。
身を乗り出す慎吾くんに健さんは微苦笑で注意しました。
怪我でもされて、お泊まりが台無しになっては元も子もありません。
「シン。嬉しいのはわかるがな、ちっと大人しく座ってろ。急ブレーキのとき危ねぇから。…ま、俺様がそんなドジな運転するはずがねぇけど」
その言葉に素直に頷くと、慎吾くんは助手席にちょこんとお行儀よく座りなおしました。
そして健さんと慎吾くんを乗せた車は一路、健さんのマンションへと向かったのです。
マンションについた時刻はもう夕方。
健さんは慎吾くんと一緒に夕食の準備へととりかかりました。
慎吾くんの希望もあって、本日のメインディッシュは餃子です。
健さんがニラやキャベツを刻み、慎吾くんがボールの中でひき肉とよーく混ぜ合わせます。
んしょっ、んしょっ、と声を出し、額に汗を浮かべて、慎吾くんは一生懸命です。
その姿に思わず口元が弛んでしまう健さんなのでした。
「さーて。そんくらいでいいだろ。シン、これがやりたかったんだろ?」
と健さんが取り出したのは餃子の皮。
どうやら慎吾くんが餃子を希望したのは、包む作業がしたかったから、のようです。
ほら、と健さんに皮の包みを渡されて、健さんと一緒になって餃子を包んでいきます。
お皿の上にのった自分の包んだ餃子と健さんの包んだ餃子を見比べて慎吾くんは感嘆の声を上げました。
「健さん、すごく上手〜っ!!! お店のやつみたいだっ!!! どうやってこのはしっこのぴらぴら作るの??」
「まず、こんくらいを皮の中央に乗っけて…。んで、こっちをこうもって……」
と健さんは慎吾くんの目の前でゆっくりと実演してくれました。
「こうやって……、こうやって………」
健さんの手付きを見ながら慎吾君も真似をしますが、中々上手くいきません。
「あれー?? 俺、なんで上手くできないんだろう??」
再度挑戦する慎吾くんの手を持って、健さんはゆっくりと慎吾くんに教えてあげました。
「ほらこっち持って。そうそう。その調子」
何個目かのチャレンジの後、多少、不格好ではありましたが、立派にヒダがついた餃子を慎吾くんは作り上げたのです。
「できたっ!!! 健さん、出来たよっ!!!」
「んー。上出来上出来。上手く出来てるじゃねーか」
数を重ねる毎に慎吾くんは餃子を上手く包めるようになり、最後は健さんのものと変わらないほどの腕前となったのです。
健さんが餃子を焼き、慎吾くんがテーブルの用意をします。
その間にも手際よく健さんはサラダとスープを作ってしまいます。
二人で一緒に作った餃子を焼き、健さんの作ったスープを飲み、慎吾くんは嬉しくて嬉しくて顔からにこにこが離れていきません。
食事が終わった後も二人で一緒にお風呂に入り、背中の流しっこをやり、健さんが慎吾くんの髪を洗ってくれたので、慎吾くんも健さんの髪を洗ってあげ……。
そんな風に楽しい時間が過ぎていったのです。
お風呂から上がって、健さんが借りてきてくれていたデ●ズニーの映画を一緒に見ている時慎吾くんの瞼が閉じていきそうになっているのに健さんは気づきました。
「シン、眠いのか?」
「んーー。まだ大丈夫……」
そう言いつつも慎吾くんは瞼をコシコシと擦っています。時計を見れば11時前。
子供は眠くなる時間です。
「映画は明日にして、寝るか」
健さんは自分のベッドに慎吾くんを連れていこうとしましたが、
「俺、一人でも寝られるよっ」
と慎吾くんは言い出したのです。
「だって、お泊まりって余所のおうちで一人で寝るんでしょ?」
どうやら慎吾くんはお泊まりをそのように認識していたようでした。
そうじゃないんだ、と健さんが説明しても慎吾くんは一人で寝られると一歩も引きません。
最後には健さんは根負けしてしまい、客間のベッドに慎吾くんを寝かせることにしました。
寒くなり過ぎないように温度設定をして、ふとんを肩までかけてあげます。
「おやすみなさい、健さん」
にっこり笑った慎吾くんの笑顔は健さんのハートを鷲掴みです。
貴奨さんは毎日こんな顔を見ているのか、と多少複雑な思いを抱きながら健さんはおやすみ、と言って灯りを消し、部屋から出ていきました。
慎吾くんが眠りについて数時間後。
ガタガタという音で慎吾くんはふっと目を覚ましてしまいました。
どうやら風が吹いて窓ガラスを揺らしているようでした。
ザザーーッという風が木の間を通り抜けていく音もします。
部屋を見回して、ここが自分の部屋でなく健さんのマンションだということをやっと思い出します。
ザワザワと木の枝が揺れている音がなにやら不気味です。
急に慎吾くんは怖くなって布団の中に潜りこみました。
そしてそーーーっと頭だけを出して部屋をもう一度見回した時、壁に写し出されたおばけの姿を見てしまったのです。
「!!!!!!!」
慎吾くんはベッドから飛び起きて健さんの部屋へと走りました。
健さんの部屋のドアを開け、早々と寝ていた健さんを起こします。
「健さんっ、健さんっ」
「ん? どーした??」
「お、おばけがっ」
半分慎吾くんは泣いています。
「おばけー??」
慎吾くんは壁に写っていたおばけの姿を健さんに一生懸命説明します。
健さんは慎吾くんの言うおばけが街灯に照らされて写った木の影だとピンッと気づきました。
「おばけなんていねーよ。大丈夫。一人で寝るのが怖いんなら、ここで一緒に寝るか?」
健さんは布団をまくって自分の横を指差します。
目に涙をためながら、慎吾くんはうん…、と頷き、健さんの横で寝ることにしました。
「……おばけ……ほんとにいない…?」
「いたって俺が倒してやるって。だから安心して寝ろ」
その言葉に慎吾くんはやっと身体の力を抜いてほーっと息をつきました。
慎吾くんはもそもそと動き健さんの身体にぴったりとくっつきます。
「ねぇ、健さん……」
慎吾くんの声はもう眠そうです。
「んー?」
「このベッド……健さんのにおいが……するね………」
眠りに落ちる前にかすかに目を開けて、おやすみなさい、と慎吾くんは健さんに向かって笑って言うと、すーーっと穏やかな寝息を立てて寝てしまいました。
その身体を起こさないようにそっと抱き寄せると、背中を軽く撫でておやすみ、と健さんもまた眠りに落ちていったのです。
次の日、慎吾くんは健さんと海へ遊びに行き、楽しい1日を過ごしました。
昨日、途中で終わってしまった映画も一緒に見ました。
その日も慎吾くんは健さんと一緒にお風呂に入り、一緒のベッドで眠りました。
安心しきった慎吾くんは、怖い夢も見ずに朝までぐっすりと眠れたようです。
そして健さんが貴奨さんのマンションへ慎吾くんを送っていく車の中。
「ねぇ、健さん。俺が健さんと一緒のベッドで寝たって貴奨にも高槻さんにも内緒だよ?」
言いふらしたくて仕方がない健さんは慎吾くんのお願いにすぐ返事はできませんでした。
「なんで言っちゃダメなんだよ?」
「だって…。おばけが怖いなんてかっこ悪いでしょ? だから、健さんと俺の秘密だからね」
そう天使の微笑みのごとく笑って言われて差し出された右手の小指に、健さんはほ ぼ無意識のうちに自分の右の小指をからめてしまっていました。
「あ……(しまった)」
「これで約束だからねっ!!」
慎吾くんは繋いだ右手をぶんぶんと振り、はりせんぼんゆびきったっ!! と笑って(勝手に)約束してしまいました。
なんともだまし討ちにあったような気分の健さんでしたが、慎吾くんの「またお泊まりに行くねっ!! その時も健さんのベッドで一緒に寝かせてねっ」の言葉に、黙っていよう、と固く心に決意する健さんなのでした。