清緋揺籃(7)
白い光の満ちる洞窟内で、水と増血作用のある薬を調合して飲ませる時以外、李々は意識を失ったまま血を失って冷え切った桂花の体を温めるためにずっと寄り添っていた。
細い息の下、桂花の体がゆっくりと変化していくのを李々は目の当たりにした。
・・・少年の体から、少女の体へ。
男よりも、耐久力、生命力の強い女の体へ・・・
意識のない桂花の、魔族としての本能が、おのれの命を護るために肉体をつくりかえてゆく。
もともと華奢な首や手足がますます華奢になり、かわりに丸みをおびてゆく胸元や腰を、李々は不思議な思いで見つめた。
「・・・あきらめていないのね」
桂花は生きようとしている。生きようとしているのだ。
それだけでよかった。
「よかった・・・」
目頭が熱くなって、李々は流れおちた涙をぬぐった。
「・・・ダメね。一度泣いちゃったら、もう止まらないわ・・・」
泣けば全部嘘にしてしまう。そう思って耐えてきた涙だった。
けれど泣いても何も変わらない。
生きるために手足を動かし、生きるために伝える言葉は口から流れ出す。・・・そのどれにも涙は当てはまらない。
・・・だから泣いても何も変わらないのだ。
「・・・がんばって。・・・生きるのよ・・・」
冷たい体を抱きしめ、李々はあやすように囁いた。
数日後。意識を取り戻した桂花は己の変化した体を見て、李々が首を傾げるほど頑強に嫌がった。
(・・・かわいいのに・・・)
桂花が不機嫌になるのは分かっているので(不機嫌な顔も、これまた可愛いのだが)李々はあえて口には出さないが、成熟と呼ぶには程遠いかたさの残る細い肢体と相まって、神秘的ともいえる美少女ぶりなだけにはっきりいって男性体に戻すのは惜しい。ものすごく惜しい・・・気がする。
魔族は、子供の時期なら性別を簡単に変えることが出来るというのは知識として知っていたが、今まで李々がどんなに女性体の利便性を説いても、桂花は一度として李々の前で女性体になろうとはしなかったのだ。
「・・・・・・」
天界人などと比べようもなく弱いこの存在の持つ、この、生命力。
美しい肉体を躊躇なく切り捨て、肉隗と成り果てながらもなおも命に取りすがり、生き延びようとする、あの、強さ。
創造主の思惑など、あまりにも柔軟に創られた肉体ゆえに、本能のおもむくまま、やすやすと乗り越えていってしまう。
美しさや醜さなどはすでに意識の範疇の外だ。
(・・・だから魔族は廃棄されたのだろうか・・・)
美醜などとうに超越してしまった、この、存在を。
体力の回復に従い、桂花の体は元に戻った。そうして、うっすらと全身を彩る魔族特有の刺青が紫微色の肌に浮かんで来た。
子供の時期が終わりをつげ、子供の時期に血に潜む力が妖力として顕在化し、これから桂花は徐々に大人へと成長してゆくという証だ。
「・・・わからないわね。女の体も悪くないわよ?」
魔風窟を出、野営地となる場所を探しながら、李々は前を歩く養い児の背中に幾度となく言った言葉をまた繰り返す。
あっさりと男性体に戻ってしまった挙句、子供の時期も終わってしまい、二度とあの美少女を見ることが出来ないのかと思うと、残念で残念で仕方がない。
こんなことなら脅しつけてでも、女性体のままいさせればよかった、などと考えている。
(・・・そうしたら、女同士。桂花を思いっきり飾り立てて(遊んで)あげることも出来たのにっ!)
娯楽の少ない魔界のことであるから、思わず握りこぶしを作って悔しがる李々の気持ちも判らないではないが、あやうく着せ替え人形扱いされかけた桂花にしてみれば、勘弁してほしいといったところだ。
まだ言うか。とうんざりした顔で桂花が振り向く。
病み上がりの体はまだふらついているが、それでも重いほうの荷物を肩に担いでいる。
「・・・女の体は、つよいよ。でも、剛くはない。・・・たしかに李々は女性体なのに、例外的に剛いよ。大の大人の男が束になっても李々にはかなわないのだから。吾がこのまま大人になっても、多分李々にはかなわないと思う。でも、吾はいつまでも護られるだけという存在は嫌だ。吾は・・・強くなりたい。せめて李々の背中をを護れるほどに。・・・だから、吾は男性体のほうがいい」
「・・・・・・」
・・・男の子はつまらない。いつだってその瞳を外の世界に向け、庇護者の下を飛び出していってしまおうとする。
けれど。
それがまた、愛しくもあるのだ。
精一杯背伸びをして、自分の力の及ぶ限り強くなろうとするその姿は、痛々しくもあり、頼もしくもあり、そしてたまらなく愛しくもあるのだ。
李々は近づくと、その背をぽんと叩いた。
「・・・まずは、妖力を使いこなす事からはじめましょ。教えることはいっぱいあるのよ。だから早く元気になりなさい」