BETWEEN THE SHEETS 2
鷲尾がドアをくぐったのは、彼にしては珍しく若者向けのクラブだった。
地下にある店の中に入った途端、アップビ−トの曲が耳に流れ込んでくる。
でも、それは騒々しいものではなくて、いつのまにか身体がリズムを刻んでしまいそうな程度に心地よいものだった。
「よく来るんですか? このお店」
カウンタ−席のほうに歩いていく鷲尾の耳元に、心持ち顔を近い付けて絹一が問う。
「ああ。たまにな。ここのオ−ナ−と顔見知りなんだ」
「へえ…」
感心したようにうなずきながら、絹一はさりげなく店内を見まわした。
鷲尾に促されて席に腰を降ろす。
「いらっしゃいませ」
思わず魅入ってしまう程、存在感のあるバ−テンの男が短く挨拶してきた。
そっと鷲尾の前に灰皿を置いて行く。
それに鷲尾が微笑んで挨拶を返したのを見て、絹一も少し慌てて頭を下げる。
いい男は鷲尾で見なれているはずなのに。
鷲尾とはまた違う危険な魅力を漂わせている。
タ−ゲットに決めた獲物うを穏やかな瞳で優しく捕らえたまま、ゆっくりとその腕の中に収めるのが鷲尾なら、そう…この男は狙われていると獲物に気付かせる間も無く、その手中に収めている。
けれど、抗う前にその逆らいがたい強い瞳で腕の中の存在の全てを封じ込めてしまうのだ。きっと…
「…お久しぶりですね。鷲尾さん」
もう一人、いらっしゃいと優雅に挨拶しながら近付いてきた男がいた。
声のした方を振りかえって、思わず動きの止まってしまった自分を絹一は自覚していた。
こちらは…なんといおうか。
名のある画家が描いた宗教画から抜け出てきた…とでもいおうか。
しなやかな肢体に…流れるような動作。
うっかり魅入っているうちに、あっという間に目の前まで来ている。
青いシルクのシャツから覗く肌は、きめの細かい象牙色。
混血なのだろうか。うなじを隠す程度な長い髪は柔らかい金茶色をしている。
穏やかに微笑む瞳は完全なJapaneseにはない不思議な色合い。
けぶるような睫毛、彫刻のように通った鼻筋、なんとも言えない魅力的な唇…極上の男のそばには、極上の男が揃うものなのかもしれない。
目の前の男をみつめながら、絹一はそう思った。
「…そんなにごらんにならないでください。そのエキゾチックな瞳の威力を、ご自身でもう少し自覚なさったほうがよろしいですよ」
そう呟いて、ふ…と薔薇が綻ぶように微笑む。
「こら、いきなり口説くな」
鷲尾に言われて目の前の男はまた、微笑んだ。
「ちゃんと紹介するさ。…絹一、こちらはこの店のオ−ナ−で…」
「一樹・フレモントと申します。よろしく…絹一さん」
鷲尾の言葉尻をさらりと奪い、絹一の手を取るとその甲にそっと唇を押しつける。
途端にあちこちで悲鳴のような声があがった。
思わず硬直してしまった絹一に、鷲尾は小さく苦笑した。
「大丈夫か? こいつは綺麗で魅力的なものには見境がないんだ。男にも女にもな」
「はあ…」
しゃあしゃあと絹一のことをのろけた鷲尾の言葉に、当の本人だけが気付かない。
その様子に一樹は苦笑しながら絹一に先程のバ−テンの男を紹介した。
「絹一さん、こちらは副支配人の芳賀卓也。…実は用心棒も兼ねてるから、イザいうときはあなたを守ります」
鷲尾さんがいなくてもね? 言外に含みを持たせた一樹に、卓也に改めて頭を下げていた絹一の顔が微かに赤くなる。
そんな絹一の様に、可愛い方ですね…と一樹が意味深な笑みを浮かべて鷲尾を振り返る。
それに、いいかげんにしろよ、とちょっと本気で鷲尾はにらみ返した。
その様子に一樹が小さく肩を竦めてみせる。
「…怒らないで下さい…おわびにおごらせて頂きますよ。久しぶりにお会いできて俺も嬉しいし。卓也、絹一さんにエメラルド・ミストをさしあげて。鷲尾さんには…ダイキリを」
注文を聞き終わる前に、もう卓也の手はブル−キュラソ−のボトルに伸びている。
「…すばらしいですね。まるでマジシャンのようだ…」
思わず呟いた絹一の独り言に、卓也が口元だけで微笑む。
その途端、少し離れて座っていた女性客の間からため息のような息使いが聞こえた。
「…卓也はね、仕事中はお世辞にもこんなふうに微笑んだりしないんですよ」
本人には聞こえないように、絹一の耳元で一樹が吐息だけで囁く。
「彼の、数少ないお気に入りになられたようですね」
俺もね…とさりげなく囁いて鷲尾にそっと微笑むと、一樹はCatWalkでフロアに去って行った。