朝
昨夜鷲尾がセットした目覚まし時計は7時30分に鳴る予定だった。
それよりも30分早く起きた鷲尾は自分の腕の中で眠る絹一のこめかみにそっと唇を落すと、彼を起こさないように静かにベッドから出た。
スウェットのズボンだけを穿くと洗面所に向かう。
顔を洗って歯を磨いたところで鏡の中の彼に呟く。
「おはよう。色男」
自画自賛したところで、焼けた素肌にエプロンをかぶる。
冷蔵庫を物色しながら朝食のメニュ-をきめると、フライパンをコンロにかけて火を付けた。
残り時間でざっと手順を計算しながら同時に動く鷲尾は手慣れている。
フライパンに卵を二つ割り、レタスを向き始めたところで冷蔵庫の上の時計に視線を走らせる。念のため。
オニオンとタコをスライスして特製のドレッシングをかけて冷蔵庫に入れる。
絹一はこのドレッシングがとてもお気に入りだった。
目玉焼きがいい具合に半熟になったところでト−スタ−にパンを2枚つっこんだ。皿を2枚だして目玉焼きとサラミを盛り付ける。
目覚ましが鳴るまであと5分。
ポットにフォ−トナム・メイスンのクイ−ン・アンを3杯入れ熱湯を入れると、すぐにふたをしてポットカバ−をする。
これは絹一がイギリスに出張したときお土産として鷲尾にくれたものだった。シノズワリの模様がどことなくかわいらしい。
鷲尾はもう一度洗面所に向かった。
手櫛で簡単に髪を整えると、エプロンをはずして絹一の眠る寝室に入る。
ぴったり一分前。
タイムリミットの迫る中、絹のような彼の髪を梳き、ベルの音が鳴る前に解除した。
絹一の柔らかい唇を堪能すると。
彼の瞳がゆっくりと開かれた。
「おはよう」
「・・おはようございます」
鷲尾の唇を裸の肩に受け止めながら、くすぐったさに身をよじる。
「鷲尾さん・・・ひげが痛い・・・」
「そっか?」
絹一の鎖骨に唇を滑らせながら小さくわらう。
「もう、起きます。」
「そうだな」
鷲尾は身体を起こしてキッチンに戻った。
冷蔵庫からサラダとミルクを出し、ト−ストと紅茶をセットしたところで絹一が顔を拭きながら入ってきた。
鷲尾が穿いているスウェットの上一枚である。
絹一にはだいぶ大きいので膝上15cmぐらいまでは隠れているが。
「朝からあんまり挑発するなよ?」
苦笑混じりに鷲尾が言うと、きょとんとした絹一の顔が次の瞬間真っ赤になる。
「だ・・ってこれしかみあたらなかったんですよ!!」
「はいはい・・・」
「自分だって・・・。」
「なんだ?」
「なんでもありませんよ」
むくれながらイスに座った絹一に苦笑しながら鷲尾も席についた。
適度に賑やかな朝食が済むと、鷲尾は洗い物を始めた。
いつもはだいたい絹一がやるが、今日は平日である。
絹一は会社だ。
手早く皿を洗い終えた鷲尾が寝室で着替えている絹一のところに煙草に火を付けながら向かう。
「やってやるよ」
納得できるような結び目を作れない絹一からネクタイを奪うと煙草を口に咥えたまま絹一の首にひっかけた。
きれいに手早く結んでいく。
「よし。」
「ありがとうございます」
絹一はにっこり微笑むと、もう一度洗面所の鏡でチェックした。
「今日も相変わらず美人だな。」
からかうように囁いた鷲尾を小さく睨む。
ジャケットを来て、ファイルを抱えたところで時計を見る。
8時30分。予定どうりだ。
「鷲尾さん」
「なんだ?」
「ごはん、ごちそうさまでした。それと・・・」
「ん?」
内緒話をするように唇を寄せてきた絹一に合せて鷲尾が背をかがめる。
「その格好・・・挑発的だからやめてください。」
それだけ言うと鷲尾に捕まらないうちに素早くドアをすりぬける。
ドアが閉まる前、ちらっと見えた絹一の顔は赤かった。
いつものふたりの、たわいない朝。