夜
浴室からかすかに聞こえてくる水音を聞きながら、そういえば絹一とこんなふうにゆっくりと過ごすのはずいぶん久しぶりの事だったと、鷲尾は思った。
久しぶりに腕を振るった料理は絹一の舌を堪能させたらしい。
彼にしては珍しくおかわりをしていた。
「でも、もう少し太ったほうがいいかもな。」
絹一は相変わらず細い。もともとの体質でもあるのだろうが。
先程シャツの隙間から見えた鎖骨がまた少し浮き出ていたように思う。
今度は、消化のいい中華料理の店にでも連れていってやろうかと考えながら長い指でロックグラスを弄ぶ。
「ビデオ、終わったんですか?」
鷲尾が振り返ると、絹一が濡れた髪をバスタオルで拭きながら近ついて来た。そのままソファに座っていた鷲尾の隣に腰を下ろす。
「ああ・・・まあな」
苦笑しながら曖昧な返事を返した鷲尾はリモコンでテレビを消してしまった。
せっかく借りてきた新作映画だというのに、じつをいえば全然見ていなかった。まあ、どうせダビングするのだが。
「俺も飲んでいいですか?」
「ウイスキ-でいいのか?」
「ええ。」
立ち上がろうとした絹一を止めて鷲尾はキッチンに入った。
アルコ-ルに弱い絹一のために、ミネラルウォ−タ−で薄めた水割りをグラスに作ってやる。
「ありがとうございます。」
グラスを受け取りながら、絹一はゆったりと微笑んだ。
夕食を食べる前は少しやつれていたように感じた顔も今はリラックスしているのがわかる。
僅かに伏せられた睫は少しけだるげだけれど。
「明日は休みなのか?」
「ええ。久しぶりにゆっくりできます。やっと急ぎの仕事が終わったので。・・・鷲尾さんは?」
「俺も明日はオフなんだ。一週間ぶりの休息ってとこだな。」
「お疲れさまでした。」
「お前もな。」
声には出さずに、二人同時に微笑みあう。
こんなに穏やかな空気は久しぶりで、絹一は自然と口元が綻んでしまうのを感じていた。
鷲尾の側にいるからなのはわかっているけれど・・・鷲尾にそうと悟られてしまうのは、少しだけ悔しい。
だから、グラスのふちに口を付けて彼の視線から逃れてみる。
それを横目で見つめながら、鷲尾はグラスの残りを飲み干した。
息苦しくはない沈黙が流れる。そんな事さえ今夜は妙に甘く感じられて。
「・・・風邪ひくぞ。」
絹一の肩に掛けられていたバスタオルをそのまま彼の頭にかぶせると、少し乱暴に鷲尾の大きな手が髪をかき混ぜる。
怒っているような声はたぶん、ほんの少しの気恥ずかしさから来るものだ。くすぐったい気分に、また絹一の口元が綻ぶ。
「・・・そんなに乱暴にしないでください。」
「文句いうな。」
鷲尾はバスタオルから手を放すと、絹一の手からグラスを取り上げた。
水割はまだ半分程残っている。
「ちゃんと乾かせ。また俺に看病させる気か?」
「鷲尾さんの卵粥、美味しいから・・・」
横目で睨まれて、ごめんなさいと絹一の瞳が微笑みながら謝る。
憎めないそのしぐさに、苦笑しながら鷲尾は煙草に手を伸ばした。
その手に絹一の手がそっと重なる。
まるで・・・・咎めるかのように。
捕らえた鷲尾の長い指に自分の指を絡ませながら、絹一は彼の背をソファの背に押し付けるように身体を跨いだ。そっとバスタオルを絨毯の上に落す。
捨て切れない恥ずかしさに、静かに見つめてくる鷲尾の目は見れないまま、吐息だけで囁く。
鷲尾の唇をなでる息が・・・甘い。
「煙草より・・・」
そっと重なってきた絹一の唇を受け止めながら、鷲尾の手はゆっくりと絹一の細い腰に回されてゆく。
次第に深くなる唇の交わりに熱くなる身体を持て余しながら、絹一の腕が鷲尾の首に絡められた。
こんなに大胆になってしまったのは、きっと鷲尾のせいだ。
焦らすのが上手い・・・・彼のせい。
「・・・酔ってるのか?」
薄い水割り半分では酔えもしないのを承知で、甘い声が意地悪く囁く。「・・・あなたは・・・?」
素直に応えるのは恥ずかしくて。はぐらかす様に聞き返してみせる。
でも、そんな言葉遊びが鷲尾に通じるわけもなく。
「俺はフラフラだぜ?・・・お前のせいでな。」
うっすらと赤くなった絹一の目元に、鷲尾の唇が悪戯っぽく寄せられる。
「・・・二日酔いの責任はちゃんと取れよ?」
「はい・・・。」
久しぶりの・・・甘い夜。