うつほの手
「・・・柢王?」
目覚めてすぐに、桂花は柢王を呼んだ。
返事の代わりに、強い腕が桂花の細い腰に回って、引き寄せられる。
そのまま桂花は柢王の腕の中で眼を閉じていたが、ややして柢王が、ぽつりと呟いた。
「・・・うなされてたな」
「吾が?」
「ああ。李々・・・って何度も呼んでた」
そう言われて、桂花は胸の奥に何かつかえたような気持ちを思い出した。
「・・・昔の夢です。もう、ずいぶん昔の」
ある日いきなり消えた李々。何も理由などわからず、寂しくて悲しくて、泣きたかったあの頃。どんなに呼んでも、応えてくれる声のないことを、やがて思い知らされたとき。
自分の声も言葉も、李々がいなければ何の意味もないのだ、とあのとき桂花は学んだのだ。
「起こしてやれば良かったな。ごめんな」
柢王が白い髪や寛衣越しの背中を撫でる。
・・・優しい手。
「・・・いえ」
その手の感触。温度。それが、自分の中を満たしていくのを桂花は感じた。
李々がいなくなったとき、自分が手のひらに包んで温めていたものが、実は一握りの砂にすぎなかったのだと知った。でも、これは。この手は。
「・・・柢王」
柢王の背中に腕を回し、寛衣を握りしめた。身を寄せ合っていると、彼の熱が伝わってくる。
この手は、吾の。吾だけの。・・・せめて、今だけは。
「柢王・・・」
ぎゅうっとしがみついてくる桂花を、柢王はきつく抱きしめる。
こうやって自分が傍にいても、桂花の世界のすべてだった女は、未だに桂花を放さない。
李々は、桂花の母であり、姉であり、親友であり、師であり、恋人であり・・。関係についた名など意味をなくすほど、およそ桂花が心を向ける存在のすべてであった女性。
幼い桂花が手につかんでいた幸せの形。
彼女を失って、会ったばかりの桂花の手のひらは、つかむものを無くしていた。
その空っぽの手に、自分が与えられるすべてを与えてやりたいと、そう思ったときがきっと、桂花に心を奪われたときだと思う。
柢王が桂花に与えられるものは、あのときからずっと、柢王自身だけだ。己が、桂花の幸せの形でありたいと、意識せずに思ってしまったあの瞬間。
あのときから、ずっと・・・。
「桂花・・・。俺がいる。こうして、ずっとそばにいるから・・・」
しがみついてくる紫微色の手。真っ先に柢王に向けて伸ばされるその手。
「桂花・・・」
柢王はずっと桂花の髪を撫でていた。