投稿(妄想)小説の部屋

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No.252 (2001/05/30 22:34) 投稿者:桐加由貴

うつほの手

「・・・柢王?」
 目覚めてすぐに、桂花は柢王を呼んだ。
 返事の代わりに、強い腕が桂花の細い腰に回って、引き寄せられる。
 そのまま桂花は柢王の腕の中で眼を閉じていたが、ややして柢王が、ぽつりと呟いた。
「・・・うなされてたな」
「吾が?」
「ああ。李々・・・って何度も呼んでた」
 そう言われて、桂花は胸の奥に何かつかえたような気持ちを思い出した。
「・・・昔の夢です。もう、ずいぶん昔の」
 ある日いきなり消えた李々。何も理由などわからず、寂しくて悲しくて、泣きたかったあの頃。どんなに呼んでも、応えてくれる声のないことを、やがて思い知らされたとき。
 自分の声も言葉も、李々がいなければ何の意味もないのだ、とあのとき桂花は学んだのだ。
「起こしてやれば良かったな。ごめんな」
 柢王が白い髪や寛衣越しの背中を撫でる。
 ・・・優しい手。
「・・・いえ」
 その手の感触。温度。それが、自分の中を満たしていくのを桂花は感じた。
 李々がいなくなったとき、自分が手のひらに包んで温めていたものが、実は一握りの砂にすぎなかったのだと知った。でも、これは。この手は。
「・・・柢王」
 柢王の背中に腕を回し、寛衣を握りしめた。身を寄せ合っていると、彼の熱が伝わってくる。
 この手は、吾の。吾だけの。・・・せめて、今だけは。
「柢王・・・」

 ぎゅうっとしがみついてくる桂花を、柢王はきつく抱きしめる。
 こうやって自分が傍にいても、桂花の世界のすべてだった女は、未だに桂花を放さない。
 李々は、桂花の母であり、姉であり、親友であり、師であり、恋人であり・・。関係についた名など意味をなくすほど、およそ桂花が心を向ける存在のすべてであった女性。
 幼い桂花が手につかんでいた幸せの形。
 彼女を失って、会ったばかりの桂花の手のひらは、つかむものを無くしていた。 
 その空っぽの手に、自分が与えられるすべてを与えてやりたいと、そう思ったときがきっと、桂花に心を奪われたときだと思う。
 柢王が桂花に与えられるものは、あのときからずっと、柢王自身だけだ。己が、桂花の幸せの形でありたいと、意識せずに思ってしまったあの瞬間。
 あのときから、ずっと・・・。
「桂花・・・。俺がいる。こうして、ずっとそばにいるから・・・」
 しがみついてくる紫微色の手。真っ先に柢王に向けて伸ばされるその手。
「桂花・・・」
 柢王はずっと桂花の髪を撫でていた。


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